第13話

 一週間に三件くらいコンスタントに依頼があるといいと願っていたとき、事務所を占める時間になって一本の電話が入った。

 明くる日の午後になって、ネットのマップで検索し、依頼人の吉野家に軽トラックで向かった。

 迷うことなく吉野家に指定の時間に到着したのだが、イメージしていたのとずいぶん違っていたことに戸惑いながら表門の前に立った。これまでにない豪邸で、監視カメラが気づいただけで四台はあった。

 気後れしながらインターホンを押すと、なかからドスの利いた男の声が聞こえて来た。嫌な予感がしたが、ここまで来た以上引き返すわけにもいかず、気持を落ち着かせながら遠慮がちに名乗った。しばらくすると、鉄製の門の横の通用扉が開けられ、髪の短い黒い背広姿の若い男がぬっと顔を出し、立ち竦んでいる良壱を上から下まで舐めるように見定めたあと、もう一度名前を確認してから、ようやくなかに入るようにいった。

 玄関までのアプローチには、両側に手入れされた柘植の植木が隙間なく植えられている。良壱は俯き加減のまま玄関先に辿り着いた。こんな豪邸に足を踏み入れることがはじめての良壱は、どう振舞ったらいいのか戸惑った。

 応接間に通された良壱は、ここでしばらく待つように黒服の男にいわれた。部屋の真ん中に黒い革張りのソファが端然と配されている。ソファの下には毛足の長いグレーのシャギーが敷かれてあり、壁際には黒檀のサイドボードが重厚な雰囲気を醸し出している。サイドボードの上には、青磁の花瓶がバランスよく置かれてあった。

 ひととおり部屋のなかを見回した良壱は、恐るおそるソファーに腰を沈める。しかし尻のあたりがむずむずしてなかなか落ち着くことができないでいる。

 少しでも早くここから抜け出したいと思っていたときだった、突然部屋のドアが開いて、和服姿で顎に白い髭を貯えた恰幅のいい初老の男性と、そのあとから先ほどの黒服の男が姿を現した。

「ごくろうさま」

 丁寧に頭を下げながら静かにいった。

「432宅配店でございます」

 ソファから立ち上がった良壱は、男性よりも深く頭を下げて挨拶をする。

「どうぞ」

 ソファに坐るように手のひらで促す。これまでに味わったことのない独特の空気に圧されるようにして良壱はゆっくりと腰を降ろす。胸の鼓動が収まらなかった。

「おい、お客さんにコーヒーを」

 吉野は部屋の隅で待機している黒服の男にいいつけた。男は「はい」と歯切れのいい返事と同時に頭を下げると、音もなく部屋を出て行った。

「いや、お構いなく。すぐに帰りますから」

 良壱は、この圧し掛かって来るような空気が横溢した部屋から少しでも早く脱げ出したい心境だった。

「まあ、そんなこといわずに、ゆっくりしてください」

 吉野の言葉遣いは優しく丁寧だが、それが逆に重さを感じさせた。

 しばらくして先ほどの黒服がお盆に載せたコーヒーカップをふたつ搬んで来た。

 目の前に置かれたカップは持ち手と飲み口の部分に金が施されている。もちろんソーサーにも同じように金の縁取りがしてあり、見るからに高価な器なことがわかった。

「さあ、遠慮なくやってください」

「はあ」

 これを何かの拍子で傷つけたり落として割ったりしたら、請負金がちゃらになるだけではすまないと思うと、なかなか手が伸ばせなかった。しかし、せっかく出してくれたものをまったく手付かずというわけにもいかなくて、両手で包むようにして口もとに搬んだ。

 安くはないコーヒーの香りが鼻先に纏わりついたとき、少しリラックスできた気がした。

「で、きょうお越し頂いたのは、他でもない、あなたのところで特別な宅配を引き受けて頂けるということを耳にしたものでね」

「はい」

 良壱はそっとコーヒーカップをソーサーに戻しながら吉野の顔を見た。

「お願いしたいのはこれなんですが……」

 吉野が取り出したのは、それほど大きくない、葉書大の桐の箱だった。だいたい依頼品というのはどちらかというと高級品が多い。高級品には桐箱が付きものである。

 吉野が蓋を開けると、やはり黄色の布が現れた。そして指先で丁寧に布を開けると、なかから出て来たのは、牡丹を象った見事な赤珊瑚の帯留めだった。細かな彫刻を見るだけでいかに高価なものであるのがわかる。

「すごい綺麗なものですね」

 良壱は一見して高価だと思ったが、それが何に使われるものかまったくわからなかった。

「これは、帯留めなんですよ。和服の帯紐つけるアクセサリーですわ」

「へえーっ」

 そう説明されても良壱はピンとこなかった。とにかく受け取って早く帰りたかった。

「ついこの間家内がガンで亡くなりましてね。四十九日の法要もすませてようやく落ち着いたとこなんです。まあ家内が亡くなっていろいろ考えているときに、他からあなたのところの話を聞いたんです」

「それはご愁傷さまでございます」

「ありがとうございます。まあいろいろ考えていたというのは、若い頃の話になりますが、私が極道の道に足を踏み入れて十年ほどしたときでした。家内と知り合って同棲するようになったんです。でもそのときは私が何をやっているか家内は知らなかった。

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