第22話 巻き角の魔獣

 シュパッ……。

 矢が風を切り、突き刺さる。射られた2匹のグレイウルフは鳴き声を上げる間もなく絶命した。

 エルフのシャオミの仕事である。

 臭いがしない風下からの攻撃。夜行性のグレイウルフを寝ているうちに一匹ずつ始末する。百発百中の弓の腕はなかなかなものだ。

 戦士のバーナードとレインもかなりの腕で、途中で襲ってきたを大サソリを見事な連携で倒した。猛毒をもつ大サソリは、車くらいの大きさがあり、非常に危険なモンスターであるが、この2人の戦士には問題なかったようだ。

 今のところ、私が出る幕はない。山道はごつごつとした岩が突き出た荒れ道で、植物はほとんどない。

「ミコト様……。何カ臭ウデゴザル……」

 そう私の後ろに控える豆蔵がつぶやいた。私には感じられないが、優秀なスパイである豆蔵はそういう感覚は鋭い。同じく先行するエルフのシャオミも臭いを感じたようで、手を上げて私たちに警戒するよう合図した。

「岩陰に隠れよう……」

 そうリーダーのバーナードが命令する。私たちは近くの岩陰に身を隠した。やがて、フシューフシューという奇妙な音が近づいてきた。それと同時に臭い。獣臭い、ねっとりと体にまとわりつくような異臭だ。それによって、体が凍りつくような感覚にとらわれる。

「巻き角の魔獣か……」

 小さな声でバーナードが注意を促す。音のする方は風上。幸い、自分たちの臭いは近づいてくるものには感じないはずだ。

「うっ……」

 その生物はいきなり現れた。

 でかい。

 (でかすぎるわよ!)

(というか、いきなり本命が現れないでよ!)

 その生物は2階建ての家をはるかに超える高さ。顔は羊によく似ている。羊のような巻いた角が2本出ている。体つきは熊のようだが、体毛は長く、口には鋭い牙。手はまるでブルドーザーにような長い爪。あれで薙ぎ払われたら、人間はひとたまりもないだろう。

 私は巻き角の魔獣の個人情報を確認する。

 

巻き角の魔獣 魔力600 攻撃力680 防御力790

 12魔獣の1つ。羊を示す・ジュラル山を守護する魔獣。炎のブレスが強力で強い。また、突進パワーはかなりのもの。クリムゾンアントが大好物である。


「動くな……奴はこちらには気が付いていない……」

 バーナードはそう言ってみんなを落ち着かせる。彼が言うように巻き角の魔獣は、こちらには気が付いていないようだ。ゆっくりと辺りを見回してはいるが、敵対する生物を視界にとらえている感じではない。

「何か食べているわ……」

 ゴキュゴキュと気持ちの悪い咀嚼音。硬い表皮を突き破り、その下の柔らかい肉を咀嚼するような音。

「ミコト様……アレハ赤イ悪魔デハ?」

 私の後ろでそう豆蔵がつぶやいた。この山へ一人で入り、その赤い悪魔に襲われた冒険者。辛うじて逃げられたものの、その赤い悪魔にジェラル熱を感染させられ死んだ男が死ぬ前に残した生物が巻き角の魔獣に食われている。

「ありゃ、クリムゾンアントだな」

 そう女戦士レインが言った。一度、戦った経験があるらしい。

「あいつの皮膚は固い殻で覆われていてな。バトルアックスで叩き切らないと傷を付けられない厄介な奴なんだ」

「へえ……そうなの」

 私はそう答えたが、正直、この異世界で初めて見た異様な光景だ。驚いてしまって思考が働いていない。

 ひゅう……。

 不意に違う方向から風を受けた。

「しまった、巻き角の魔獣に見つかる」

 先行していたエルフのシャオミがそう叫んだ。風の向きが変わったのだ。自分たちの臭いを感じた巻き角の魔獣の赤い目が私たちを探し出した。

「ぐぎゃあああああああっつ!」

 凄まじい咆哮が衝撃波となって小さな小石を舞い上がらせた。口にくわえた食べ残しのクリムゾンアントを落とすと、新たなターゲットに向かって突進してくる。

 岩場の斜面である。私たちが戦うには、圧倒的に不利な場所だ。だが、見つかったからには戦うしかない。

「あんなのとどう戦えば……」

「レイン、恐れるな。隙を見て逃げるチャンスを作るんだ」

 バーナードはそう言ってブロードソードを抜く。レインも覚悟を決めたようだ。手にした細身のレイピアを突き出した。

「我、記せし、世界を欲する!」

 私は呪文を唱えた。腰に付けたポーチから魔筆を取り出す。

「強」

 達筆で書いた文字は8枚。バーナードとレイン、シャオミ、豆蔵の肉体の強化と武器を強化する。

 バーナードのふるった剣は巻き角の魔獣の体を深々と切り裂いた。通常なら剛毛に阻まれ、肉まで剣は届かないはずだ。レインの突き出したレイピアもそうだ。下手をしたらぽっきりと折れてしまったかもしれない突きの攻撃も体に突き刺さった。

 無数の赤い血しぶきが空中に舞い上がる。シャオミが放つ矢が次々と刺さるのだ。そして、戦闘においてもプロフェッショナルな腕をもつ豆蔵。素早く近づくと、強化された短剣で幾度も突き刺し、そして離れる。

「さすが小さき勇者キラーラビット殿の魔法。一度に3人の体と武器を強化するとは」

 感嘆するバーナード。しかし、これくらいで巻き角の魔獣が撃退されるわけがなかった。長く鋭い両手の爪をめちゃくちゃに振り回す。それは当たった岩を砕き、その破片が降り注ぐ。それを除け損ねてシャオミが倒れた。

 頭にこぶし大の岩が直撃したのだ。慌てて神官のグローリーが癒しの奇跡を唱える。これは治癒系魔法の初歩的なもの。止血をして痛みを緩和する作用がある。

 シャオミが戦線から外れて攻撃力が低下したので、巻き角の魔獣は態勢を立て直した。空に向かって咆哮を上げると口を大きく開けた。

「まずい、炎のブレスだ!」

 巻き角の魔獣が今使おうとしてる炎のブレスは、目の前にいる敵をすべて焼き尽くす恐ろしい攻撃方法である。これを食らったら、普通の人間は即死する。

「我、記せし、世界を欲する」

 私は指で大きく四角を描く。そして、魔筆をふるった。

「壁」

 書いた魔紙を手で弾く。

「ぐおおおおおおおおっ……」

 巻き角の魔獣がとてつもなく大きな火球を口から吐き出した。すべてを焼き尽くす炎のブレス。だが、私の魔法の展開の方が早かった。

「な、なんと……」

「炎が通らない!」

「サスガ、ミコト様デゴザル!」

 私たちの前に巨大な透明な壁が出現。これはあらゆる攻撃を遮断する無敵のシールドである。

「シールドの魔法でこんな巨大で強いのは見たことがない」 

 バーナードが驚くのも無理がない。『壁』の魔法は初級魔法であるから、通常は矢を一定時間防いだり、敵の進撃を防いだりする程度である。しかし、魔力無限の私が使えば、魔法攻撃や魔獣のブレスも防ぐ。

 さらに私は魔紙を召喚する。

「氷矢」

 と書かれた魔紙は10枚。横並びになったそれを次々と弾く。

 氷でできた矢が巻き角の魔獣に突き刺さる。苦痛の咆哮をあげる巻き角の魔獣。

「今だ、レイン」

「おう!」

 2人の戦士が巻き角の魔獣に体当たりをする。2本脚で立ち上がっていた巻き角の魔獣はこの攻撃にバランスを崩した。岩場の斜面だ。自分の体重を支えられず、転げ落ちていく。そして100mほど転がり落ちて気絶したのか動かなくなった・

「死んだか」

「イヤ……気絶シタダケダロウ……」

 目の良い豆蔵はかすかに胸が上下しているのを見てそう答えた。さすがA級モンスター。この程度の攻撃では死なない。

「とどめを差しに行くか、バーナード」

 そう女戦士レインは提案したが、バーナードは首を横に振った。これは私も賛成だ。気絶しているのなら、この時間を利用して桃苔を採取して逃げ出した方が安全だ。

 気絶中に攻撃しても最初の痛みで意識を取り戻せば、また激しい戦いになる。私の魔法で戦えば勝てるかもしれないが、バーナードやレイン、豆蔵にあの鋭い爪や凶悪な牙がヒットすれば、ケガどころではなくなる。

「では、今のうちに上りましょう。シャオミの具合は?」

 私はそう神官のグローリーに聞いた。

「心配ない。わしが背負っていく」

「では、グローリーさんとシャオミさんはここから山を下って、ポイントCまで後退。私たちは桃苔を採取して急いで合流します。それでいいですか、バーナードさん」

 私はリーダーのバーナードに同意を求める。彼は満足そうに頷いた。一応、頭からすっぽりかぶったマントで姿は隠しているのとはいえ、私は8歳の幼女だが、そんな思いは抱かせない。なぜなら、8歳の幼女がこんな的確な指示はできないし、先ほどの魔法は絶対に発動することはできないからだ。

 桃苔は巻き角の魔獣との戦闘をしたところから、300mほど登った地点にあった。そこは大きな岩陰の下にピンク色の苔がびっしりと生えていた。

「これでミッション終了」

「ミコト様、後ハ山カラ脱出スルダケデゴザル……」

 取れるだけの桃苔をナイフで削って袋に詰めていた私たちだったが、想定外の出来事が起こった。

「なんだ、あれは!」

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