第54話/Trap
俺の叫びに煽られ、警備員たちは一斉に突っ込んできた。へへ、分かりやすい連中だ。
「ふんっ」
俺は玄関の脇にある、観葉植物の植木を手に取った。植木といっても立派な幹だ、ゆうに俺の背丈を越えている。俺はそれを槍のように構えた。
「うおりゃあぁあ!」
俺はバットのように植木を振り、男たちを薙ぎ払った。
「ぐわっ」
「ぎゃあぁ」
右に左に、男たちは吹っ飛んでいく。だいの大人が足下に転がってきて、客たちはいよいよ騒然となった。
「な、なんだあいつ、バケモノかよ!」
「いやぁ!助けてー!」
パニックになった客たちの波で、フロントは大混乱になった。これはチャンスだな。
「ウィロー!ステリア!一気に抜けちまおう!」
「わかりました!」
「なら、むこうにエレベーターがある。そっちへ!」
「よし!」
入り乱れる客たちを掻き分けて、俺たちはエレベーターホールに飛び込んだ。
上に昇るボタンを押すとちょうどタイミングよくエレベーターがやって来た。扉が開くと、キョトンとした顔の乗客たちがこちらを見ていた。そりゃそうだ、今の俺たちは顔を隠した三人組だ。
「え、え~と、乗せていただけますか……」
俺が丁寧に頼むと、客たちはますます怪訝そうな顔をした。
「こら、下手に出てどうするんですか!こういう時はこうするんですよ……」
ウィローはおもむろに鉄パイプを構えると、ガシャアン!と壁を叩いた。
「ぉ前らあ!ここはオレらで貸し切りなんだよ!とっとと下りやがれ!」
ウィローの少女とは思えない剣幕に、乗客たちは震えあがったようだ。我先にとエレベーターから飛び出していった。
「ふふん。ヤクザのガラは、こうやって使うんですよ」
「……おみそれしました」
俺たちは人のいなくなったエレベーターに乗り込んだ。
「よし、このまま最上階まで上がってしまおう……ってあれ、なんか……?」
おかしいな。エレベーターに乗っているのは、俺、ウィロー、ステリアに……女の子が一人。あれ?
「……?」
女の子は困惑した顔で立ち尽くしていた。
「……何階だ、お嬢ちゃん!」
「五階……」
「よっし!うおお!」
特に意味はないが、俺は五階のボタンを連打した。
ポーン。
扉が開くと、女の子はてててっと降りていった。
「……ばいばい」
「おう!」
扉が閉まり、再びエレベーターは動き出した。
「……ユキ、あなたヤクザに向いていないって言われませんでした?」
「……記憶にはないが、言われていた気がするよ」
「それで問題ない。幼女にイキがるようじゃ、チンピラ失格」
俺はチンピラ程度らしい。
今度こそ三人だけを乗せたエレベーターは、ぐんぐん上階へ昇っていく。だがフロアが二十を超えたところで、突然ガクンと止まってしまった。
「ちっ……やはりそこまで甘くはないか」
「エレベーターを止められたようですね。ユキ、扉を開けられますか?」
「お安いご用だ。ふん!」
隙間に指を差し込むと、俺はむりやり扉をこじ開けた。ギギギ……
ドアの向こうは、ちょうどどこかの階に止まったところだった。
「とりあえず、降りれそうだな。よっと」
降りてみると、フロアメーターは二十五階を示していた。
「このホテルは四十五階建てだよな?」
「いいえ、それは客室のみです。残り五フロアがカルペディの居住区になっているんですよ。なので、全部で五十階建てですね」
「となると、ちょうど半分か……ここからは、足で昇っていくしかなさそうだな」
「気をつけて。エレベーターを止めたってことは、相手もある程度私たちの動きを把握してきてる。私たちが上を目指してることも、階段を使うことも予想してるはず」
「何があってもおかしくないってことか……わかった。気を引き締めて行こう」
階段は死角が多く、姿を隠すことも難しい。それでも、俺たちはそこを昇るしかない。俺は額の汗をぬぐうと、指の関節をバキリと鳴らした。
しかし、俺たちの警戒とは裏腹に、道中には何も仕掛けられていなかった。
「はぁ、はぁ……くそ、本当に何もないのか……?」
「はぁ、んく……ないならないで、いいんですが」
「けど、はぁ、万が一がある……から……はぁ。案外、こっちが狙い……だったりして……」
警戒しながら、だが急いで階段を登ることは、想像以上に体力を使う。俺たちは息も絶え絶えに、汗を滴らせていた。俺たちを疲れさせることが目的なら、これ以上てき面なものはないな。
「ふぅ……見てください、広いところに出ましたよ」
さらに上へと進むと、大きな広場が顔をのぞかせた。階段はそこで終わっていて、そこから上に進む道は途切れている。
「ここは……?踊り場にしては広すぎるな。それに道が……」
「見て。あのむこう、渡り廊下が続いてる」
ステリアが指さした方を見ると、部屋を横切った先、ガラス張りの渡り廊下から、さらに階段がのびていた。天に突き出すように伸びるそれは、さながら天空にステップが浮いているようだ。
「あの先がカルペディの本拠地か。階段の渡り廊下なんて、ずいぶん面倒な道のりだな」
「それに悪趣味」
「さすがに、普段は直通のエレベーターか何かがあるんじゃないですか。それが見つけられれば、早いんでしょうけどね」
「俺たちは地道に足を使うしかないか。よし、いこう」
部屋をまっすぐ横切っていく。部屋の中には芳香剤でも炊かれているのか、むせ返るほどの甘い香りが満ちていた。
「……ユキ、気を付けてください。気配がします」
「え?なんだって……」
その時だった。
大部屋の両脇の扉が弾けるように開き、大勢の男たちがなだれ込んできた。俺たちはあっという間に取り囲まれてしまった。
「……やはり伏兵がいましたか」
「俺たちが弱るのを待ってた……ってことだな」
男たちの群れの中から、白い仮面をつけた奇妙な男が進み出てきた。のっぺりした白い面が不気味に映る。
「……殺れ」
仮面の男は冷たい声で手を振った。男たちが手に手に、得物を構える。
「やっぱり、そうなるよな」
「……臨戦態勢。きついけど、まだまだいける」
「ええ。数だけそろえたところで、私たちの敵ではありません!」
三人の背から三つ色の光が放たれた。
それを合図にしたかのように、男たちがいっせいに襲い掛かってきた!
「おらあ!」
鉄パイプを持った男が、ステリアに殴りかかる。うなりを上げてパイプが迫る中、ステリアは冷静に懐に手を差し込んだ。
ガキィン!ギュイリリリリ!
「な、な、な……」
「やあぁぁ!」
バキィン!
ものすごい火花が散って、男のパイプが真っ二つになった。
「ひ、ひひ、ヒヒヒ……!」
ステリアが、不気味に肩を震わせて笑う。
「す、ステリア?」
「ひひひ……ジグソー……自在な切断が可能な工作機械。攻撃力が高すぎて使う機会がなかったけど、今夜はもう遠慮しない……!」
「な、なんだコイツ……やべぇ!」
「せいやあぁぁぁあ!」
……あちらは大丈夫そうだな。俺も目の前の敵を片付けよう。
すると連中の中から一人、長剣を構えた男がにじり寄ってきた。まるで日本刀のようにすらりとした太刀は、怪しい輝きを放っている。
「ふんっ!」
「うおぉ!」
ブン!振り下ろされた太刀を、間一髪でかわした。髪の毛がパラパラと舞い落ちる。
く、リーチがあって近寄れない……!
「ユキ!これを!」
ウィローが槍投げのように、俺へと鉄パイプをぶん投げる。同時に男が太刀を振り下ろした!
「借りるぞ、ウィロー!」
片手で鉄パイプを掴むと、俺の眼前に迫った刀を受け止めた。ガキィン!
「くぅ……!」
「ぬぅお……!」
ギリギリギリ!つばぜり合いのようにパイプと刀が切迫する……なんてな。唐獅子の力があれば、これくらい!
「おりゃあ!」
力をこめて刀を跳ね上げる。ガードが上がって、相手の胴は隙だらけだ。
「せいやぁ!」
思いっきりパイプをぶちかます。ゴキリと小気味いい音がして、男はぶっ飛んでいった。
「サンキュー、ウィロー!」
パイプを投げ返すと、ウィローは後ろ手にそれをキャッチした。驚いた、まるでパイプが体の一部のようだ。
俺たちが大暴れした結果、あっという間に倒れた男たちの山が出来上がった。
「はぁ、はぁ……数だけ揃えたって、私たちの敵ではありませんよ」
「まったくだな……ふぅ」
それにしても、この部屋の甘ったるい香りのせいか、妙に息苦しい。普通の疲れかたじゃないみたいだ……普通じゃない?
「まさか、この部屋……っ!」
その瞬間、全身に鋭い痺れが走った。体が言うことをきかない。見れば俺だけじゃなく、ウィローとステリアも同じ様子だった。
「くそっ……罠か!」
「ったく、ようやく効いてきやがったか。全員倒しちまうまで効かねぇとか、お前らバケモンかよ、おい!」
パチパチと手を叩きながら近寄ってくるのは、白い仮面をつけた男だ。
「お前……!」
「まったく、隠れながらヒヤヒヤしてたんだぜ?この毒の芳香が効かねぇやつがいるとは思わなかったからよ……はぁ、やっとこの暑苦しいマスクも脱げるぜ」
男が仮面を外すと、その下にはガスマスクがあった。そして男の額には、見覚えのある十字傷が……
「お前まさか、あの汽車の……!」
「あん?どっかで会った事あったか……?あ、おまえ、あん時のヤツか!ヒヒヒ、お久しぶりだなぁ。あんときゃ~世話になったぜ?」
これで間違いない。首都に来る汽車で捕まえ損ねた、チャックラック組のボジック だ。
「なぜマフィアが、こんなところにいるのですか!」
「なぜって?おいおいにぶぃな。そんなのカルペディとマフィアが繋がってるからに決まってんだろ?」
「なっ……んですって」
「考えてもみろよ。首都を牛耳るでっかい会社が、汚え手を使ってないはずがないだろ?俺たちとカルペディとは、ずっと昔からズブズブの仲なんだよ」
そんな……スーはそんな家に連れ戻されて、さらには後を継がされようとしているのか……!
「けどまぁ、今夜は最高の夜だぜ!なんつったって、クソむかつくお前らを好きなように痛ぶれるんだから、なっ!」
バキッ!
傷男の拳が俺の顎に炸裂し、俺は仰向けにぶっ飛ばされた。
「ぐぁ!」
「おらおらどうだぁ?体が言うこときかねぇだろ?悔しかったらやり返してみろや!」
くぅ!ガードしようにも、腕が痺れて上がらない。悔しいが、されるがままだった。
「ユキ!」
「おう慌てんなよ。お次はお前らの番だかんな」
「ま……まて。俺はまだやられてないぞ……!」
「っるせえ!俺にたてつくな!虫けらふぜいが!偉そうに!」
バキ!ズガ!ドカ!
傷男は執拗に俺を蹴りつけ、俺は体を丸めてそれに耐えるのが精一杯だった。
「はぁ、はぁ……ま、お前はこれくらいでいいや。俺は男を殴るより、女を殴るほうが好きなんだ」
傷男はゆらりと体を起こすと、今だ動けずにいるウィローたちに振り返る。
だが俺はその時、ステリアが懐からこっそりグルーガンを引き抜くのを見た。よし、あれが撃てれば……
「ぅおっとぉ!なにしてやがるこのアマ!」
「ッ!」
ガランガランガラーン。
傷男に蹴り飛ばされたグルーガンは、ステリアの手を離れて部屋の隅まで転がっていった。
「ずいぶん舐めたことしてくれるじゃねぇか、おい!そのツラ見せてみやがれ!」
傷男が、ステリアのサングラスをぐいとむしった。
「へぇ~……なかなかどうして、俺好みの女じゃん。気に入ったぜ、お前は俺の女にしてやるよ」
「……冗談。あなたとだったら、その辺の野良犬のほうがマシ」
バシィ!
傷男は無言で、ステリアの頬をひっぱたいた。
「つっ!」
「口の利き方には気を付けろよ?今ここで、一番強いのはこの俺なんだからな。機嫌は損ねないほうがいいぜ?」
「ステリア!このゲス野郎!彼女から離れなさい!」
「おいおい、お前今の話聞いてなかったのかよ?そんなに死に急ぎたいなら、いいぜ。まずはお前から嬲ってやるよ」
傷男はステリアを押し退け、ウィローのもとへ立ちはだかった。
「くくく、お前はさぞ憎たらしい顔だろうなぁ?」
男がウィローのマスクに手をかける。そしてそのまま、ぐいと引き剥がした。
「な!お、おまえは!」
「……?」
傷男はウィローの顔を見て、明らかに動揺していた。
そういえば、汽車でも突然様子がおかしくなったな。こいつ、ウィローを知っているのか?
「……へ、へへへ。ビビらせんじゃねぇよ、所詮今はろくに動けない小娘じゃねぇか」
「あなた、何を言って……」
「うるせえ!」
ガス!
傷男はウィローの脇腹を蹴りあげた。ウィローの顔が苦痛に歪む。
「ぐぅ!」
「や、やってやったぜ。こいつに一発食らわせてやった!この青い天使に!」
「っ!」
「青い、天使……?」
「ああ?なんだお前……てそういや、お前は知らないんだったな。この天使の正体をよ」
「黙りなさい!ぶっ殺しますよ!」
「るせえ!黙るのはテメェだ!」
傷男はウィローを蹴飛ばすと、その横っ面を土足で踏みつけた。
「ひゃはは、見ろよ!俺は今、史上最強の殺し屋をおもちゃにしてるんだぜ!」
男の言葉に、俺は固まってしまった。
「殺し屋……?」
「そうよ!こいつは何人もの人間をぶっ殺してきた、正真正銘の殺人鬼さ!」
「黙れ!だまれだまれだまれ!」
「こいつの正体はな、かつて青い天使として恐れられた、伝説級の殺し屋だ!」
続く
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