傾国の幼女~傾けたいのに傾けられないの~
九重七六八
第1話 私、ストーカーに殺されちゃいました
歴史上には世界の運命を変えた美女というのがたくさん存在します。
例えば、ローマの将軍アントニウスを破滅させたエジプト女王クレオパトラ。
賢帝と言われた唐の皇帝玄宗を愚帝へと貶め、中国全土に反乱を起きる元凶となった楊貴妃(ようきひ)。
フランス人民を苦しめ、革命で断頭台の梅雨と消えた王妃マリー・アントワネット。
まさに時の支配者を狂わせ、その理性を失わせることで一国を滅ぼした美女たちの代表。こうしてみると、女の美貌というのは世界の歴史を動かすと言ってよいでしょう。
まあ、実際にはクレオパトラの容姿はさほど美人ではなく、それよりも頭の良さやコミュニケーション力の高さで男を魅了したとのことですが。
他の2人も楊貴妃は豊満な肉体が武器だったらしいし、マリー・アントワネットは名家のお姫様という血筋だけだったらしいですけどね。
しかし、そんな歴史上の美女なんて、私(わたくし)にとっては前座に過ぎません。何しろ、私こと『有栖川美琴(ありすがわみこと)』は、完全無敵なパーフェクトレディなのですから。
「おっと、この女、イタイ奴か」
「読むのやめよう……」
「パーフェクトレディって、自分で言うなよ(笑)」
そう思ったあなたは、きっと後悔しますわよ。この偉大な私の物語を読まないなんて、人生損しますわ。もう一度、気を取り直し、目で文字を追ってくださいまし。
それでは改めまして、皆様にこの私、有栖川美琴の素晴らしさを説明いたしましょう。
まずは容姿。整った顔立ちはもちろんのこと、生まれてから一度も染めていない長くて美しい黒髪は輝きを放ち、滑らかな黒絹のよう。小さい時から手入れを続けていきた肌は、象牙のような光沢をもつ、シミひとつない完璧なお肌。長いまつ毛と大きな眼はウルウルと濡れて見るものを惹きつけます。
この顔だけで町を歩けば、芸能事務所やモデル事務所のスカウトがわんさかと押し寄せてきます。だから、私、人通りを不用意には歩けません。
そして抜群のスタイル。まだ16歳なのに十分大人な身体。身長は170cmで体重は45kg。サイズは88-53-85という抜群の数値。出るところは出て手足がすらりと長いのです。
私が駅のホームに立つと、周りのサラリーマンのおじさんたちが哀れに見えます。
なぜって?
私と同じくらいの身長のおじさんの腰のベルトが私の足の位置にあるのです。ああ、同じ人間かしらと思ってしまう造形の違いです。
例えるならば、見る者を石化してその場に固定させてしまう罪作りな身体(ボディ)なのです。ちなみに私はバジリスクボディとネーミングしています。
(ちょっとなんですか。なに失笑していらっしゃるの?)
高校の入学式では、壇上に上がって新入生を見下ろした生徒会長さんは、私のあまりの美しさに目を奪われて、入学式の挨拶を噛みまくったという伝説もあるくらいです。
そしてそんなリッチなパーツを動かす優雅な動き。気品というのでしょうか、足の歩幅、背筋の伸び方、指先の動かし方。エレガントな仕草は見る人を惹きつけて止みません。座った姿も高名な家元が生けた花のようであるとある先生がおっしゃいました。
さらに完璧な頭脳。私のIQはとんでもない数値らしいです。何しろ、IQテストでは数値不能。3分あれば300個の英単語を記憶できます。当然、クラスの自己紹介だけでクラスメートの名前は頭に入ります。
英語、フランス語、ドイツ語、中国語は完璧。スペイン語とイタリア語は日常会話程度ならマスターしています。
全国模試では常に上位3位に自分の名前を載せています。
習い事も師範級の腕前のものが多いです。
お茶に生花、お茶に日本舞踊。お琴に長唄、俳句に百人一首。社交ダンスにバレエ、ピアノ、ヴァイオリンにフルート。
スポーツも少々嗜んでいます。乗馬にテニス、バスケットボールにスキー、カートにトライアスロンも大会でチャンピオンになりました。
最も得意なのは書道。私が創り出す字は威風堂々。見るものを魅了し、心を奪われるレベル。コンクールで私の字を見た審査員たちからは、ぜひ、私を弟子にしたいと申し込みがあったほどです。
私くらいの高スペック美少女だと、自分の身を守ることも重要です。そのため、いくつかの武術も嗜んでいます。
剣道5段、柔道3段に合気道と空手は師範代の腕前。フェンシングにボクシング、射撃まで習っています。普通の男なら軽く撃破できる自身はあります。集団で襲いかかられても5人までなら倒す自信があります。つまり、肉体的な強さに関しても最強なのです。
ここまで紹介すると、あまりに盛り過ぎて私に対する好感度が随分と下がったことでしょう。
そんな女がいるものかと。
そして、みんながみんなこう思うのです。
こんな女なんてどこかに欠陥があるはずだと。
男も女も例外なくそういう思考へと至ります。
なぜなら、人は妬む動物なのです。
私のような完璧な人間を目にすると、凡人は自分を卑下してしまいます。それは受け入れがたいストレス。だから、思考は逆へと変換されます。
そんな完璧があるはずがない。
きっと、どこかに欠陥があるはずだと。
そうでないと凡人は、自分の存在意義を見失い、死にたくなってしまうのです。
でも、敢えて言いましょう。
この私は完璧であると!。
(ちょっと言い過ぎですわね。ごめんなさい。でも、もっと神経逆なでして差し上げます)
私、有栖川美琴は家もお金持ちで家柄も名門なのです。お父様はグループ会社の創業家社長。家柄は平安時代に遡る貴族の家柄。
昔からの大企業創業家、政財界の重鎮の方々といった、日本の上流階級の方々と親交をもち、平民の皆様とは同じ空気を吸うことすらできない明確な違いがあるのです。
もちろん、日本には貴族階級がありませんし、庶民が集うところも治安がよいので、お互いに接触する場所は普通にあります。
私は庶民の方々の集う場所へ行くことはありますが、逆に庶民の皆様方が、足を踏み入れることができない場所も数多く存在するのです。
それは庶民の皆様では入場できない会員制のクラブやラウンジ、ホテルや旅館、デパートの特別室等、お金を出しても入ることのできない一限客お断りといった場所なのですよ。
いつもそういうところで過ごしていますので、庶民の皆様と同じ空間に存在する時間は学校くらいでしょうか。あとは庶民階級出身の友だちに誘われて、戦略的に一緒に行動するときくらいでしょうか。
そんな私、有栖川美琴ですが、性格に関しても完璧を演じております。いつも優しく、人を思いやる態度。いつも微笑みを絶やさず、困った人を見るとそっと手を差し伸べる。自分の能力は目立たせないよう、奥ゆかしく見せる。
本当は違うのですけどね。はっきり言いましょう。
演じているのは、その方がウケがいいから。もし本当にそんな性格だったら、はっきり言ってそれは欠陥でしょう。そんな人がいい性格では、悪い奴に利用されるだけです。
私のような美人でなんでもできる人間は、都合よく使われるだけだし、陰湿ないじめのターゲットになるだけです。
特に女子のいじめはえげつないです。それはお金持ちの子女が集まる名門校でも同じ。もちろん、そんなことする奴は反撃してぶっ潰しますが、いちいち湧いて出るいじめっ子を成敗するのも面倒なので、表向きはカモフラージュをして面倒事に巻き込まれないようにしているだけです。
それでもやっかみや嫉妬は人間の負のパワーを増大させるもの。もちろん、面倒なので女子のうだうだしたトラブルには、首を突っ込まないようにしていますが、売られた喧嘩は買います。
この間、好きな男を私に盗られたと仲間と一緒に陰口を叩き、私に対しての黒い噂を流した馬鹿女がいました。
確かに、その女が好きという男は、学校の中でもイケメンでサッカー部のエース。1年生女子からは憧れの先輩でしたが……。
(はん……)。
その程度の男に言い寄られて、この私が付き合うなんて思っている能天気な頭がおめでた過ぎます。
定番ですが、こんなセリフを吐いておきましょう。
「ライオンがネズミに恋するワケがないでしょう?」
そんな男は眼中にはありません。でも私に喧嘩を売った女子に当てつけるために、こちらも少々意地悪をしてみました。
その先輩に思わせぶりなことを言ってデートに誘ってもらい、その女子を悔しがらせました。そして、3度ほどデートをしたらその先輩が告ってきたので、多くの人間が見守る中で軽く『ごめんなさい』で撃沈させました。
3度もデートに付き合ってあげたので、うまく行くと思っていたのでしょう。自信満々で『好きです、僕の彼女になってください……』と言ってきましたよ。
(勝った)と思いましたね。
あのクソ女子も建物の陰で涙をポロポロ流して様子を伺っていましたから。
(はい、残念でした)
灰になった先輩は差し上げますわ。精神状態が少々悪いですけどね。
もちろん、そのことで嫌がらせをしてきた輩は、一人一人、陰で締め上げておきました。トイレの個室で腹パンお見舞いしてやった女子もいますし、言葉で脅して屈服させた女子もいます。父親を海外転勤にさせて消えてもらった女子もいましたわ。
(私に手出ししたら、どうなるか身にしみてわかったでしょう)
もちろん、私に裏でやられたことを少しでも口に出せば、即報復が待っていますから。誰もそんな恐ろしいことはしません。
そんなわけで、一部の女子の中で私は、『アンタッチャブル』とか『恐怖の大王』というポジションで君臨しています。馬鹿な男子には、憧れの『有栖川さん』で通っていますが。
男子は馬鹿ですが、空気を読めるので私に告白しようなんて勇者はそうそういません。自分では有栖川さんを彼女にするのは無理と思うのは正しい思考です。
まあ、百歩譲って下僕にしてあげてもいい男は何人かいますが。
それでも自分と比較して、無理だと考えない少々おつむの構造がおかしい男もいます。あるとき、バイクに乗ったピンク髪の低能な男があろうことか私に声をかけてきたのです。女なんて、力づくでモノにすればよいと考えている低レベルな男です。
しかもその男、仲間3人で私を人気のない公園へ連れ込みました。手込めにしようなどと考えたのでしょう。もちろん、私は油断をしてそんな危ない状況に自分を送り込んだりはしません。付いて行ったのは100%の勝算があってのことです。
その日はちょっとしたケアレスミスで、数学のテストが98点だったストレスを発散させようと思ったのです。低能な下層階級の男たちを合法的に殴れる機会はそうそうないですから。
で、軽く倒してタイミングよくやってきた警察官たち(予め、時間を計算して呼んだのですけどね)にボコボコにした3人を引渡しました。
警察官には私を巡って仲間割れをしたのだということにしておきましたけど。私にやられたなどと言う馬鹿げたことは言わないだろうし、言ったところで信じてもらえるわけがありません。貧乏で低能な奴と私とでは信用度が違いますことよ。
そんな私の人生の目標はファーストレディになること。
「はは!」
「なんじゃそれ!」
大層な自分自慢を繰り広げた結果、自分の人生は男次第かよと思われたでしょう。
考えが浅いですね。
歴史を動かす英雄は男で結構。女が動かすには世界の仕組みを変えないといけません。それをすることは可能ですが、やれ女性の権利だとか、女性の地位向上だとか面倒くさいことをやらないといけないです。
別によいのです。表舞台に立たなくても。
ファーストレディとして裏でこの日本を操れればいいのです。
本当は世界を動かすアメリカ大統領夫人でもよいのですが、やはり外国人ではいろいろと面倒なので日本で我慢しておきます。
そのためには自分を磨くことと、総理大臣になれそうな能力と器をもった男を見極めてゲットしないといけません。
そして見事ゲットしなのなら、その男を私の力で総理大臣の地位につかせる。
これが私のビジョン。
これは実現可能なビジョンなのです。
そのためには、現在送っている学校生活は大事です。己磨きと人脈の構築、そして私の伴侶となる候補者の選定のためにも。
そんな素晴らしい学校生活をしていた私、有栖川美琴ですが、一生一代の失敗をしてしまいました。それは完璧な私の想像を斜め上を行く愚策のせい。
しかし、その愚策はクリティカルヒットとなったのです。
あろうことか、この絶世の美人の私と一緒に死のうなんて考える馬鹿が、手作りのダイナマイトで道連れ自爆するとまでは考えていませんでした。
有栖川美琴 享年16歳
学校近くに住む浪人生に付きまとわれ、違法に製造したダイナマイトを使った自爆に巻き込まれて死亡。
(ざまあと思った人、そこに直りなさい。私が化けて出て差しあげます)
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