第21話

 朝、良壱はスマホのメール着信音で目が覚めた。

 結局、昨夜実家に戻ったのだが時間が遅くなったせいもあって、母親だけ起きて待っていてくれた。だが、頭のなかがぐるぐると遊園地の乗り物みたいに回っていて、まともに話などできるはずがなく、母親の淹れたお茶をひと口飲んで布団に倒れ込んでしまった。

 メールは清架からのもので、用件は昨夜のお礼からはじまって、名古屋に帰る前にもう一度会いたいという内容だった。良壱はすぐに返信をする。明日帰る予定なので、二日酔いで頭は針金で締め付けられているようだったが、「午後ならOK」と打った。

 手のひらで頭を叩きながら階下に行くと、父親はすでに仕事に出ていて、母親は庭に出て洗濯物を干していた。きょうも昨日と同様に、見上げる空は素抜けるような青さをたたえていた。

「おはよう」

 良壱は母親の背中に小さく声をかける。

「やっと起きたの?」母親は首だけ回して寝ぼけ顔の良壱を見る。「で、クラス会どうだったの? みんな元気だった?」

「ああ。でも七人しか集まらなかったよ」

 良壱は窓際に腰を降ろして残念そうにいう。

「あら、たったそれだけ? 卒業してはじめてのクラス会だっていってたじゃない?」

「そうだけど、来ないものは仕方ないじゃん。それに担任の北島先生も病気らしくて来なかった」

「あら、それは淋しいクラス会だったわね」

「そんなこともないよ。あれくらいの人数のほうが返って話がしやすいかも」

 良壱はもうすんでしまったことの話をいくらしても意味がないと思いはじめた。

「ちょっと待ってよ、いまこれを干したら朝ごはんにしてあげるから」

 母親は、強さの丁度いい陽射しに向かって洗濯物の皺を伸ばしながらいう。

「俺あんまり食べたくないから、コーヒーでいいよ」

 いま、この母親の背中にだったらあのことを話せそうな気がしている。でも、もし話せたとしても、また同じことを父親に話さなければならないと思うと、咽喉もとまで出かかっている言葉を呑み込むよりなかった。


 午後になって待ち合わせ時間に兼六園下の交差点に行くと、すでに清架は待っていた。久しぶりに兼六園を回ってみたかった良壱は、その旨を清架に伝えると、快く承諾してくれた。

 琴柱燈籠ことじとうろうを右に見ながら石橋を渡り、池の縁を歩きながら清架は話しはじめる。

「ごめんね、迷惑じゃなかった?」

 近くにあったベンチを指差しながら坐る。

「いや、別に……」

 良壱はこれといった予定がなかった、いやそれよりも母親と家にいるより断然清架と会っているほうがよかった。何時間も目を合わさずに母親と一緒にいるのは耐えられない。

「あまりこっちに帰ることはないんでしょ?」

「まあ」

 良壱は、金沢とか実家とかという言葉を聞くたびに、まるで連想ゲームのようにいま自分のやっていることと就職していたときのことが交互に思い出される。これをなくすのは簡単なことだ。両親に正直に話せばすむことだった。

「きょう会いたいっていったのは、久しぶりに良壱に会ったんだけど、なんか私のイメージの良壱じゃなかった。ずっと観察してたんだけど、やっぱ思い過ごしじゃないと思った。きっとなんか悩んでることがあるんでしょ?」

 清架は良壱のほうに向き直って訊いた。

「いや、別に……」

 良壱はまっすぐに清架の顔を見ることができない。

「そんなことない。私にはちゃんとわかる。だって良壱の顔にちゃんと書いてあるから」

 近くを歩く観光客が振り向くくらい大きな声だった。

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