第53話/Rush

第53話/Rush


俺はホテルカルペディの目の前にやって来ていた。金色に輝く巨塔。この塔のどこかに、囚われのスーがいるのだ。

さながら、悪い魔法使いに捕らえられた姫を助け出す物語のようだ。スーが姫なのは間違いないが、果たして俺に王子役が務まるだろうか。


「……は、今さら言ってもしょうがないな」


ぱんっ!と両頬を叩いて気合いを入れ直すと、俺は改めて考えを巡らせた。


(前に聞いた話だと、この巨大ホテルの最上階がカルペディ家の自宅になってるんだよな)


ということなら、スーもそこにいる可能性がもっとも高いだろう。だが、もっとも高いことが最大の難点だった。


「最上階まで、どうやってたどりつくか……だな」


ホテルの正門には、ものものしい格好の警備員たちがうろついている。かなりの数だ。これではこの前みたいに、こっそり潜入ということも難しそうだった。

その中に一つ。でっかく口を開けて、自ら招いている入口があった。


「正面突破……」


ホテルの正面玄関だけは、文字通り大きく門戸を開けている。だが当然ながら、警備の厳重さも一番だった。


「どうせなら、派手にいくか」


だが、例え俺の命に代えてでも。スーだけは、助けてみせる。俺は覚悟決め、正門へ向かおうとした。

その時だ。


「動くな」


低い声とともに、俺の背中に固いものが押し付けられた。冷や汗が背中を伝うのを感じる。俺が動けないでいると、背後からくすり、と笑い声が漏れた。


「どこに行くつもりですか?ユキ」


「え?」


俺があわてて振り返ると、なんとそこにはウィローが立っていた。にやりと笑って、ウィローが鉄パイプをくるりと回した。いつぞやのように、あれを俺の背中に押し当てたらしい。けれど、それに突っ込むどころじゃない。


「ウィロー!何でここにいるんだ!」


「それはこっちの台詞ですよ。たった一人で、ここを攻略するつもりですか?状況わかってます?」


「こっちのセリフだ!ここにいることの危険性をわかっているのか!?」


俺が叫ぶと、ウィローは真剣な顔で俺を見つめ返した。


「あなたこそ、わかっているんですか。もしあなたが命を落としたとき、スーがどれだけ苦しむのか。あなた、そういうつもりでしたよね」


「……」


「それに、ユキの許可を貰おうなんて更々思っちゃないですよ。来たいからここに来たんです。それならいいでしょう?」


「違う、わかってない。鳳凰会の組員はここにいちゃいけないんだよ。俺は組を破門されたんだ!俺はもう組員じゃないが、きみは違うだろ!」


「ええ、知っています。今朝三代目代行から聞きました」


「なに?まさか、きみまで……?」


「いいえ。代行は私を破門にはしてくれませんでした。まあ代行以前に、キリーが許してくれないでしょうけど」


キリーの名前が出たところで、俺は顔を硬くした。キリーを殴ってしまったこと、ウィローは知っているのだろうか。


「ただ、キリーはユキのことをとても心配していました。誰かが、あなたの助けになってほしい。鳳凰会でも何でもない、都合のいい誰かが」


「何?」


謎かけか?都合のいい誰か……そんなやつがいただろうか?


「要は組員だってバレなきゃいいんですよ」


ウィローはニヤリと笑うと、懐から何かを取り出した。


「おま、それって」


それは、ウィローの口元を覆い隠す……いわゆる、マスクだった。


「人間は顔の半分を隠すだけで、その人物を認識できなくなるそうです。顔を隠すだけならこれで十分でしょう?」


「あのなあ。そういう問題かよ」


ウィローがあまりに簡単に言うので、俺は呆れてしまった。だが、ウィローはいたって真面目なようだった。


「では聞きますが、逆にこれの何が問題ですか?」


「いや、だってそりゃ」


「屁理屈ですか?けど顔が割れなきゃ、正体はつかまれない。破門のうえでの大義名分と何ら大差ないと思いますけど」


「む」


そう言われるとそんな気がしてくる。俺が言葉に詰まったのを見て、ウィローはそらどうだ、と腕を組んだ。


「さ、なら決まりです。正統な理由なんか探してたら日が暮れますよ。とっとと始めましょう」


「あ、おい!」


ウィローは俺の話も聞かず、スタスタ歩いてく。どこから出したのか帽子も取り出すと、髪をまとめて中に押し込んだ。確かにこれなら、パッと見でウィローだとは思えない、かもしれない。


「あ、それとユキ。言い忘れてましたが」


「あん?こんどはなんだよ」


「私もいるから」


うお!俺のわきからにゅっと顔を出したのは、空色の透き通るような瞳。ステリアだ。


「きみまで来たのか!」


「だって、私厳密には組員じゃないし。この中では一番適任」


「あ、そういえば……」


「けど、私だけで群雄割拠の中を突破するのはさすがに自信ない。だから、助っ人と一緒なわけ」


ステリアは長い銀髪を、ウィローとは反対に細く三つ編みに編み込んでいた。そして頭にはニット帽をかぶり、最後にたれ目のサングラスをかける。


「これで、変装完了」


俺はもう、あきれて何も言葉が出なかった。


「~~~ちっ!」


ガシガシ頭をかくと、俺はウィローとステリアの横に並んだ。


「もう勝手にしろ!ただし、足を引っ張るようだったら蹴とばしてでも追い返すぞ!」


「はっ。それはこちらのセリフです。せいぜい気張ってくださいよ」


俺たちは光り輝くホテルを眼前に不敵に笑いあった。


「よし……おっ始めようぜ!」




ホテルカルペディの警備員は、異様に浮き足立っていた。連日の報道陣の押し掛けもそうだが、なんだか空気がピリピリしているのだ。嵐の前のような、独特の緊張感がそこにはあった。


「こりゃ一雨きそうだな……」


誰かが何の根拠もなく、そうつぶやいたのかもしれない。

そしてそれは、やはり現実のものとなったのだ。


ドコーン!


「うわっ」


「なんだ?」


ホテルの正面に、煙をあげる何かが転がっている。あれは……車?

その向こうには、たった二つの人影が見えた。そのうちの一人が叫ぶ。


「おまえらぁ!ここを、通してもらうぞ!」




「おまえらぁ!ここを、通してもらうぞ!」


ふふふ。かっこよく決まったかな。


「……それで、これからどうする気なんですか?」


「……さて、どうしようかな」


「はぁ……あなた時々、すっごくキリーに似てますよ」


「……けどとりあえずは、それで成功かも。二人とも、姿勢を低くした方がいい」


「え?どうして……うお!」


チュイン!

目の前の地面から、鋭い火花が散った。銃弾だ!


「くそ、やっぱり銃持ちか!車の裏に隠れろ!」


俺たちは横倒しになった車の陰に転がり込んだ。ガチン、チュインと、時おり弾丸が車体をかすめる。


「しかし、驚きました。首都の富豪とはいえ、こんな白昼からハジキをぶっ放すなんて……」


「連中も必死らしいな。それとも、それだけ自分たちの力に自信があるのか……」


「その両者かもしれません。いずれにしても、一筋縄ではいかなそうですね」


「はは、ウィロー。今まで楽勝だったケンカがあったかよ。これも、同じさ!」


俺は車に両手をつくと、グッと力をこめた。全身から吹きだした紅いオーラが、手のひらから車へと伝っていく。


「ウィロー、ステリア!後に続いてくれ!」


「ん、わかりました!」


「了解」


「いくぞおぉぉぉ!」


俺は足で地面を踏みしめ、車を盾にしながら進み始めた。車体がこすれ、バチバチと火花が散る。


ガチィン!バチィン!

銃弾が車体の向こうで跳ねている。力を入れ過ぎれば車は吹っ飛んで行ってしまう。絶妙な力加減が必要だが、そこは俺も慣れたものだった。


「このまま正門まで押し切るぞ!」


「ええ!でずが、連中もバカではないでしょう。このまま行かせてくれるか……」


「とは、行かせてくれなさそう」


見れば、わきに回り込んだ何人かがこちらに銃を構えている。


「くそ!みんな、伏せて……」


「その必要はない。側面は任せて」


躍り出たのは、ステリアだ。ステリアは懐に両手を突っ込むと、二丁の小さな銃を取り出した。……え?


「Fire!」


ドン!ステリアの手から、白煙が上がった。


「うおぉ!?ステリア、銃なんか持ってたのか?」


「ううん。これも工具。まあ、ちょこっと私特製だけど」


ステリアはぱちりとウィンクした。特製……?

撃たれたヤツを見てみると、どうにも様子がおかしい。悶えているというよりは、困惑している……?


「な、なんだこりゃあ!」


「くそ、銃が!」


ステリアは得意げに胸を張った。


「グルーガン。溶かした接着剤(グルー)を発射する溶接用の工具。本来はこんなに出力は出ないけど、そこはバキバキに改造済み」


「な、なるほど……」


「そして私の刺青を合わせれば、エイミングも完璧……!」


バシュン!

ステリアから放たれたグルーは、男の構えた拳銃の銃口に直撃した。


「ぐわ!じゅ、銃が!」


解けたグルーが固まり、銃口をふさいでしまった。数メートルは離れた相手の、小さな銃口を打ち抜けるなんて……すごい技術だ。


「あれでもう、あの銃は機能不全。無理に撃とうとすると……」


バァン!


「うわぁ!」


「……暴発して、大変危険」


「はは、いいぞステリア!よし、このまま突っ切ろう!」


「ユキ!このままふっ飛ばしてください!ここまで近づけばいけます!」


「わかった!おりゃあああ!」


俺が渾身の力を込めると、車は恐ろしい勢いですっ飛んでいった。車線上にいた連中が慌てて脇に避ける。その隙を、ウィローは逃さなかった。


「いきます!」


ウィローは姿勢を低くすると、鉄パイプを地面に擦りながら突っ込んでいった。

ギャリギャリギャリギャリ!


「はぁ!」


バコーン!

鈍い打撃音が響き、男たちはあっけなく制圧された。


「片付きました!いきましょう!」


「おう!ステリア!」


「了解!」


再び銃を構えようとする男の顔面に、グルーをお見舞いしながら、ステリアも続いて駆け出した。


バターン!

扉を押し開けると、館内は騒然としていた。表の騒ぎが聞こえていたらしい。


「なんだお前ら!」


「のこのこ入ってきやがって!逃げ場はないぞ!」


ぞくぞくと、ホテルの警備員たちが集まってくる。ただロビーには一般客もいるからか、銃を抜こうとはしなかった。

ということは、ここからは拳一本の喧嘩勝負だ。


「なら、やっと俺の出番だな……!」


ウィローとステリアばかり活躍して、正直やきもきしていたのだ。ここからは、俺のターンだ!


「怪我したくないやつは引っ込んでろ!今日の俺は手加減できないぞ!」


《ずいぶん間が空いてしまいました。投稿再開します》

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