第2話

僕の前の一円君は驚くことしかできなかった。


別れの言葉を言う時間も、涙を流す時間もなかった。


僕は何も言えずにただ横にいることしかできなかった。


僕と一円君の間に悲しい空気が漂う。




その空気をかき分けて何か音が聞こえる。




ころんころん。ころんころん。




黄色の硬貨が転がってくる。あれは500円玉に違いない。




「やぁそこの小さきものよ。辛かろう。初めての別れなのだろう。」




500円玉は古いものだなと僕は思った。




「硬貨は、生まれながらにして、別れを背負っているのだよ。


君が、いくら辛いと思おうが、人間の世の中が、動く限り、我々は別れ続けるのだよ。


これから何度も別れ続ける。覚悟しておきなさい。」




ゆっくり500円玉は話した。




一円君は黙って聞いている。




500円玉は僕のほうを見る。


「君は何人目かね。」




どう答えよう。素直にもともと人間と言おうか。嘘をつこうか。


「それが、あの、もともと人間で朝起きたらこの姿になっていたんです。」


嘘をつくにはこの世界を知らな過ぎた。




「もともと、人間だと?そんなことも、ありえるのかもしれないなぁ。」




500円玉は意外と素直に受け入れてくれた。




「ふむふむ。そのことは、あまり、言わないほうが、いいかもしれんなぁ。


お金の中には、人間に、ひどい目にあわされてきたものも、たくさんおる。人間のために作られて、人間のために使われて、そのうえで、ひどい目にあわされる。考えてごらんなさい。そういうお金たちは人間を恨まないほうがおかしくないだろう。」




なるほど。納得だ。




「幸い、この財布の中に、そういうやつらはおらん。ここで色々学ぶといい。」


すると500円玉は財布の隅まで届くような声で言った。


「おぉい。みんな、新入りだぞぉ」




するといろんなところから声が返ってくる。




「よろしく、よろしく、よろしくねぇ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

起きたら僕はお金だった @HirotoAkagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る