綺麗な花には

 5月半ばのことでした。

 居間の入り口から、


「お父さん、お父さん♪」


 母様が、ぴょこっと顔を出しました。


「どうした?」

「こっち来て♪」


 父を玄関へと誘います。


「綺麗でしょ」


 玄関奥には、母様が花瓶に生けた二輪のお花。

 内側に向かって桃色が濃くなる、大輪のお花がありました。


「芍薬か。良い色してるな」

「ね。綺麗なうちにと思って」

「おぉ。これから雨が降るからなぁ」

「そうなの。あと、こっちも見て♪」


 玄関戸に近いほうの花瓶には、薄紫のお花たち。


「これも綺麗だな。何だったか」

「ライラックよ」

「生け方も良いな」

「うふふ。そう? 嬉しい♡」


 父に褒められ、喜色満面の母様。

 可愛いです。


「まるちゃんも見に来ない?」


 おっと。

 完全に観客のつもりでしたよ。

 母様の性質からして、誘ってくれることはわかっていましたが。


「えぇと……はい」


 母様の心遣いは嬉しいんですが、匂いの強いものが苦手な私は、心の準備が必要です。


 息を吸って、吐いて……よし!


「ずいぶん気合いを入れてるわね」

「芍薬にライラックですもん」

「あぁ……まるちゃんには強いわね」

「本当は〝優雅に鑑賞〟とかしたいんですけど」

「まるちゃんだからムリよ」


 なんと……!


「ディスられた……! 父、私ディスられましたよ……!」

「うんうん。わかったから、気合いだけ入れてないで、こっちに来い」

「うあぁ……」


 味方が……

 味方がいません……っ。


 その後、何とか気合いを入れ直し。

 マスクの装着確認もして。


 いざ、参ろうぞ……!



「……綺麗……」


 生け方も花瓶のチョイスもベストですよ、母様。


 綺麗なお花は好きです。

 自然界が作り出した絶妙なグラデーションなど、いつも感動します。

 匂いは……わずかに香る程度なら、良いんですけどね。


「ね。見に来て良かったでしょ」

「は……ゔっ」


 返事をしようとして、うっかり息を吸いました。


 申し訳ないですが……

 ……戦線、離脱します……

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