第12話 疑惑を誘う八重目の匂ひ

帯広へひた走るクルマの中、あと少しで達也のロッジへ到着するタイミングで直美からの電話が入る。

「あと三十分ぐらいで帯広駅に到着するけど、今どこにいるの?」

「ああ、撮影が終わってロッジに帰るところだよ。駅で待っていようか。」

「うん、お願いね。」

浩市は達也にも連絡を入れる。

「今、達也のロッジに向かってるんだけど、直美から連絡が入ったから帯広駅まで迎えに行って来るよ。」

「じゃあオレはロッジで待ってるよ。今夜はカニが安く手に入ったからカニ鍋にしよう。いい酒も仕入れてきたしな。」

電話を切ってから、浩市は昨日から今日までの出来事を頭の中で整理していた。結果的には達也の言うとおりになったのかもしれない。決して友香は愛人ではなかったけれど。彼女の言ったとおり、罪の深さは同じである。

帯広駅で直美を待っている間、浩市はただ不安だった。あと数分もすれば直美が目の前に現れるに違いない。その時にどんな顔をすればよいのか、激しい葛藤の渦に苛んでいた。

やがて直美が乗っているであろう電車が線路の向こう側のホームに電車が到着し、まもなく階段を下りてくる直美の姿を発見できた。

「ただいま。」

「おかえり。」

言葉静かに出迎える浩市だったが、そのときはすでに別人の顔になっていた。

「どうしたの?」

わずかな表情の変化も見逃さないあたりは夫婦たる所以か。

「なんだか久しぶりに会ったみたいだからね。」

「何よ、一晩だけじゃない。そんなに私のことが恋しかった?」

「そうだね。」

それだけ言うと浩市は直美が持っていたバッグをとってクルマへと導いた。

「今夜はどうするの?」

「達也がロッジで待ってるよ。カニ鍋だって。」

「それは楽しみね。」

それまでの直美は上機嫌だった。釧路では先生と随分話しこんだらしい。おかげで帰りの電車の中では殆ど寝ていたということだった。

ロッジに着くと達也は鍋の準備に大わらわだった。テーブルの上には立派な毛ガニが三杯も並んでいた。

「これは旨そうだな。」

「見栄えはタラバの方がいいかもしれんが、旨いのは毛ガニだよ。間違いない。」

「東京で食べると一人いくらかしら。」

「さすがに主婦だな。今夜の材料費は一人五千円ってとこかな。」

「あとで払うよ。」

「いいんだ、そんなつもりで言ったんじゃねえ。それに一昨日のジンギスカンはゴチになったじゃねえか。つまんねえこと気にしないでたんと北海道を楽しんでくれ。それよりもいい写真撮れたか?」

「ああ、教えてくれてた社だけど、いい感じだったよ。あの観音様は何の謂れがあるか知ってる?」

「ん?観音様だって?中に何があるかまでは知らなかったよ。オレもうわさで聞いてただけだから、そんなとこに観音様があったなんて知らなかったぜ。それってもしかして違う観音様だったんじゃねえの?」

「お前はいっつもそっちの話になるんだな。あとで見せてやるよ。」

昔と違って今のカメラはほとんどがデジタルである。撮った写真はすぐに見られる。

「いいよ、どうせオレには興味のないジャンルだ。おねいちゃんの観音様でも写ってるなら見るけどな。」

それからの三人は言葉少なく毛ガニにアタックすることになるのだが、特に言葉が少なかった直美の様子が気になっていた。

久しぶりに達也とウイスキーを舐めながら写真談義で盛り上がった食後の団欒だったが、「疲れてるから先に休む。」といって早々にベッドに向かった直美のことが気になり、早めに切り上げた。

浩市はベッドで横になっていた直美の隣りに滑り込んだ。だが、すでに寝息が聞こえていた。

「起きてる?」

小声で尋ねてみたが、返事はない。諦めて眠りに入った浩市だったが、そのときの直美は返事をしなかっただけで起きていた。ベッドのシーツを握り締めて。


翌朝、目覚めと共に直美に声をかける浩市。

「おはよう。なんだか元気がないみたいだったけど大丈夫?」

「うん。」

「どうしたの?釧路で何かあったの?」

「何でもないわ。少し疲れてただけ。それよりも湖はどうだった?おとといはどこに泊まったの?」

「撮影はまあまあだったよ。糠平湖の近くにスキー場があるんだけど、そこの近くのホテルに泊まったよ。」

「そう。野宿したんじゃないかと思って心配してたけど、大丈夫だったのね。」

「先生とはスムーズに会えたの?」

「学校だからね。それよりもどんな写真が撮れたの?」

「昨日話していた観音様が社の中から見ている外の風景を収めてきた。なんだか不思議な風景だった。」

「そう。よかったわね。」

「どうしたの?」

「何でもないわよ。さあ、そろそろ起きましょ。今日は札幌に移動でしょ。」

やや冷めた感じのやり取りだった。

二人で着替えてリビングへ出た。やや気まずい感じの二人の雰囲気。それを察した達也が直美に声をかけた。

「直ちゃんどうしたの?昨日の夜からなんだかご機嫌斜めだね。」

「何でもないのよ。昨日の電車の中で居眠りしてから少し体調が悪いだけ。」

「それならいいけど。浩市が何かしでかしたのかと思ってさ。折角だからオレが慰めてやろうかと思ってよ。」

「どっちにしても遠慮しておくわ。さっ、今日は札幌に行くんでしょ。ちゃっちゃと用意しましょ。」

この時は何もなかったかのように、直美はその場の雰囲気を流した。


札幌までは達也のクルマで移動する。途中で浩市が借りたレンタカーを返却する。それまで直美は浩市のクルマに乗らず、達也のクルマに乗り込んだ。

「どうせこっちのクルマで行くんでしょ。移動するのが面倒くさいだけよ。」

達也は心配そうな顔を浩市に送ったが、「なんとかなるさ」と言ってその場は取り合わなかった。レンタカーを返却し、直美の隣りに入り込もうとすると直美は拒否こそしなかったが、体をやや窓際にスライドさせた。

何やら不穏な雰囲気の中、達也のクルマは札幌を目指して走り始める。高速道路を使えば三時間から四時間ほどの行程だ。クルマの中ではラジオが走行中の音を紛らわせていた。

「途中で何回か休憩するけど、トイレに行きたいときは早めに言うんだよ。」

「ああ、ありがとう。」

浩市は直美の手を取って声をかける。

「どうしたの?どこか痛いの?」

「大丈夫よ。ちょっと頭が痛いだけ。ゴメンね心配かけて。」

「何にもないならいいけど、何かあるなら言ってね。」

「うん。ちょっとすれば治るから。」

すると運転席から達也のヤジが飛んで来る。

「おいおい、イチャイチャするのはいいけど、エロ行為だけはやめてくれよ。」

「そんなことするわけないだろ。それよりも、後ろに気を取られてないで、前を向いて安全運転してくれよ。」

冬の北海道は高速道路といえどもさほどスピードは出せない。路面に気をつけての運転はかなりの神経も使う。従って、途中のサービスエリアには頻繁に立ち寄ることとなる。最初の休憩時、達也がトイレに行っている隙を見つけて浩市は直美をフードコートへと誘う。

「あったかいコーヒーでも飲む?」

「うん。ゴメンネ、何だか私のせいで雰囲気が悪くなったみたいで。」

「いいんだ。頭痛がするんでしょ。痛み止めを買って来ようか?」

「大丈夫、少し楽になってきたから。コーヒーを飲んだらきっと治るわ。」

そのあと、何かを言いそうになって止める直美。そっと浩市の胸に顔を埋める。

「どうしたの?」

「いつも優しくしてくれてありがとう。」

「元気出してね。」

そしてトイレから戻ってきた達也が心配そうな顔で二人に声をかける。

「大丈夫か?オレの運転のせいかな?」

「ありがとう。もう大丈夫よ。」

どうやら直美の機嫌も回復したようだ。三人は一路札幌を目指して、冬の高速道路をひた走ることとなった。


途中のサービスエリアでランチを済ませた一行は、のんびりドライブで西を目指す。やがて三人を乗せたクルマは、まだ陽が落ち切れていない夕暮れ時、ようやく札幌に到着した。

札幌では浩市と直美は達也に紹介された宿に泊まる。達也の札幌事務所は結構狭くて、三人が寝泊りするには不便な間取りとなっていた。

「ビジネスホテルだけど、オレの客人も宿泊させるところだから、居心地はまあまあだと思うぜ。とにかくチェックインだけして来いよ。ちょっと早いかもしれないけど、オレの名前を出せば準備してくれるはずだ。」

達也は二人を降ろして、駐車場へ移動する。あとはホテルのロビーで二人を待つつもりだった。

「じゃあ行こうか。」

浩市と直美は達也の言うとおりにチェックインを済ませて部屋へと荷物を運び入れる。部屋に入ると、いきなり直美が浩市に抱きついてきた。そしてやや強引に唇を求める。

「どうしたの?」

一息ついてから尋ねてみた。すると、やや遠慮がちに浩市の目を見上げながら甘えるように問い詰める。

「帯広に愛人がいるなんてことないわよね。」

突然、突拍子もないような問いかけに戸惑う浩市だったが、

「いないよ。帯広なんてそうそう来られるところじゃないし、そんな大それた人がいるわけないじゃない。どうしてそんなこと聞くの?」

「コウちゃんを困らせたい訳じゃないの。でもね、コウちゃんが迎えに来てくれてクルマに乗り込んだときに匂いがしたのよ。」

「女の人の匂い?」

「ううん、違うの。あの雑貨屋の匂い。あの雑貨屋の女の人、コウちゃんの愛人じゃないよね。」

直美は浩市が答えやすいように問いただしている。意地悪な女なら、まずはあのクルマに誰かを同乗させたかどうかを聞くはずだ。

「ホテルの案内所で道を聞いたりしてたんだ。それならっていうことで、ガイドをつけてくれたんだけど、その人があの店の人だったのかな。確かに女性だったよ。でもわざわざそんな紛らわしいことを言う必要もないと思ってたから。」

「あのお店の人だってわからなかった?」

「ボクはあのお店の人はチラッと見ただけで、顔なんか覚えてなかったもの。」

それこそが直美が引き出したかった無難な答えだっただろう。ここまで来てややこしい話にしたいわけじゃない。でもどうしてもあの匂いが引っ掛かっていたのも確かであった。

元来が匂いフェチな浩市である。直美もその事を知らない訳じゃない。それともあの店の匂いは浩市には記憶されない匂いだったのだろうか。若干の不安は払拭しきれないものの、浩市の言葉を信じて体を預けた。

「何も心配することはないさ。ただのガイドさんだから。彼女のおかげでいい写真が撮れたんだ。なんならお礼の連絡でもしようかな。」

もちろん浩市にそんな気はない。少し意地悪な言い方をしたかっただけだった。それでも直美は少しすねた感じで浩市に甘える。

このところ、やや直美の弱気な面が際立ってきた感じがする。自分にハンデキャップがあることを自覚した女とそうは思わせたくない男。浩市は今まで通りの気丈な直美でいて欲しかった。彼女のメンタルな部分のバランスが崩れている、そんな気がしていた。

二人は気を取り直し、出かける用意をしてロビーへと向かう。待ち構えていた達也が口を尖らせて不平を漏らす。

「おいおい、いつまで待たせるんだ。密室になった途端にイチャイチャタイムか。待ってる者の身にもなってくれよ。それとも何か、独り者へのあてつけか?」

「ゴメンゴメン。ちょっと忘れ物を思い出して、もう一度鞄の中をひっくり返したもんだから遅くなった。」

浩市は上手く言い訳をしたつもりだったが、返って直美は不信感を抱いたのである。浩市のウソの上手さに。そして自らをどんどん不安のどん底に陥れるのである。

直美は一瞬、不安げな表情を見せたものの、浩市や達也に悟られることなく、元の表情を直ぐに取り戻していた。

「さあ、タッちゃん。余計な詮索はいいから、どこへ連れて行ってくれるの?まさか、タッちゃんの行きつけのエッチな店に行くわけじゃないでしょうね。」

「なんなら社会見学のために行ってみるか?」

「そうねえ、コウちゃんがそんなお店でどうやって遊んでるのかは興味があるわ。」

「勘弁してよ。ボクそんなとこ行かないから。よしんばあったとしても、それを見たって仕方ないでしょ。それよりもボクたちがイチャイチャしてるところを達也に見てもらう?」

「いやよ。」

「ほらね。」

「どっちでもいいけど、オレが連れて行くとこはそんなとこじゃねえ。夜になったら、札幌の大晦日を堪能させてやるよ。それよりもお前さんたちが行ってみたい所はないのか。」

「そうねえ。テレビ塔だけは登っておきたいわ。」

「じゃあ、とりあえずクルマだけ置きに行くか。すぐそこだから。後は歩いて散策しよう。ぷらぷら歩いてりゃ、あっという間に夜が来るさ。」

そう言って達也は再び二人をクルマに乗せて十分ほど市内を走った。どこをどう走ったのか、東京住まいの二人にわかるはずもなかったが、クルマをパークしたのは達也の事務所兼自宅のようだった。

「ここからなら通りを散策しながら塔まで行ける。途中で寄りたいところがあれば、ぷらっと入ればいい。」

達也の案内で札幌市内を散策しながら、途中で何軒かの土産物屋を物色しながらテレビ塔へ辿り着いた。中の見学も一通り眺め終わる頃には、外の夕闇も灯りがないと歩けないほどの戸張が下りていた。

「そろそろ腹も減っただろう。今夜はどこへ行っても人だらけだから、オレの馴染みの店でゆっくり年越ししようや。」

テレビ塔から歩いて五分もすると、達也の馴染みの店がその姿を見せる。『石森』と書かれた木彫りの看板が重厚な趣を感じさせていた。

「ここは居酒屋だけど、旨い蕎麦も食わせてくれる。年越し蕎麦を食って、一年を締めくくるとしよう。」

この年は色々あった。浩市にも直美にも。

来年こそは二人にとっていい年でありますようにと願う二人であった。



北海道でのヴァカンスを楽しんだ浩市と直美は、初仕事までのインターバルが欲しかったのと、Uターンラッシュに巻き込まれるのを避けるために、二日の朝には札幌を発った。

「また来いよ。オレも年に何度かは東京への用事を作るから、その時にはまた飲みに行こうな。約束だぞ。」

「ああ、待ってるよ。」

「タッちゃんありがとね。また来たいわ。それまでにいい人見つけてね。」

「そうだな。いつまでも直ちゃんの亡霊を追っかけていても仕方ないしな。」

「またそんな冗談を言ってるわ。」

三人は、またの再会を約束して空港で別れた。

飛行機の中、直美は浩市にずっと寄り添うように静かに座っていた。じっと窓の外を眺めながら・・・。

「どうだった、北海道は。」

「久しぶりに楽しかったわ。ちょっと不安な気持ちになったけど、何も心配しなくてもよかったんだよね。」

「そうだね。ボクが頻繁に帯広に行くようになってから心配すればいいんじゃない。」

「でも、その時はもう遅いってことじゃない?」

「そうか、そうだね。気付かなかったよ。」

「そんな事に気付かない人が浮気なんかしちゃダメよ。」

「そうだね。」

いわば崖っぷちの際から生還した登山家のようなものだったかもしれない。しかし彼はやはり登山家だったのである。なぜならそこに山があったから。


やがて自宅マンションへ辿り着いた二人は旅装を解き、リビングでくつろいでいた。

ピークの前に帰ってきたとはいえ、混雑極まりなかったことに違いはない。疲れた体を休めるには、しばらくのリラックスタイムが必要だった。

それでも浩市は直美を外へ誘う。

「ちょっと休憩したら初詣に行かない?」

「ええ?初詣は札幌で行って来たじゃない。あの神社、何て言う神社だったかも思い出さないけど、初詣って二回も行かないのよ。」

「初詣に行きたいんじゃなくて、キミと出かけたいのさ。」

「それってデートのお誘い?どこへ連れて行ってくれるの?」

「そうだな、上野公園なんてどう?」

「寒そうね。それよりも東京タワーに行きたいわ。昔から好きなの、あの真っ赤な建物が。そしてあの上から見下ろす風景が。」

「久しぶりに大都会を上から見下ろしてみるか。」

二人はさっと着替えて表に出る。

このところの暖冬で例年よりはマシとは言うものの、やはり睦月の東京では暖かいとは言い難い風が吹いていた。

さすがに三が日は初詣客でどこの路線も込み合っていた。地下鉄の駅を降りてぶらぶらと歩いていると頭上に塔のてっぺんが見えてくる。足元には広い駐車場を従えて堂々たる威風を放っていた。

「やっぱり近くで見ると迫力あるわね。もう二番になっちゃったけど。」

「それでもちゃんとお客さんが来るんだから、やっぱり東京名所のひとつなんじゃない。」

二人はチケットを購入し展望台を目指してエレヴェータに乗り込んだ。

エレヴェータの扉が開くと、天空の景色が目の前に広がる。思わず窓際に駆け寄る直美。一瞬、浩市はその行動に置いていかれた。

方角はわからないが、遠くに見える景色のある一点を見つめて思いに耽る直美。浩市は彼女の背後からそっと肩を抱きしめた。

「あのねコウちゃん。」

「ん?どうしたの。」

「釧路で会った先生に相談してきたんだけど。子供のこととか、コウちゃんのこととか、将来のこととか。」

「それで?」

「私がどうしたいのかって聞かれたの。私が子供を欲しいのか、それともコウちゃんだけが欲しがってるのかって。私も欲しいと思う。ホントにそう思ってたからそう答えたの。そしたらね、頑張りなさいって言われた。」

「そうだね。」

「それとね、旦那さんも不安がってないかって言われた。そんな時、メンタルなバランスが崩れているのは私だけじゃないって言われたの。」

直美はそこまで言って、一旦息を呑んだ。

「だから、そんな時期に私がイライラしてると、旦那さんが浮気に走るよって。それでもね、見て見ぬフリをしてどっしり構えていなさい、って言われたの。」

浩市の表情は一瞬曇ったが、前の向いていた直美にはわからなかった。

「大丈夫よね?」

そう言って振り返った直美の瞳には涙が潤んでいた。

「大丈夫さ。」

「きっと何かあっても私のところへ戻ってきてくれるよね。」

「どこへも行ってないからね。」

浩市は笑って答えるしかなかった。

現在は戻ってきているのも事実である。ウソではない。

しかし、浩市の脳裏には次にキョウコの顔が浮かぶ。

「もし、それでも、何年頑張っても子供ができなかったら、潔く別れてあげなさい、その方が二人の未来のためよって言われたの。」

直美はすでに涙をすすりながら鼻声で話をしている。

浩市も言葉に詰まった。確かにこのまま子供ができずに夫婦関係を続けていけるかについては浩市にとっても不安ならざるをえない課題であった。

「私、がんばるから。」

「きっとその答えを出すまでに、先生のところで十分涙を流してきたんだろ?だったら、もうここで泣く必要はないじゃない。ボクは理解できたよ。」

「えっ、えっ、えっ。」

直美は誰を憚ることなく浩市の胸の中で泣いた。浩市も直美を抱いたままじっとしていた。

しばらく泣いたら気分が落ち着いたのか、直美は笑顔で浩市を見上げた。

「言いたい事言ったらスッキリしたわ。もうホントに大丈夫。浮気でも何でもして来なさい。その代わり最後には私のところへ戻ってくるのよ。」

ニッコリ微笑む直美の頬に一筋の涙が伝う。

「良いのかい?そんな強がり言って。ボクだってそんなにもてない訳じゃないかもよ。」

「知ってるわ。でも信じることにしたんだもん。先生ともそう約束したんだもん。」

「浮気のことはともかくとして、頑張ろうね。」

「うん。」

新年早々の新たな誓いとともに帰路を歩む二人。

浩市も「しばらくはキョウコのことを忘れてみよう。」そう思っていた。



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