〝L〟という……

 お互い別々のことをしていると、ちょこちょこ起こる話です。

 この日、母様はテーブルで新聞整理をしていて、私はラグマットの上で作業をしていました。


「まるちゃん」

「はい」


 呼ばれたので顔を向けましたが、めずらしく視線が合いません。


 母様は、真剣な顔で何かを見つめたままです。

 右手がスッと上がって──


「〝L〟って、どういう漢字?」


 ……漢字?


 今、指で〝L〟って書きましたよね?

 はっきり〝L〟って書きましたよね?


 見事な直角でしたけど。


 漢字?


 脳をフル回転させても、わからないものは、わかりません。


「母様」

「なぁに?」


 母様がこっちを向きました。

 そういえば昔から、どんなに忙しくても、呼ぶと顔を向けてくれるんですよね。見習いたいものです。


 話がそれましたね。戻します。


「Lは〝L〟だと思うんですけど」


 とりあえず。母様と同じように、空中で〝L〟を書いてみました。


「そうね」

「そうねって……」


 じゃあ、なんで訊いたのか、ツッコミを入れたいところですが。


「母様は、何の漢字を訊きたかったんですか?」


 その前に、一応確認をね。

 しましたよ。したんですが……


「『そうじ』の〝じ〟って、どういう漢字?」

「〝L〟と全然ちゃいますやん」


 ついツッコんでしまいました。


 思わず久々に出てしまいましたよ。方言が。

 私のは仲良しさんだった子の影響で、あちこちのが混じっています。


「それはね、LED買わなきゃって思ったから」

「……あぁ、居間ここの」

「そうそう。この間から調子が悪いでしょ?」

「そうでしたね。で、〝じ〟はどこから……」


 見に行ったほうが早いですよね。何の記事──


「パズルですやん……」


 脱力しました。

 しかも、新聞とまったく関係ない、パズル本の問題でした。


 いや、良いんですよ。漢字パズル。

 気分転換したいのもわかりますから。


 母様があんまり真剣な様子だったので、そんなに重要な記事が載っていたのかと思っただけで……

 でも、よく考えたら、記事だったら漢字が明記してありますよね。


 立つ前に気づきなっせ、私。


 という脱力でした。


「『清掃』は出て来るのよ。『そうじ』の〝じ〟が出て来なくて『そうじ……そうじ……清掃じゃなくて、そうじ……』って、ループしちゃって」

「そこに『あっ、LED買わなきゃ』が入ってきたんですね」

「そう! そうなの。よくわかったわね、まるちゃん」

「長いおつきあいですからねぇ……」


 とはいえ、母様に天然を発揮されると、わからないことも多いんですけどね。

 楽しいので、良しとしております。


 今回は『掃除』の『除』を伝えつつ、思考の同時展開は止めてくださいとお願いしました。

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