第2話 座敷わらし

「それで、君たちはなんでここに?」


 平日昼間、山道にある公園の講堂の中。

 僕と羽純先輩の目の前には、小学生くらいの子供が二人、しおらしく座っていた。

 一人は僕と出合い頭に喜び合った男の子。もう一人は、そんな男の子の陰に隠れていた女の子だった。


「えっと、遊びたくて……」

「それで学校サボってるんだ?」

「ご、ごめんなさい」

「うん。まぁとりあえず、詳しく話を聞かせて?」


 先輩が二人に事情を優しく聞いている。自分たちも高校をサボってることは棚に上げているけれど。


 半袖短パンのいかにも元気な小学生というその少年は、下地しもじ陸久りくと名乗った。その背中に隠れているのは一つ年下の妹の海未うみ。陸久は、なかなか外で遊べない妹を楽しませるために、講堂に忍び込んで遊んでいたらしい。


「海未ちゃんは、体調が悪いの?」

「お医者さんが、『ぜんそく』だからおとなしくしなきゃダメだって」

「そうなんだね。陸久くんはいいお兄ちゃんだね」


 陸久と先輩が会話している間僕は話に割り込めず、海未は静かに積み木を重ねて遊んでいた。一段落したところで、僕は先輩にだけ聞こえるようにひそひそと話しかける。


「いいんですか先輩。小学生がサボってるのに褒めたりして」

「いいのいいの。子どもにはただ怒るだけじゃ何も変わらないよ。認めてあげなきゃ」

「なるほど。……子どもの扱い上手なんですね」

「まぁね。それに……」


 先輩は仲良く遊んでいる兄妹を見つめている。僕も同じようにそちらを見る。


「それに?」

「病気で遊べない子の気持ちはわかるからさ。楽しんで欲しいんだよ」

「……まぁあの二人を見てやめろとは言えませんね」


 見ているだけで幸せになれるような、微笑ましい兄妹の空間。確かに邪魔するわけにはいかなかった。


「てことは、座敷わらしの正体はあの子たちだったんですかね?」

「大人たちが来た時に隠れていたのかな。怒られると思って怖がってたし」

「れいかお姉ちゃんたち! 一緒に遊ぼ!」


 二人で話していると陸久がこちらに走って寄ってきた。どうやら積み木には飽きてしまったらしい。


「どうします? 先輩」

「んー、まぁ今日くらい遊んでやるか!」

「やったぁ! 『じぇんが』やろ!」

「はいはいジェンガね。よーしお姉さんに任せとけ!」

「さくとも早く!」

「呼び捨てとは生意気だな、年上の強さ見せちゃうぞ?」


 先輩も僕も問題解決は一旦置いといて、とりあえず楽しむことにした。





「ありがと、お姉ちゃんたち! 楽しかった!」

「いえいえ。私も楽しかったよ」


 街の小学生の帰る時間を知らせる「おかえりチャイム」が鳴るまで、僕たちは遊びつくした。ジェンガ、けん玉、福笑い。講堂にあるおもちゃで遊んだから懐かしいものばかりで、僕も童心に帰って心の底から楽しめたように思う。


「お姉さんたちは帰るけど、君たちは? 家まで送っていこうか?」

「んーん、大丈夫。お迎えが来るから」

「そっか」

「さくともありがとう!」

「陸久も海未ちゃんもね」


 そういって僕らは講堂を後にした。公園を出てしばらく山道を下った後、羽純先輩の方から問いを投げかけてきた。


「さて、座敷わらし事件について改めて考えようか。朝川はどう思う?」

「……この街の小学校は全部山を降りた先にあります」

「うんそうだね」

「大人の付き添いもなしに、ましてや喘息の子が、講堂まで山道を登ってくるのは難しいと思います」

「私と全く同じ考えだね。座敷わらしって言うのも、あながち間違いじゃなかった」


 僕ら二人は山道で踵を返し、たった今通った道を歩き始めた。


「朝川、おばけ怖いんじゃなかったの?」

「僕が怖がったら、あの子たちがかわいそうでしょう。結構我慢してたんですよ?」

「そっかそっか、えらいえらい」


 いつものように羽純先輩が僕を子ども扱いして、僕がそれに反抗する。そんなやり取りをしながら、公園の入り口を再び通って講堂の扉を開ける。


 初めてここに来た時と同じように玄関に靴はなく、講堂の中には誰もいなかった。



 ***



 僕には妹がいます。

「ぜんそく」という病気で、毎日苦しんでいます。

 お外でも遊べなくてつまらなそうです。

 お兄ちゃんとしてなにかしてあげたいと思いました。

 でも、海未は運動ができません。

 せきがたくさん出ちゃうからです。

 そこで僕は、部屋の中で遊べるおもちゃを探しました。

 そしたらお山の公園の中のおうちに、たくさんおもちゃがありました。

 遊び方はわからなけど、とても面白いものばかりでした。

 ここなら海未も、楽しく遊べると思います。

 そうなったら嬉しいです。



 ***



「「え……」」

「わざわざ校舎まで来てくださって、ありがとうございます」


 講堂から再び離れたあと、依頼のあったPTAの人に報告すべくある小学校に訪れていた。

 そこで出迎えてくれたのは、PTA代表の下地さん。この時間は子どもの迎えにきていたらしく、そのまま小学校で話すことになったのだが。


「こら海未、お姉ちゃんたちに迷惑かけちゃだめよ」


 僕と先輩の間には、下地海未がいた。僕らが下地さんと話していると、寡黙ながらも二人の手を握って甘えてきたのだ。……まるで先ほどの講堂で遊んでいるときの様に。


「ごめんなさいね。普段は人見知りをする子なんですけど、あなたたちのことすごく好きみたい」

「えぇまぁ、大丈夫です。ね、先輩」

「うん」


 そう返事をすると、下地さんに聞こえないように小声で二人で相談する。


「先輩、海未ちゃん座敷わらしじゃなくて人間でしたね」

「てっきり喘息で亡くなった子が、兄と遊んでいるものだとばかり……」


 二人の予想が外れてしまった以上、報告が難しくなった。

 そもそも海未がいるなら、陸久はどこに行ったんだ……?

 それに僕らと海未は面識があるけれど、海未のことに詳しいと下地さんが不審がるだろう。

 先輩もそう思ったのか、確認も兼ねて下地さんに問いを投げかける。


「失礼かもしれないんですけど、なぜ海未ちゃんをお迎えに? 小学生でもこの時間なら子ども達だけで帰ってますよね」

「えぇ。実はこの子喘息持ちで、今日は一日保健室で寝てたみたいなんです。体調は悪くなかったらしいけど、最近病院から退院したばかりなので、何かあるといけないですから」

「確かに。納得です」

「まぁ過保護すぎるかもしれないけれどね。長男を亡くしてから、この子だけはどうしても守らなきゃって」

「……」


 なるほど。海未じゃなくて、陸久の方が座敷わらしだったのか。


「辛気臭い話をしてごめんなさい。それで、講堂に座敷わらしは居たんですか?」

「あぁえっと、いるにはいたというか……」


 座敷わらしの正体について思いを馳せていると、言いづらい部分について聞かれて言葉に詰まってしまう。あの時講堂にいた陸久のことも海未のことも、なんと説明したらいいのやら。

 すると、海未が声を発した。


「ざしきわらしちゃんは、もういたずらしないって」

「え?」

「ちょっと海未、これは大人のお話なのよ? てきとうなこと言わないで?」

「……いえ、その通りです」


 僕は困惑していたけれど、先輩は海未の言葉に乗っかって話を続けた。


「もういたずらしないそうです。約束してきました」

「は、はぁ。解決した、ってことですか?」

「えぇ。ね、海未ちゃん」

「うん!」

「そうなんですね……?」


 下地さんはまだ状況が掴めていないようだけど、なんとか納得してくれた。





 小学校を離れるとき、海未が紙切れを渡してきた。


「陸久くんから?」

「うん。今日はお別れの日だったの。病院で寝る時間が無くなっちゃうから、もう遊べないって。最後にありがとうって」

「……あぁ、そういうことか。わかった、ありがとね海未ちゃん」

「え、先輩何がわかったんですか」


 下地さんと別れて、僕たちも帰路に就く。


「朝川にはまだわかんないかー」

「もったいぶってないで教えてくださいよ」

「これ読めばわかるよ」


 先輩は海未から貰った紙切れを渡してくる。

 そこには「妹をありがとう。これであんしん。りく」と書いてあった。


「どうやら陸久くんのほうが幽霊、と言うのが真相で間違いなさそうだね」

「……でも、海未ちゃんが講堂にいた理由は? 今学校にいたこととか、説明できなくないです?」

「そんなことないよ。病院で寝てるときに陸久くんと夢で会ったって言ってたよね。てことは、そもそも海未ちゃんも実体じゃなかったんだよ」

「な、なるほど?」

「幽体離脱ってやつだね。病院を退院するまで、心配で遊びに来てたんだと思う」

「あぁ。無事退院できて元気になったから、未練が無くなったってことか」

「うん。『お迎え』って言ってたのは学校にいる海未ちゃんを迎えに来たお母さんのこともそうだけど、自分のことも言ってたんだね」


 幽体離脱的な何かで、海未が退屈しないように夢の中で連れ出してあげていた。それが先輩の推理だった。

 もし本当なのだとしたら、それは素晴らしい兄妹愛だけれど。


「でもそんなこと、あるんですかね?」

「幽体で講堂で遊んでいたこと?」

「はい。やっぱにわかに信じ難いというか……」

「一緒に遊んだのにまだ疑ってんの? ……あり得るよ、私が保証する」

「先輩が言うならならあり得るか」

「うん。幽霊もいるくらいだし」

「ぐっ……。まだ認めてないですからね、その存在に関しては」

「こら朝川、いい加減認めなさいな。そんな怖いものでもないよ?」

「怖いものは怖いんです。陸久と海未ちゃんと遊んでるときでさえ、少し震え止まらなかったんですから。……あ、それとも先輩が僕の恋人になって、この恐怖打ち消してくれます?」

「ううううるさいやい! 今はそれ関係ないでしょ!!」


 何はともあれ、一件落着だ。





「それじゃ、また明日だね」

「はい、また明日」


 学校を離れ、僕と先輩は山道の入り口で分かれた。

 しかし、明日の活動があるのか聞き忘れたことを思い出す。


「あ、先輩。明日の部活は……」


 先輩が向かった山道を振り返ると、そこに人の影は一つもなかった。


「……先輩ってこんなに歩くの速かったっけ?」


 先輩の姿が消え、それから一週間、僕が先輩の姿を見ることはなかった。

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