まやかし探偵部
星宮コウキ
第1話 まやかし探偵部
「遅い! 私をいつまで待たせる気?」
「これでも授業を頑張って抜けてきたんですけど!」
「あ、今授業中だったんだ」
「あなた絶対知ってましたよね……」
夏も終わりを迎える八月末の午前十時。今頃二コマ目の授業が始まった頃だろう。夏休み明けのそんな時間に、僕は高校の敷地から外へと踏み出していた。
「授業を抜けてまで部活動に参加するとは、君は変わり者だねぇ」
「わざわざ呼び出しといて、その言い方はないんじゃないですか?」
「別に私の連絡を無視すれば良かったじゃん」
「そんなことはできないですよ」
「おぉ即答だ。なんで?」
僕の隣で歩く可愛らしい女の子が、首を傾げながら俺に尋ねてくる。
彼女は、肩に届かないくらいのウルフカットの髪を揺らしている。綺麗な黒色のそれの中に、校則違反の青色のメッシュが目立って見えてとてもかっこかわいい。本当に同じ人間かと思うほど毛先まで整えられていて、みているだけでさらさらなのがわかる。
容姿は制服こそ他のみんなと同じデザインなものの、学校指定の赤色のリボンではなく青色のネクタイをしている。どうやら一昔前の制服のもので、以前の卒業生のおさがりなのだろう。
身長は女子の中では少し高めで、男子の平均身長の僕と肩を並べるほどだ。本人は気にしていたけれど、背が高い女性の方が僕は魅力的だと思う。
趣味がアウトドア系全般で、好きな食べ物は肉とお米。所属している部活は、「まやかし探偵部」。
そしてほとんど学校に姿を見せない、いわゆる不登校だった。しかも一つ学年が上で、僕と遭遇する機会なんてそうそうない。……なのだけれど、僕が彼女のことをよく知っているのには理由があった。
「僕はあなたに一目惚れしてるんだから、無視なんてするはずがないでしょう」
「うっ……」
「何を今更恥ずかしがってるんですか? あなたわかってて聞き返してたでしょう」
「……君、私の名前は『あなた』じゃない。
「それは名前で呼んでいいっていう意味ですか?」
「う、うるさいやいっ!」
そう、僕は羽純玲花に恋をしているのだ。
「はぐらかしてないで、そろそろ告白の返事くれたら嬉しいんですけど」
「き、君はこういう時だけ強気に出るよね」
「まぁ惚れた女に振り向いて欲しい時、男はみんなこうなると思いますよ」
「……そういうものなの?」
「そういうものですよ、多分」
彼女は答えを聞くとそのまま黙り込んでしまい、ここで話が一旦途切れる。どうやら、こんな風にぐいぐい来られると弱いらしい。そんなところも可愛い。
かといって無言なままだと流石に気まずいので、話題を変えることにした。
「ところで今回の探偵部の活動内容は?」
「今回は小学校のPTAからの依頼で、公園の講堂に行くよ。なんでも、座敷わらしが出るんだとか」
「またおばけ系かぁ……」
「君、相変わらず怖がりだねぇ」
彼女はいつも僕をこうして子供をあやすように扱う。恋愛対象に見られていないようで、なんだか悔しい。
だから僕はからかうように、彼女への仕返しを目論む。
「……僕は『君』じゃなくて、
朝川咲斗、平凡でなんの取り柄もない人間だ。平均的に何もできない。学業は平均点かそれより少し下、運動だってスポーツだってちゃんとできた試しがない。日常で起こる物事全てが、苦手だった。苦手で、生きることが下手だった。
容姿は特別いいわけでもないし、ただでさえ何もできなくて周りに迷惑をかけるのだから、目立たない方がいい。だから制服は指定された通りだし、髪型も普通に短く整えているだけである。
趣味はインドア系全般で、好きな食べ物は主に野菜。所属している部活はもちろん「まやかし探偵部」。
自分でいうのも憚られるが、日々卑屈に過ごしていた僕を変えたのが羽純玲花だった。入学式でトラブルに巻き込まれた僕を助けてくれて、その後もこうして面倒を見てもらっている。そんな彼女に惚れたんだ。
だからこそ彼女の助けになりたい、彼女の隣に立てるような人になりたい。こうして僕も「まやかし探偵部」に入ったのだ。
「それが何か?」
「大好きな玲花さんに名前で呼んでもらいたいなって思って」
「わわわ、わかったから玲花さん呼びはやめろ! その、せめて苗字から、とかで……」
こんな変人二人の、学校非公認「まやかし探偵部」の活動が始まる。
「ほら行くぞ。……あ、朝川」
「はい、羽純さん」
「おい。せめて先輩と呼べ先輩と」
「はい、羽純先輩」
***
「お邪魔しまーす!」
「玄関に靴ないし、誰もいないのに挨拶いります?」
「何言ってんの、座敷わらしちゃんがいるでしょ」
「うっ……」
僕らの高校は山道をしばらく登ったところにあり、その山道の途中にある公園が目的地だった。高校の正門からしばらく下っていくと、公園とその中にある地域の講堂が見えてきた。
地域の人曰く、会議でこの講堂を使うたびに誰もいない部屋で物音がするらしい。
「べ、別に物音するだけならよくあることだって」
「おもちゃが勝手に転がってたりもするんだって」
「……」
座敷わらし。見たものには幸福が訪れるという子どもの妖怪。
「朝川、怖がってたってしょうがないって。別に害があるわけじゃないんだし」
「恐怖に無害か有害かは関係ないんですよ……」
この妖怪は古い家に現れて、家主にいたずらをするという。
頻繁に起こる物音が建物の劣化なのか、はたまた座敷わらしのいたずらなのか。その調査を頼まれたのが今回の活動内容だった。
不意にガタン、と奥の部屋で音がした。
「ひぃ!」
「もう、大袈裟だなぁ」
「羽純先輩、今日僕の命日なんですかね。遺書書いておけば良かったかな……」
僕はかっこ悪くも、先輩の影に隠れて奥の様子を伺う。
「座敷わらしも遊びたいだけだって。人を殺しはしないよ」
「あ、待ってくださいよ! 置いてかないで!」
彼女は背後に回った僕のことを気にも止めず、どんどん奥に進んでしまう。
そして、物音がした部屋のドアを躊躇なく開け放った。
「えーい!」
「うわぁぁ! 座敷わらしさんお邪魔してごめんなさい!」
「うわぁぁ! 勝手に講堂に入ってごめんなさい!」
あまりにも先輩が勢いよく開けるものだから、座敷わらしに悪いことしたと思って謝った。
……けれど、僕のほかにもうひとつ、幼い悲鳴が聞こえた。
「「……え?」」
僕と同じように、叫んだ子どもの声がしたことにも気づく。
よく見ると、部屋の中には小学生くらいの男の子が、同い年くらいの女の子を守るように前に立ち、頭を下げて謝っていた。
相手もこちらに気付いたようで、しばらく顔を見合わせる。
「座敷わらしじゃない……」
「PTAの怖い人じゃない……」
「いたずらされない!」
「怒られない!」
状況はまだいまいちわからないけれど、謎の安堵を覚えて、僕はその男の子と手を取り合って喜んでいた。
座敷わらし事件の正体は、講堂に勝手に忍び込んだ小学生の仕業だったのだった。
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