第10話 お願いだから私を買って
(いよいよ、私の番だ……)
これまでの最高値は処女の16歳のお姉さん。250万ガルであった。私の目標はこれを超えること。
(いいわね、ガインのおっちゃん、気張りなさいよ!)
ガインのおっさんはここまでに2人を競り落としている。みんなそこそこの値段であった。たぶん、私を高値で買うために勝負を焦らなかったに違いない。
「それではラスト2人になりました。この子は北方の村出身。珍しい黒髪はレアです。将来は美人間違いなし。かなり楽しみな逸材です。最低価格は150万ガルから!」
(おっと、最初から150万からだわ!)
ちょっとだけ、優越に浸る私。最初の売値の150万はこれまでの最高値である。
ガインのおっさんの目が光る。それもそのはず。万が一に備えて彼には魅了の魔法がかけてある。絶対に私が欲しいはずだから、財産はたいても競り落とすに違いない。
「160万」
「180万」
「200万!」
ガインのおっちゃんがそう叫ぶ。それに対抗するように別の男が叫んだ。
「230万」
見るとデヘデヘと薄気味悪い笑いを浮かべた長髪の太った若者。妙に肌が白い。白いというより、日に当たってない生っちょろさ。
絶対にまともじゃない。この男、私を競り落としてどうする気だろう。
「250万」
ガインのおっちゃんが本日の高値タイの金額を言うが、すぐにその太った若者が260万と叫ぶ。
(おいおい……あなた、誰です、私の作戦の邪魔をしないで!)
私は右手の甲を額にさりげなく当てる。私のユニークスキル、個人情報看破、発動。
カール 24歳 ニート 魔力15 戦闘力22
趣味は人形の収集。小さな女の子が大好きである。
(おおおおおおいいいいいいっ!)
(ここに犯罪者がいます。危ないです、すぐに警察を呼びましょう)
偏見と言われようが、私のような幼女を買おうなんて犯罪者なのは間違いない。だけど、このニート。ええとこの坊ちゃんなのか、金だけは持っている。よく見れば、服装もかなり上等だ。ここにいる人間の中で一番だろう。
(しかし、ニートです!)
(上等な服を着ていようが、金をもっていようが、ニートです)
(ニートがダメとは言わないけれど、お人形さん集めはヤバいです)
(小さな女の子が好きという時点で、もはや刑務所行きです。なめんなよ、今の社会の寛容のなさを)
私の心の中の悪態を知りもせず、若者は生き生きとしている。その表情は脂で潤い、ピカピカと輝いている。
(うあああああっ……ヤバいって、ヤバいって!)
「280万」
そう叫ぶガインのおっちゃんに即座に「290万」と叫んで対抗する。ガインのおっちゃんが詰まった。
(おおおおおおいいいいいいっ!)
私はガインのおっちゃんをにらむ。ここでひるんでもらったら困る。
本当に困る。
「300万!」
私の鬼の視線に触発されたのか、驚いたようにガインのおっちゃんはそう叫んだ。
今度は若者が黙る。
(よしよし、そこであなたは黙りなさい!)
私は安心したが、ニートのカールは恐ろしい数字を叫んだ。
「350万!」
(だあああああああっ……いきなり50万アップなんて!)
ガイン黙る。
あまりの金額にビビったのか、魅了の魔法効果がショックで切れたのか黙る。
(やばああああああっ!)
このままでは傾国の美女になる計画が台無しになる。あんなニートの坊ちゃんに買われたら、どんなことされるか分からない。
(おっちゃん、絶対に私を競り落としなさい!)
私は再び、ガインおっちゃんの目を見る。この場面でさすがに魔法は発動できない。もうやれるのはウルウル目でガインのおっちゃんに、アピールするのみ。
まるでペットショップで、精いっぱい、愛嬌を振りまくワンちゃん状態の私。
(お、お願い~。私を買って~!)
私の愛嬌がガインのおっちゃんの心をとらえた効果なのか、ガインのおっちゃん、顔を真っ赤にして頭から湯気を出し、こめかみに血管が浮き出てていながら叫んだ。
「360万~っ」
「370万!」
ニートの坊ちゃん諦めない。その心には揺るぎがない。どうしても私が欲しいらしい。だが、ガインのおっちゃんは鼻血を出しながら、400万と叫んだ。
「400万が出ました。もういませんか?」
会場が鎮まる。ニートのデブちん。悔しそうに顔ををゆがませている。どうやら、彼の限界は370万ガルであったらしい。
「それでは決定です!」
そう司会者がテーブルを木槌で叩いた。
400万ガルという相場がどれくらいなのか、正直、その時の私はわからなかったが、後で知ったのは、その値段はこの町の奴隷競り市での最高値。
その価値は、日本円にして2000万円に相当した。
さすが私。未来の傾国の美女である。
欲を言えば1億円プレーヤーといきたかったが、ガインのおじさんが破産するといけないので、そこは妥協しましょう。
さて、問題は最後に残ったジータ。
何しろ、私を高値で買い取ったせいでガインのおっさんの懐に余裕がない。私の作戦ではジータは私と同じガインのおっちゃんが競り落とすはずだったが、ガインのおっちゃんの財布の余力はあまりない。このままではジータと分かれ分かれになってしまう。
(まずい……)
そんな私の気持ちを知らないでか、ジータは(ポーっ)と客を見つめている。自分が誰に買われるのかあまりわかっていないようだ。
「それでは最後の商品。先ほどの最高値の少女と比べても遜色ないレベルです。最低価格は170万ガルから!」
(おおおおおおおおいいいいいいいっ!)
司会のおっさん、あろうことか最低価格を私より20万も多く設定したではないか。どうやら、私よりジータの方が評価が高いようだ。
「200万」
「230万」
「280万」
どんどん値が上がっていく。そして、あの太ったニート青年カールも参戦している。私をゲットできなかったから、ジータを手に入れようという算段らしい。
(やっぱり、あいつ、警察に突き出した方がいい)
大切な商品として扱うガインのおっさんなら安心もあるが、あのカールという若者にはそんな義理はない。
ガインのおっさんが300万と叫んだ。だが、これが彼の限界。もう無理だと真っ赤な顔で血走った眼を見れば分かる。さっきの競りからカールは370万までは出せる。
(ジータがいなくなっちゃいう……)
私はそっとジータを見た。ジータも舞台を降りた私を見た。ジータはにっこりと笑った。優しい笑顔だと私は思った。
(絶対に離れるものか……この子は私の下僕にする!)
私は行動に移す。幸いにも自分は舞台を降りているので、ポシェットにしまっておいた魔紙を使って魔法を発動できる。
私は腰に付けたポーチから魔字を書いておいた魔紙を取り出した。そして、封印のシールをはがすと指で弾く。
「変態男、これでもくらえ!」
私はカールに向かってスリープの魔法を飛ばした。魔紙は色白の太った青年に向かって飛んでいく。そして光り輝いて飛び散った。
(バタリ……)
魔紙が消えると同時にカールは倒れた。お付きの従者が慌てて彼を抱き起す。
「カール様、いかがなされました!」
「大変です、カール様が。お父上の伯爵様にすぐ連絡を!」
従者がそう叫ぶ声が聞こえて、私は耳を疑った。
(は、伯爵~?)
伯爵というのはこの国では高位な貴族である。このニートの男。実は伯爵家の御曹司。予想外にその社会的な地位は高かった。
(し、しまった~)
ある意味、私は傾国の美女になる最短距離を逃したかもしれない。この変態犯罪者が貴族様とは思わなかった。よく考えれば、貴族とか王族の子供なんてみんな『ニート』である。
『教訓、身なりの良いニートは貴族の御曹司の可能性あり』
そう反省した私であったが、ステータスを調べた地点で気づくべきであったというのは、8歳の私には酷というものであろう。
私は自分をそう納得させた。決してニートさんたちのことをデスったり、上から目線でみたりしたことが原因ではないと自分に言い聞かせた。
(反省がないですって……何を仰っているのか、ミコトにはわかりませ~ん)
(それに伯爵だからといって、幼女を買おうだなんて犯罪者には間違いがないから、この状況は間違ってない、うん、間違ってない!)
一応、最初の作戦通り、ジータと一緒にガインのおっちゃんに買われたのだ。行先は高級妓楼。そこでただ飯9年間コースに進んだのだ。
これでよしとしよう。
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