第17話 忠犬豆蔵
「さて、最後の一人」
20人のうち、15人は倒した。4人は竜牙兵が倒し、3体の竜牙兵が倒された。残りは1人である。
「チョッ……チョット……待テ……」
その男は山賊とは違った格好をしていた。全身が真っ黒な服で覆われ、頭にも頭巾をかぶっている。いうなれば忍者みたいな格好だ。
肩には金属のパットを付けた戦闘スタイル。右手には短剣を持っている。変な話し方をするに加えてこの格好だ。手加減する理由はない。
「待テ……我ハ……オーガヘッドノ一員デハナイデゴザル……」
「はあ……あなたも油断させておいて襲い掛かるクズですか~」
私はお玉でポンポンとその男の頭を叩く。どうやら私の戦闘を見て腰を抜かしてしまったようだ。強そうな格好をしているだけに情けない。
「違ウ……ソンナコトハ断ジテナイデゴザル……」
「嘘言っても私には分かるんですけどねえ……」
私は左手の甲を額に付けた。個人情報開示である。
008 王国特務機関スパイ 年齢不詳 魔力0 攻撃力387 防御力376
冷酷、沈着なプロフェッショナルなスパイ。凄腕の殺し屋でもある。オーガヘッドの一味に潜入し、その本拠地を探る任務についている。小さいときにさらわれた妹を探している。
ちょっと素直になれない照れ屋さん。
(ちょっと、最後の照れ屋さんってなによ。こんな不気味ななりでかわいいじゃない)
私は思わずクスリと笑ってしまった。それがこの男をますますビビらせた。
「あら、スパイって話は本当だったようね。王国特務機関の008さん」
私の言葉に驚く008。
「ナ、ナゼ分カルノダ……魔法デモ不可能ナハズ……マサカ……アナタハ神ノ化身デゴザルカ?」
気が動転してぶっ飛んだ勘違いをする008という名前のスパイ。
私はこれでよいことを思いついた。神の化身という超常現象のキャラ設定は使える。そうじゃないと、あの凶悪な山賊の一団を倒したのが、そう思わないと信じられない可愛い幼女だったからだ。
「そうよ。私は神の化身。魔王を倒すために神に選ばれし勇者」
本当はこの国を亡ぼせと命令されている傾国の美女候補なのであるが、それは伏せておこう。
「ユ、勇者ダト……バ、馬鹿ナ……アリエナイ……コンナ子供ガ……」
「はいはい、目の前で起こったことを信じないようじゃ、優秀なスパイとはいえませんよ」
私は容赦なく、お玉で008の頭をコンコンと叩く。叩かれるままの008。
「私は神様より使命をいただいているの」
「ハハハッ」
私の前に膝まずく凄腕スパイの008.私はお玉をもったまま、腕組みをして仁王立ちしている。
「あなた、神から選ばれた勇者である私の下僕になりなさい」
私はそう008に命令した。私の目的である、傾国の美女になるために、この男は使えると思ったのだ。傾国の美女になるというクエストは、いくらチートな力があったとしても、一人だけでは達成できない。有能な家来が必要だと考えたのだ。
「下僕デゴザルカ……我ガ……コンナ幼女ノ……」
「幼女じゃないよね、勇者様だよね。いい、008。いうこと聞けば、あなたの妹さんのことも探してあげるわよ」
「ナ……ナゼ……我ノ妹ノコトヲ知ッテイルデゴザルカ!」
「私がこの世界の平和を守る勇者だからよ。さあ、忠誠を誓うの、誓わないの?」
「……馬鹿ナ……我ニモプライドガアルデゴザル……イクラコノ世界ノ平和ヲ守ル崇高ナ方ニ仕エルトイエド……下僕ニナルナンテ……」
「あらそう……それは残念だわね」
私はあえてそう突き放した。008の性格を知った上での態度だ。それで008は慌てだした。
「ウウウ……ドウシテモトイウノナラ……下僕ニナラナクハナイデゴザル……」
「はいはい、じゃあ、どうしてもといいましょう。下僕になりなさい」
「……仕方ハナイ……コレモ神様ノタメデゴザル……」
さすが素直じゃない属性。自分の弱さを素直に認めないようだ。こういう輩には、思いっきり屈辱を味合わせるに限る。
「ほーほほほ、いいでしょう。では、下僕の008に命じます。私の下僕となった証を見せなさい。そう、私の靴をお舐め」
「ナ……ソンナコト……」
「無理なの、さっきの言葉は嘘なの?」
「嘘デハナイデゴザルガ……サスガニソレハ……。ダガ、ドウシテモト言ウノデゴザルノナラ……」
「はああああっ……あなたの性格、めんどくさ!」
私は右足を突き出した。土下座している008の顔へそれを向ける。008の表情は分からないが、その眼の光は戸惑ってる。
もちろん、これは主従関係をはっきりさせるための言葉。本当になめさせる気はない。
だが、008は完全に私に屈服した。膝まずいて私の足に舌を出した。
「ワカッタデゴザル……ミコト様」
(おーい、008、本当になめるんじゃないわよ!)
*
後方から、ゴブリンを退治した衛兵部隊が近づいてくるのが見えた。この状況を何とかごまかさないといけない。
山賊を全部私が倒したとなれば、さすがに目立ち過ぎる。傾国の美女になるには、目立たず裏で暗躍してその座を獲得するしかないのだ。
「008、最初の任務です。山賊退治はあなたがやったことにしてちょうだい」
「エ……ナゼ、ミコト様ガヤッタコトヲ隠スノデゴザルカ……」
「これは神様の命令です。私が目立っては今後の動きにくくなる。それに私のような幼女がこんなことができたなんて誰も信じないし、信じたら信じたらで、魔女だといって異端審問にかけられるかもしれないわ」
「ナルホド……」
「王国の命令で潜入していた凄腕のあなたなら、不審に思われないでしょう」
「仰ルトオリデゴザル……」
「では、008……って、この呼び方、変だわ。何だか人間の名前じゃないみたいで違和感がある」
「ソレデハ、ミコト様ガ新タナ名前ヲ、オツケクダサイデゴザル」
私は008の腰につけた袋に目が行った。予備のナイフとともに携帯食を身に付けていたのだ。
「それはなに?」
「コレハ……我々ノ非常食デス……炒ッタ豆デゴザルガ……」
「あなた非常食に豆を食べるのですか?」
「ハイ……豆ハカロリーモ多ク、軽クテ長持チ……」
(そんな説明はいらない。それよりも……)
私はパンと両手を叩いた。閃いたのだ。
「あなたの名前は豆蔵にします」
適当だ。本当に思いつき。
(すまぬ豆蔵)
しかし、豆蔵。涙を流して感動している。この男の精神構造が理解できない。
「ミコト様、アリガタキ幸セデゴザル……」
(おいおい、あなた本当に豆蔵でいいのか!)
(まあ、本人がそれでいいというのなら別にいいけれど……)
こうして私は忠実な部下を手に入れた。
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