類似品にご注意ください

 夜。居間で書類を書いていた母様が、私の仕事部屋に飛び込んできました。


「まるちゃん!」

「どうしました」


 母様はだいぶ焦っておられます。


「このテープ変なの!」


 こちらに向けられたのは、返信用封筒の口。その糊を塗る箇所に、白いテープが貼ってあります。


「母様、これ……」

「一回じゃダメだったから」

「それで、何重にも」

「そうなの。でも全然、付かないのよ」

「……なるほど」


 念のため、テープに指を滑らせます。

 ……やっぱり。


「これは、付かないですよ」

「ママのやり方が悪いの?」


 おろおろする母様も可愛いんですが、


「もう一回やり直したほうがいい?」


 と、居間に戻りそうなところを引き留めました。


「やり方は間違ってませんよ」

「なら、テープが変なの?」

「そうですね」


 これは──


「修正テープですから」

「え?」

「白いのは、修正テープです」

「…………」


 呆然とする母様。

 ……あぁ、これはおそらく、収納場所から取り出す時。


「〝テープ〟の所だけ見ました?」

「……うん」


 しょぼんとする母様。

 可愛いです。


「本当に〝修正〟?」

「本当に〝修正〟です」

「〝のり〟じゃないのね?」

「残念ながら」

「……そう」


 諦めきれず確認して、さらに撃沈する母様。

 可愛いです。


「〝テープのり〟は、粘着面が透明なものですよ」


 私の言葉に、封筒の口をじっと見る母様。


「……これは、白いわね」


 そんな、キリッとした顔をするほどでもないんですけどね。

 まるで、ドラマの探偵か何かのようです。


「そうですね。なので、これは落としますね」


 私はカッターでテープを削っていきます。


「お手間かけてごめんね、まるちゃん」

「お気になさらず」


 ……さて。だいたい綺麗にできましたね。


「〝テープのり〟持ってくる?」

「いえいえ。ありますから」


 お道具箱から〝テープのり〟を取り出し、のり面につけます。

 母様が妙に静か……と思ったら……

 (・o・;) ←こんな顔で固まっていました。


「どうしました? まだ閉じないほうが良いですか? もう一度、書類確認します?」


 手を止めて母様に訊きました。すると……


「まるちゃんの、ばかぁ」

「えぇ?」


 急に、どうしました?


「ママの苦悩の時間を、返して~」


 私は母様の顔を見て、時計を確認。

 22時16分……なるほど。


 今日はこの書類……というより封筒と格闘していた母様は、夕飯後のうたた寝ができませんでした。

 要するに、気が抜けたとたんに疲れがどっと来て、おねむになっちゃったんですね。


「すみません。封をしておきますから、母様は寝てください。書類の確認は良いですか?」

「……大丈夫」

「じゃあ、お手洗いに行ってきてくださいね。ホットミルクを作っておきます」

「……ありがと」


 もうすぐ3歳になる甥っ子と同じ表情の母様にほほえましくなりつつ〝お布団に入ってもらおう作戦〟は成功しました。


 母様は疲れてくると、だいぶ逸れた思考になります。気の毒に思いつつも、少しだけ「ふふっ」となります。


 類似品には注意しなければと、改めて思いました。

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