第3話 狐の嫁入り
先輩から連絡がないまま、週末になった。
今まで、授業中やら放課後やらに毎日振り回されていたので、流石に心配になった。
「え? 羽純玲花について聞きたい?」
「はい」
学年主任でもある、僕の担任の先生に尋ねてみた。
「どうして急に、お前が知らないであろう卒業した先輩のことを知りたがるんだ?」
「ただ知り合いってだけなんですけど……。え、卒業?」
まやかし探偵部は非公認の部活のため、ここでは話題に出せない。
というか、それよりも衝撃的な言葉が聞こえてきた。
羽純先輩が、卒業生……?
確かに旧式の制服を着ていたけれど。
「本当に知り合いなのか……? まぁといっても、ここ一年はこの高校よりも少し山を登ったとこにある稲荷病院で入院しているらしいし、そっちに行ってみたらどうだ?」
「……そうだったんですね、ありがとうございます」
入院していることも初耳だった。
「先輩のこと、何も知らなかったんだな……」
今先輩がどうしているのかもわからない。
そんな無力感に苛まれながら、僕は職員室を後にした。
珍しく
部活の次の活動に関する置き手紙とかも期待していたけれど、そんなものはなかった。
あるのは放課後の夕日に照らされる、こんがりとした黄金色の背中くらいで……。
「え、狐!?」
思わず大声を出すと、その黄金色の動物は窓から外に飛び降りた。
後を追うように僕は教室から出て、窓が向いている方向の外に飛び出す。そこはテニスコートだった。
試合中だったようで、飛び出してきた僕に当然注目が集まる。
「どうしたの、一年生。もしかして見学?」
「いやえっと、そうじゃなくて、狐……」
「狐?」
「狐、あそこの窓から飛び降りてきませんでした?」
コートから空いている部室の窓を指すけれど、テニス部の人たちはキョトンとしている。
「さぁ……? 出てきたら確かに気づいたはずだけど」
「そうですか……。失礼しました……」
「狐にでも化かされたんじゃないか? ハッハッハ」
ただでさえ人見知りであがり症な僕が、こうも笑い物にされるのは恥ずかしい。
顔が熱く、足がすくんで動けない。どうしよう……。
「わっ、天気雨だ!」
「試合は一旦中断! 中に入るよー」
僕が立ち尽くしていると、僕を冷やすかのように水滴が空から降ってきて、テニス部員たちはみんな部室へと戻っていった。
天気雨。又の名を——狐の嫁入り。
「あ、そういえば……」
先輩の入院している病院って、稲荷病院だって言ってたような……。
「……よし」
流石に偶然が重なってるだけかもしれないけれど、何故だか絶対に先輩と会える気がした。
まやかし探偵部、初の単独活動だ。
***
高校からさらに山を登っていくと、年季の入った『稲荷病院』と書かれた看板が見えてきた。
いかにもお狐様とか出てきそうな、少し不気味な雰囲気だ。
中に入ると内装は割と新しく、見かけによらず都会の病院とさほど変わらないようだった。
早速受付に向かう。
「こんにちは、面会ですか?」
「あ、はい。えっと……」
「ごめんなさい。もう面会が終わりの時間なんです。休日もできないので、また来週にでもいらしてください」
「え」
何が絶対会える気がするだよばーか。一欠片もそんな希望なんてなかったじゃないか。
そんな数分前の自分を罵倒しながら、病院を後にする。
別に来週来ればいいことなのだけれど、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
「教室にいた狐も、結局どこ行っちゃったかわからないしなぁ……」
愚痴のように独り言を呟いて帰路につこうとした時、先ほどの狐が待ってましたと言わんばかりのドヤ顔で、がさっという物音と共に藪から出てきた。
「あ! 待て!」
僕の方を一瞥するとすぐさま尻尾を翻してどこかに行ってしまったので、すぐさま追いかける。
その狐が向かった先は、病院の裏手の方にあった霊園だった。
……なんだか人魂みたいな青い光が、たくさん宙に浮いている気がする。
「うぅ……」
怖気付いてる僕を置いて、狐はどんどん先へ進む。
その先に、赤い鳥居が見えた。
足元を取られない程度に、細めにして下を向きながら走る。
「あぁもう、どうにでもなれ! 絶対先輩を見つけ出してやる!」
***
「お、朝川じゃん。やっほー」
「……こんにちは」
拍子抜けなことに、神社に着いて探すまでもなく、彼女は境内で座っていた。見覚えのある一匹の狐と一緒に。
「さては貴様、朝川をここに呼んだな?」
先輩は狐に対して問いを投げかけたが、その狐は知らんぷりをしてどこかに行ってしまった。
「入院、してたんですね」
「うん。幽体離脱はあるって言ったでしょ?」
確かに妙に自信を持っていた理由も、それによって幽霊とか妖怪みたいな不思議なものと触れ合えていた理由もなんとなく腑に落ちた気がした。
「今までの部活動は、僕を騙していたってことですか?」
「別にあの時間が嘘ってことはないよ。私がやりたくて、楽しくてやってた部活だからね。……まぁ、君を『まやかし』てはいたわけだけれど」
そう、僕は見事に騙されていた。
妖でも幽霊でもなく、まやかし探偵部である理由はそれか。
「それで? 本当に聞きたいことが、他にあるんじゃないの?」
「……病気、なんですか」
「うんそうだよ。少し重めのやつ」
先輩は笑いながら答えた。いつもと変わらぬ様子で、その姿はまさに羽純玲花本人だった。……けれどいつもよりどこか儚くて、寂しい表情をしているようにも見える。
「手術は受ければ直るんですよね……?」
「そうなんだけど……。実は今週受ける予定だったんだけど、先延ばしにしてるんだよね」
「なんで……!」
「だって、怖いじゃん」
「……僕の告白を受けないのも」
「私が死んじゃったら、朝川悲しむでしょ? だったらその前に何も言わずに目の前から消えた方がいいかなって」
変わらず笑顔を崩さずに自分を卑下する先輩に、怒りが込み上げてきた。
「まやかし探偵部は、ただ現実と向き合うのが怖くて、逃げてただけだもの」
「……」
「終活、みたいな? 最後にやりたいことやれたから満足だよ。そのおかげで最後に、朝川にも会えたし」
彼女の笑顔から不安が感じ取れる。
でもまだ諦める理由にはならないはずだ。
僕はムカムカしている心を落ち着けて、再び話し始めた。
「……僕と出会った時」
「うん……?」
「助けてくれた時。先輩は僕に勇気をくれました。だから僕は、あなたに恩返しをしたい。あなたの勇気になりたいんです」
「朝川……」
「諦めないでください。あなたらしくないです」
「そんなのわかってるけど。……でも、やっぱり怖いものは怖いよ」
「先輩なら大丈夫です。僕が保証します」
らしくなく弱気な先輩に、根拠はないけれど僕らしく強気に出る。
「先輩、聞いてください。僕ここに来るまでに人魂に遭ったんです」
「え、幽霊平気だったの?」
「いいえ全然。怖くてちびりそうでした」
「じゃあなんで……」
「それでも頑張ってここまで来たんです。僕にできて、先輩にできないわけないでしょう」
「それは……」
先輩は、ハッとした。そしてしばらく何かを考えこんでいる。
やがてまた先輩が口を開く。
「そんなの、当たり前でしょ!」
「はい!」
「……それでもやっぱ怖いよ。だからさ、朝川」
「はい。なんですか?」
「もう少し話そ。手術受ける勇気が出るまで」
「えぇ、いつまででもお供しますよ。玲花さん」
「ここぞとばかりに名前呼びすんな」
「ところで、手術終わったら付き合ってくれるんですか?」
「んー、考えといてやる!」
いつの間にか空は晴れ、白い光が境内を照らし始める。
月が僕らを見守り始めるなか、二人はくだらない話を延々と続けた。
この時間はまやかしではない、確かに本当にあった『まやかし探偵部』のものだった。
まやかし探偵部 星宮コウキ @Asemu
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