転生したら驚いた!(3)

   

 これが転生者特典なのだろうか。

 ひたすら巨大な石臼を回し続けていても、疲労感はゼロだった。おなかかないし、眠くもならない。「寝食しんしょくを忘れる」という言葉があるが、それこそ寝食しんしょくは必要ない感じだった。

 ただし、肉体的な疲労とは別の、精神的な疲労みたいなものはある。「毎日毎日、俺らは石臼を、回し続けて嫌になっちゃうよ……」と言いたくなる気持ちだ。寝る必要もない以上、日にちや時間の感覚がなくなるくらい、ずっと同じ作業を続けるのだから。


 こんな異世界生活は、俺が思い描いていたものとは大違いだ。

 ……いや、ちょっと待てよ?

 冒険ファンタジーでも、最初っからラクラクではなく、不遇な身分からスタートする場合があるのではないか?

 そうだ。

 奴隷の立場から一念発起して、最後は英雄になる。そんなゲームや Web小説だって、いくつか目にしてきたではないか!


 石臼大回転という強制労働に従事する現在の境遇は、まさに奴隷状態。

 ならば、ここから……!

 もちろん、俺一人では無理だろう。だから俺は、仲間を集めることにした。まずは、最初に話しかけてくれたミチヤだ。

「ねえ、ミチヤさん。あのゴブリンって、どれくらい強いのでしょうか。みんなで一致団結して立ち向かえば、ここから脱走できるのでは……?」

 作業の手は止めずに、言葉だけを投げかける。内容が内容なだけに、監視のゴブリンたちには聞こえないくらいの小声で。

「ゴブリン……?」

 ミチヤは不思議そうな声で聞き返したが、そんな態度は一瞬だけだった。

「ああ、ゴブリンね。そうか、テツオには『ゴブリン』に見えるのか。俺は別の名称で呼んでいたが……。では、ゴブリンということにしておこうか」

 後ろから「クスッ。ゴブリンですって」とか「良いではないか。ゴブリン、大いに結構」とか、そんな声も聞こえてきた。

 ともかく。

 俺の言い出した『ゴブリン』は、この場の統一名称に採用されたらしい。

「あのゴブリンたちなあ……。まあ全員でかかれば、何とかなるだろうが……。うーん……」

 あまり肯定的な立場ではないミチヤとは対照的に。

「良いではないか。せっかく新入りのテツオ君が提案してくれたのだ。一斉蜂起、私は大賛成だぞ」

 明確な賛同の意思を示してくれたのは、ロマンスグレーのシローだった。

 小太りさんのセイロクも、シローに続く。

「その話、乗った! 俺もやるぜ!」

「あら? みんなが行くなら、私も従おうかしら」

 ミキお姉さんまで、蜂起集団に加わることに!

 この彼女の言葉が、呼び水になったのか。まだ俺が名前を覚えていない人々の間にも「俺も、俺も」という囁きが、細波さざなみのように広がっていく。「どうぞ、どうぞ」と辞退する声は、一つも聞こえない。

「……そうか。みんな、その気なのか。じゃあ俺だけ反対ってわけにもいかないな」

 前言撤回という顔のミチヤ。さらに彼は、俺にアクションを促した。

「さあ、テツオ。言い出しっぺは、テツオだからな。テツオの合図で、みんな一斉に動き出すぞ!」

 すでに、皆のザワザワとした雰囲気を察して、ゴブリンたちの間に不穏な空気が流れ始めていた。人間とは表情の違うゴブリンだが、その細かい仕草や態度から、そう俺は感じたのだ。

 ならば。

 モタモタしてはいられない。

 正直、俺は、扇動者アジテーターにも先導者リーダーにもなったことがないから、こういう時どんな掛け声をしたらいいのかわからないのだが……。

「では……。みなさん! エイエイオー!」

 ちょっと違うかな、と思いながらも、俺は叫ぶ。

 その声を契機にして。

「うおおおおお」

「行くぞー」

「いやっほう!」

「ヒャッハー!」

 みんな一斉に石臼回しを放り出して、周囲のゴブリンたちに襲い掛かった!

   

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