第10話 思い出した七重目の匂ひ

年末は浩市の仕事も直美の仕事も二十七日まで続いた。

できるだけ早く北海道に渡りたい二人は、翌日の午前中のうちに飛行機へと乗り込んでいた。但し、行き先は札幌ではなく十勝だった。


十日ほど前のこと。達也から連絡が入った。

「とりあえず年末までは帯広の事務所がベースだから、そっちに来てくれないかな。そこにはウチのロッジがあるから宿泊代もいらないし、大晦日には札幌に移動するけど、それまでは帯広でもいいだろ?眺めのいいロケーションも紹介してやるから。」

いささか強引ではあったが、浩市も直美も特に否やはないため、早速十勝行きのチケットと札幌からの帰りのチケットを予約した。

「私も釧路の先生に会いに行く予定を早めるわ。年内の方が長引かなくて済むかもしれないし。距離も近くなったし、返って好都合だったかも。」

「じゃあボクも翌日から山へ行くかな。」

「えっ?山に行くの?危ない所はヤメテね。探しに行ったりなんかしないわよ。」

「大丈夫さ。ボクだって本格的な山登りなんてしたことないんだから。ボクが行けるのはせいぜい公園の丘程度さ。もしかしたら泊りにはなるかもしれないけど。」

「ええ?その間にタッちゃんと何かあったらどうするの?」

「何かあるの?まさか初日からはないよね。」

「何?二日目だったらあるの?男の人ってそういう風に考えてるの?」

「そうだな。ボクが達也だったら初日にモーションかけておいて、二日目には遅くまで食事と酒に付き合わせて、これ見よがしに二人でボクの待っているロッジに帰って来る。その状況を見てジェラシーに湧いたボクを憤慨させて、さらにボクが妬いた姿を見て直美が呆れる。そこでさらに酔わせて自分の部屋へとキミを誘う。こんなとこかな。」

「うふふ、写真家を辞めて脚本家にでもなる?でもそんな下手なストーリーじゃ、今どき誰も振り向いてくれないかもね。大丈夫よ、二日目だって三日目だって、そんなシチュエーションになったりしないわ。」

「だからボクも泊まってこれるんじゃない?」

「なんだ、結局私を信用してるってことなのね。私もコウちゃんを信用していいの?まさかこんなところに愛人が隠れているなんて思ってないけど。」

浩市はこの時、直美の言葉から秋に行った夜の店を思い出した。

だからと言って、まさかその店に行くつもりはなかったが、思い出してしまったのは一種の運命だったのかもしれない。


羽田から十勝までのフライトは、天候さえ普通ならば二時間を要しない。

午前中のうちに北海道の大地へ到着するのである。

「やっぱり寒いねコッチは。」

「吐く息まで凍りそうよ。」

二人とも初めての北海道ではなかったが、直美にとって真冬の体感は初めてだった。

「よお、よく来たな。」

空港には達也が迎えにきてくれていた。

「十勝なんてあっという間だろう。新幹線で大阪へ行くより早いぜ。」

「その比較が正当なのかどうかは別として、確かにあっという間だったよ。」

「でもね、コウちゃんったら飛行機が落ちないかどうかずっと心配してたのよ。おかしいでしょ。」

「まあ、今どきの飛行機はめったなことでは落ちやしねえ。飛べそうになけりゃ直ぐにでも欠航しやがるぐらいだからな。さあ、クルマまでは少し歩いてもらうぜ。」

そう言って達也は二人の先頭に立って駐車場へと案内していく。


達也の帯広事務所は空港からクルマで一時間ばかり。

途中の景観もほとんどが雪景色だった。

「ウチの事務所は帯広の駅からもう少し西の方へ行ったところにある。少し北上すれば川があるから、そこでもいい景色が撮れるかもよ。」

「イメージは山っぽいんだけどな。」

「じゃあ、レンタカーでも借りて湖に行くか?確か海よりも湖の方が好きだって言ってなかったっけ?少し北の方に行くと然別湖とか糠平湖とかがあるから、そっちの方にでも行ってみればいいだろう。」

「って、行けるの?この真冬に。」

「行けるさ。そこにも人が住んでるんだから。それに温泉街もあるしな。なんなら可愛い女の子がいる店でも紹介してやろうか?」

「それは遠慮しておくよ。」

「今回は奥様同伴だからか?」

「一人でも一緒だよ。」

「あーら、タッちゃんとコウちゃんと二人だったら間違いなく行ってしまいそうな雰囲気ね。今日はついて来てよかったわ。」

一瞬静まり返る車内。

「こいつはね、いつ誘っても乗って来ないんだよ。学生時代からずっと堅物で通ってきたんだ。乗って来ないのを分かってるからこそ、コッチも面白半分で誘うんだけどね。」

場を取り直そうとやや真剣な趣で話を切り出した達也だったが、

「知ってるわよ。女の子の間でも有名だったわよ。もしかしたらあの人はホモじゃないかって噂まであったもの。」

何もなかったかのように返す直美だった。

ほっと安堵した浩市だったが、思い出したように直美に投げかける。

「その噂を流してたのキミじゃないの?」

「そんな訳ないじゃない。でもその噂のおかげで何人か諦めた女の子がいたのも事実よ。」

「それは面白いな。それで、浩市のホモの相手は誰が想定されてたんだ?」

「タッちゃんじゃないことは確かね。あなたは女に飢えてるって評判だったから。」

「おいおい、そんなのウソだろ?そこまで酷いかね。」

「タッちゃんを好きな子もいたわよ。」

「ナナミだろ?あんなデブは願い下げだよ。」

「あーら、今はスマートになって、もうどこかのお嫁さんになってるみたいよ。先見の目がなかったのね。」

「だからオレはお前さん狙いだったって言っただろ。他の女なんて眼中になかったのさ。浩市の彼女じゃなけりゃ腕ずくでも奪い取ってたぐらいにな。」

「ボクはなんてコメントすればいいのかな。」

「うるせえ。仲良く二人で腕を組んで、後ろのシートでイチャイチャしてる奴等が何を抜かしてやがる。」

今更ながらだが、浩市と直美は達也の車の後部席で仲良く並んで座っている。

「まあ、良かったんじゃねえか。お似合いだよ。」

やがて三人を乗せた車は真っ白な風景を過ぎて、帯広の街中へ入って来た。街中は随分と雪が整理されている。歩道も整備されていて、行き交う人も少なくはない。

達也の言うとおり、帯広の駅を過ぎてさらに先へ進むと、大きな建物が少なくなり、町外れの光景が目に入ってきた。

そしてさらに川を渡った先の小高い丘の上に達也の別宅となるロッジがあった。

二人が来ると言うので、かなり除雪もされていたが、個人でできる規模などたかが知れている。クルマ一台がやっと通れる幅ではあるが、ここまで除雪するのに何時間かかっただろう。

「さて、荷物を降ろしたら昼メシでも食いに行くか。折角来たんだから名物の豚丼食わしてやるよ。」

浩市と直美はロッジに荷物をおろし、特に整理もしないまま再びクルマに飛び乗った。帯広市街地へは直ぐに到着する。指定の駐車場に停車して、達也の馴染みの暖簾をくぐる。

「ここの豚丼がおススメだ。メディア的には有名じゃないが、親父さんの仕事が丁寧だからな。その内この店が帯広一番になること間違いないぜ。」

メニューはロースとバラ、そして並と大盛りの四種類しかない。本場の専門店のようだ。浩市はバラの並、直美はロースの並を注文したが、達也は豪快にバラの大盛りをガッつくことにしたようだ。

「今日はこれからどうする?オレはまだ仕事が残ってるから、帰って来るのは日が沈んでからになるぞ。」

「どこか近くに日帰りできる温泉はないかな。レンタカーでも借りて行って来たいんだけど。」

「それならな、このへんは『モール泉』といって泥炭から湧き出る植物性の有機物たっぷりの温泉がそこいらじゅうにあるから、適当な風呂屋に入っても十分に満足できると思うぜ。」

「今日は一日ゆっくりしましょ。休みの初日なんだし。」

「そうだな。」

名物の美味しい丼でお腹を満たした三人は暖簾を後にして、達也は仕事へ、浩市と直美は合鍵を受け取ってレンタカーショップへ歩を進めた。


北海道ではクルマのない生活は不便極まりない。

その分、多くの客が訪れる市街地ではレンタカーショップも豊富である。

浩市は明日以降のことも考慮して四輪駆動タイプの小型車を三日ほど借りた。今日は温泉も行きたかったが、軽くロケハンもしておきたかった。

「温泉に行く前に、然別湖だけでも事前に見に行ってもいいかな。」

「いいわよ。コウちゃんとドライブなんて何年振りかしら。」

浩市も久しぶりの雪道の運転である。安全運転極まりないスピードで、ゆったりと景色を味わいながら小一時間の間ハンドルを握る。

「雪道なんて絶対に運転できない。どうしてコウちゃんは平気なの?」

「親戚が新潟や仙台にいるからさ、何度も運転させられたからね。平気とは言わないまでも、ある程度は大丈夫さ。」

とはいえ、地元のドライバーからすればかなり遅めのスピードであったと見えて、途中で何台ものクルマに追い抜かれていた。

しかし、そんなことは一切気にしない浩市は最後までマイペースを貫く。

やがて見えてくる湖畔の景色・・・。

冬の湖は晴れた日と曇りの日ではまるで違う表情を見せてくれる。

今日はあいにくの曇天。沈んだ気持ちを持っていると、その感情が数倍化されるかも。天気予報では、明日も生憎の空模様だが、明後日の午前中はときおり日が射すらしい。浩市はベストタイミングをその日の昼前頃と予想した。

湖畔では、さすがに年末にもなると多くの店が店じまいを終えており、ホテル以外で買い物することは叶わないようだ。

特に目当ての物があったわけではないが、少しばかり肩を落とす。

あきらめて踵を返そうとすると、直美が袖を引っ張る。

「ねえ、あの店開いてない?」

直美が指差す方向には、小さな赤いテントに『マリア』とかかれた店が見えた。

「喫茶店っぽくない?コーヒー飲む?」

「わからないけど、行って見ましょうよ。」

そう言って先に進む直美。

あまり気乗りしない浩市を置いてけぼりにする勢いでズンズン歩いていく。

=カランカラン=

ドアを開けると同時にベルが鳴る。

店内はひっそりとしていた。人の気配も感じられない。

様子を見回すと、どうやら骨董屋かアンティークショップかという感じ。

「すみませーん。」

臆することなく声をかける直美。すると奥の方から人が出てくる気配がしてきた。

「はーい、いらっしゃい。」

この店の主の娘なのだろうか、出てきたのは以外にも若い女性だった。

「ちょっと拝見させてもらってもいいですか?」

「どうぞどうぞ。ごゆっくり。」

浩市は彼女の事をどこかで見たような顔だと思った。しかし直ぐには思い出せない。

そのうちに彼女の方が浩市に気付いたようだった。

しかし彼女はそ知らぬふりをして店内の小物を整頓している。

直美が店の奥にあった、おそらくは外国製であろう小物入れを見つけて、それに集中していたとき、彼女がそっと浩市に近づいてきた。

そして「お久しぶりね。」と、そっと小声で囁く。

その声を聞いて浩市は彼女の顔を見直すのだが、まだ思い出せない。

「帯広の夜、秋だったかしら。」

浩市は思わず「あっ」と声を出しそうになったが、寸前のところで堪えた。

そう。何と彼女は『ピンクキャロット』のヨウコであった。

十月、黒さんに連れられて行った帯広のセクキャバで浩市についた嬢である。

「ダメよ、顔に出しちゃ。あの人奥さんでしょ?知らない振りしてあげるから。でも、きっとまた逢えると思ってたわ。まさかこんな所でとは思わなかったけど。」

「ここはキミのお店なの?」

「そうよ。詳しい話はお店に来てもらえたらじっくりね。」

そういい残してヨウコは直美のほうへ駆け寄って行った。

「これいいでしょ?タイ製なんですよ。」

「コッチもいいわね。」

「これはインドネシア製なんです。割としっかりした作りだから長持ちしますよ。」

なんだか話が弾んでいる。

直美は昔から海外製の小物に関心が深かった。語学を学び始めたのも、そういう趣味がきっかけだったと浩市も聞いている。

結婚する前には多くの雑貨を集めていたようだが、浩市が興味を示さないので、さすがに収集は止めたようだった。

それでも関心は未だに持っているようで、買い物へ出かけてもこういった店には頻繁に立ち寄っていた。

「これもいいわね。」

などと品物を繰り返し見回していたようだが、浩市の方を振り返ると現実の時間に戻されたように我に返る。

「ごめん、夢中になっちゃって。」

「いいさ。ボクはかまわないよ。」

そんな直美にヨウコが話しかける。

「ご旅行ですか?いつまでコチラにおられますか?よかったらいつでも来て下さいね。年内はずっとお店、開けてますから。あっ、吹雪になったら閉めますけどね。」

「うふふ。ありがと。もう少しアッチも見ていいかしら。」

「どうぞ。今日はヒマですからゆっくり見てくださいな。あちらはご主人ですか?優しそうな人ですね。」

そう言って直美に見えないように浩市にウインクを送る。

少し慌てた仕草を見せたが、ヨウコのウインクに動揺していたとは気付かない直美だった。直美がしばらく店内を見回している間、ふとした隙を見計らって浩市に近づくヨウコ。

「これって運命かもね。うふふ。」

そっと言い残して、また直美の隣に寄り添う。

確かに運命の悪戯かも。奇しくも北海道に来る前にベンさんたちと交わした話の筋書きに近い状況になっていることを。

結局直美はヨウコの勧めもあり、タイ製の筆入れを購入した。

「ありがとうございました。またお越し下さい。」

ニッコリ笑顔で二人を送り出すヨウコ。

「何を買ったの?」

「筆入れ。丁度新しいのが欲しかったし、彼女が勧めてくれたから。」

「急いで戻って、温泉に浸かろう。」

店を出るとき、ヨウコは直美に見えないように浩市に手を振った。そして浩市はドキドキしている自分に気付き、彼女に応えるように手で合図を送った。

さらにはキョウコとバッタリ会った神田明神での記憶が蘇る。まるでテレビドラマで起こっているような偶然に、何かしら運命めいたものを感じざるをえなかった。


浩市と直美は再び帯広市内を目指してクルマを走らせていた。

途中に「天然温泉」と看板のあるスーパー銭湯を見つけたので立ち寄った。

「まだ十分に時間はあるよ。ゆっくり入っといで。でも一時間ぐらいが限度かな。」

「それだけあれば十分よ。」

玄関からロビーまでは男女共有スペースである。早く出てきたら、ここでテレビを見ながら時間をつぶせばよいのだ。特に北海道の施設である。湯冷めするような設備ではない。

浩市は湯に浸かりながら今回の旅の行程を考えていた。

今宵は達也と三人での晩餐となるだろう。そして明日は三者三様三方向へ向かって出かけることになるのである。達也は仕事へ、直美は釧路へ、浩市は再び然別湖へ。

湖での詳しいポイントについては達也に聞くことにしよう。ヨウコの店へはロケの前に立ち寄ってみよう。少し顔を見せておけば、夜の店まで行かなくても義理は果たせるはずだ。遠い北の果てまで来て、できるだけ面倒なことは避けたい。この時はそう考えていた。

実際にはそんな訳にはいかなくなるのだが。

観光シーズンではないのか、はたまた時間帯が良かったのか、湯殿での客の姿はまばらで、ゆったりと湯を楽しめた。

男というのは女性ほど長湯ができない体質になっているのだろうか。おおよそ四十分もすれば、心地よい湯加減にも飽きてくる。

それよりも湯あたりする前に退散した方が良いと考えた浩市は、ロビーで直美を待つことに決めた。

冷たい飲み物を購入し、渇いた喉を潤す。温まった体を軟らかいソファーに預けて、ケータイを覗いてみると達也からメールが届いていた。

『今夜はジンギスカンを食べに行こう。ロッジで待っていてくれ。』

時計を見ると夕方の四時を回っていたところだった。

テレビを眺めながらうつらうつらしていると、浩市の姿に気付いた直美が肩を叩く。

「おまたせ。」

「達也からジンギスカンに行こうってメールがあった。ロッジで待ってろって。」

「いい考えね。毎晩の食事が楽しみになるかもね。」

「明日は釧路で泊まって来るの?」

「そうね。先生と会うのも久しぶりだから、ゆっくりしてこようかしら。泊まってきてもいいでしょ?」

「元々そういう予定だったじゃない。ボクも湖では泊まってくるかもしれないし。」

これで二人は北海道二日目の夜を別々に過ごすことが確定した。

ロッジに戻ると達也はまだ帰っていなかった。部屋の中は猛烈に寒い。ストーブの点火方法だけはあらかじめ聞いていたので、まずは暖房を確保する。

「やっぱり北海道は寒さの質が違うわね。」

「でも意外と屋内はそれほどでもないよね。ドアも窓も二重で保温されているよ。」

「そうじゃないと部屋の中でも凍えて仕方ないかも。」

「なんならボクでよければあたためてあげようか。」

「いつからそんな気障な感じになったの?最近のコウちゃん少し変じゃない?随分物分りが良くなったり、少しかっこつけてみたり。」

少し腹の底を透かされた感じもしたが、なるべく狼狽した様子を見せずに答える。

「キミを大事にしなきゃと思ってるからさ。」

「もしかして検査結果のことで私に気を使ってる?」

「ある程度はね。まずはボクがキミを支えてあげなきゃと思ってるから。」

「ありがと。良い旦那さんね。頼もしいわ。」

直美はそっと浩市に抱きつくと、しばらくは一つのシルエットで佇む時間を欲した。

するとガタッと玄関のドアが開いて達也が帰ってきた。慌てて二つのシルエットに分かれる二人。しかし、ややそのタイミングが間に合わなかった。

「なんだ?こんな所でイチャイチャしてやがったのか。もう少し遅いタイミングだったら、濡れ場が見られたのかな。」

達也は皮肉めいた言葉を投げかけた。

「ここは寒いから、ストーブが温まるまでちょっとね。いいでしょ別に、夫婦なんだから。」

などと直美に言われると後の術もなく、達也は笑みを浮かべながら二人を外へと誘い出す。

「わかったわかった。お熱い仲だってことは十分に理解できたから、とっととメシを喰らいに行こうぜ。オレたちの羊がいまや遅しと待ってるだろうからな。」

達也は二人を先導するように玄関を出た。

クルマに乗ろうとする達也に浩市が声をかける。

「飲むんだろ?帰りはどうするんだ?」

「大丈夫だ。この辺は都会と違って運転代行がウロウロしてるから、帰りはそいつらに任せるよ。」

そんなところでも東京と北海道の生活観の違いが分かる。

三人では久しぶりの夜の宴会。東京で会って以来の話も弾む。今宵は達也も子供の話はしない。さすがに最低限のデリカシーは持ち合わせている。話の中身は明日以降のスケジュールが主体となる。

「直美は釧路に行くんだって?」

「うん。お世話になった先生が釧路にいるから、挨拶に行こうかなと思って。」

「実はその先生と不倫関係だったとか?」

「馬鹿ねえ。そんなことしか想像できないの?しかも女性よ、その先生。」

「なんてこったい。つまんねえ話。で、泊まって来るのかい?」

「うん。夕ご飯を一緒にって約束ができたから。」

「宿はどうするんだい。」

「その先生のご自宅に泊まって来るわ。大きなお宅らしいし、食事のあとは先生の家で飲み会になるかも。」

「浩市はどうするんだい?」

「ボクはとりあえず湖に行って来るよ。近くに簡易宿泊所の施設もあるみたいだし。もしかしたら泊まるかも。詰まらないようだったらロッジに帰って来るよ。いずれ明日の夕方には連絡するから。」

「もしかしたら、明日の夜はオレが一人になるということだな。少なくともレディがいない訳だから、アッチの店には行ける訳だ。」

「達也がそんな店に行く予定になるんならボクは進んで泊まって来るよ。巻き込まれるのは嫌だからね。」

「そういえば、糠平湖の北側にちょっと古ぼけた社がある。お前さんの好きそうな感じの風景があるぜ。」

「そう。テーマは雪だから風景がイメージに合うかどうかはわからないけど、とりあえず行ってみるよ。」

北海道の初日となる夜は、軽快な会話とジンギスカンとともに更けていくのであった。



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