第52話/Expulsion


「破門!?ま、まってよレスさん!これだけの事で!」


「これだけ?この男がやろうとしたことは、鳳凰会全体を貶めかねない行為です。それを“これだけ”と割り捨てること、できるわけがないでしょう」


「で、でも。だっておかしいよ!だいたい、どうしてレスさんが三代目代行なの?」


「言葉通りです。三代目亡き今、次期会長が決まるまでは、私が代行を務める。万が一があった時のために、会長から預かっていた密命です。こんなに早いとは思ってませんでしたが」


「う、ウソ……」


キリーはあんぐり口を開けている。俺も驚いたが、秘密の隠れ家を知っていたりと、思い当たるところもあった。


「今は、私が鳳凰会のトップです。その権限を以て、貴方に破門を言い渡します」


「……」


「ユキ!なんで黙ってるの!むちゃくちゃだよこんなの!」


「……いや」


なおも噛みつこうとするキリーを手で制して、俺は静かに首を振った。


「会長の命令じゃ仕方ない。俺はそれに従うよ」


「はあ!?」


「よい心がけですね。破門された極道の端くれといえど、散り際ぐらいは潔く散ってください」


「レスさんも、そろそろ勘弁してやってくれませんか。じゃないと、キリーがあらぬ恨みを持つことになってしまう」


俺の言葉に、レスはほう、と言いたげに目をうっすら細めた。反対に、キリーはまなじりを高く上げて俺に食い掛かる。


「ユキ!わけわかんないこと言ってないで!いい加減に怒るよ!」


「悪い、キリー。けど、なにもやけっぱちになってるわけじゃないし、それはレスさん……三代目代行も同じだ」


「な、何言って……?」


動揺するキリーの肩を掴むと、俺は耳元に口を近づける。


「いいか、キリー。鳳凰会は、いま下手に動けない。スーを連れて行った連中は、マフィアとつるんでいる。俺たちがたてつけば、間違いなくマフィアの目に留まる。そうなったらいよいよドボンだ」


「わかってるよ。だから」


「なら簡単だ。ヤクザじゃなければ、どんなに暴れても構わない」


「へ」


ぽかんと、キリーは口を開けている。


「俺はこの時点をもって、ヤクザを破門された。今の俺はメイダロッカでも鳳凰会でもない。ただのカタギだ」


されに言えば、身元不詳で、例え捕まっても足がつきにくい人間だ、と心の中で付け加える。そしてそれは、レスもよくわかっているんだろう。


「俺なら、スーを迎えに行ける」


「な、な」


「レスさんは、そこまで見越して言ってるんだ。彼女なりの提案だよ」


俺たちがひそひそやっているのを見て察したのか、レスがんん、と咳払いをした。


「何を話していたのかは知りませんが。メイダロッカ組長、貴女はこの決定に意見することはできません。極道の世界では、親の言うことは絶対。貴女もよく解っているでしょう」


「……」


キリーはうつむいて、黙りこんでしまった。


「すまない、キリー。行かせてくれ」


「……ダメだよ」


「キリー。だが」


「ダメだったら!力ずくでもわたしはユキを止めるよ!」


「え?き、キリー?」


「組長の言うことが聞けないなら、体に言って聞かせてやる!」


「おい、待てって……!」


「おりゃああ!」


ブン!

キリーの拳を、俺は飛びすさってかわした。


「待ってくれよ!キリー、聞けって!」


「うるさい!聞くのはそっちだ!」


ガツン!

キリーの放ったキックが、俺の向こうずねを蹴っ飛ばした。


「いってえ!」


「どうだ!ユキ、わたしは本気だよ。本気で、足腰立てなくしてあげる!」


キリーが再び蹴りを繰りだす……って、うお!


「ばっ、お前、どこ狙ってんだ!」


「なに?急所を狙うのは当たり前でしょ」


キリーは何の躊躇もなく俺の股間を狙ってきやがった。慌ててかわしたからいいものの、嫌な汗がたらりと額を伝った。


「ほらほら!次は潰してやるんだから!」


「くそ、ふざけんな!」


俺はかがんで蹴りをかわすと、キリーの足を払い飛ばした。

バランスを崩したキリーがグラリとかたむく。


「きゃあ!」


「おっと!」


とっさに手が伸びて、キリーの腰を支えていた。キリーはほっとしたように息をつくも、思い出したように俺を睨む。


「っ!このぉ!」


キリーは俺の腕の中でなおも暴れようとしたが……


「フッ!」


ビタ!

俺が目の前に拳を突きつけると、キリーはびくりと体を強張らせた。


「……殴りなよ。わたしは本気でケンカしてるんだよ」


「……そんなこと、できるわけないじゃないか」


俺は、だらりと腕をたらした。


「必ず帰るよ。スーを連れて」


「……ばか。わたしはこんなだけど、極道の背中を見て育ってきたんだよ。そう言った男が、ちゃんと戻ってきたことが一度でもあると思う?」


キリーは腕で顔を覆うと、ぐっと口を引き結んだ。


「いっそ殴ってよ……ユキのこと、信じたいけど。今までとは、わけが違うよ。でも、わたしバカだから。他にいい案なんて、思いつかないよ……」


するとキリーは突然、がっと体を起こした思うと、俺の胸ぐらに掴みかかった。


「行くな!行くのなら、この腕を引きちぎっていけ!死んでも離すもんか!」


その気迫に、俺は思わず息をのんだ。こいつは、本気だ。そう思わせるだけの炎が、その瞳には宿っていた。


「……キリー。ありがとな」


キリーの眉が一瞬、訝しげに歪む。


「許せ」


「くは」


小さく息を吐くと、それきりキリーは動かなくなった。最悪な気分だ。女を、それも自分の組の親を殴るなんて。俺はキリーの鳩尾から拳をはなすと、そっとキリーを寝かせた。


「……よろしいのですか?」


遠慮がちに、レスが声をかけてくる。


「ええ。レスさん、ありがとうございます」


「いいえ……私個人としては、スーさんを助けて欲しいのです……ですが。鳳凰会会長代行としては、それを許可することはできません。苦渋の策だということは分かってください」


「問題ありませんよ。俺は必ず、スーを助けて戻ってきますから」


俺はスッと立ち上がると、レスに一礼した。


「代わりと言ってはなんですが。キリーを、メイダロッカ組を、頼みます」


「……わかりました」


レスは素直に承諾した。レスの、スーを助けたいという言葉は嘘では無いと思う。しかし、混じりっけのない真実だとは、俺は思っていなかった。何かあるからこそ、俺が向かうことを許可したのだろう。

だが、それもなにも関係ない。スーを取り返せれば、多少の策にくらいハマってやる覚悟だ。


「それでは。一発かましてきます」


そして、夜の街へと駆け出したのだった。




窓の外に見える町明かりは、まるでおもちゃか何かのように小さくて、つい数日前まではわたしもあそこに居たということを忘れそうだった。


「ユキくん、キリーちゃん……みんな……」


そろそろ、この前の会見が記事になって出回るころだ。メイダロッカ組のみんなには見てほしくないな。もっとふてぶてしいくらい、笑えてたらよかったのに。あんなんじゃ、この先のことが思いやられてしまう。

そう……この先に控える、あの人との結婚式が……


ガチャリ!


「っ、だ、誰?」


「誰って、おいおい。ここに入ってくるのはアンタ以外には、俺しかいないじゃなか」


わたしを小ばかにしたように、目の前の人……アンカー・カルペディ。つまり、わたしの義兄に当たる人が部屋に入ってきた。


「これが披露宴の段取りだ。目を通しといてくれ」


そう言って、義兄さんは分厚い資料をどさりとテーブルに放った。心底うんざりすけれど、それを言ったところでどうしようもない。


「……わかりました。読んでおくので、出て行ってくれませんか」


「おいおい、ずいぶんつれない態度じゃないか。俺たちは兄妹であり、家族であり、いずれ夫婦になるんだぞ?」


「冗談、言わないでください。わたしのことなんか、何とも思ってないくせに」


「はっはっは。まあ、その通りだけどな」


義兄さんはぞっとするほど冷たく笑った。この人には心というものがあるのだろうか。屋敷の中では恐ろしく冷たく、粗暴なこの人が、マスコミの前に出たとたん饒舌で熱気あふれる人間に豹変するのだ。どのような生活を送ればこんな性格になるのか、わたしには想像もつかない。


「けど、何とも思ってないというのは間違いだ。少なくとも、俺はきみを大事に思っているよ」


そういうと、義兄さんは私のもとへ歩いてきた。すり、とわたしの頬に手を添える。ぞぞぞ、と鳥肌が立つのがわかった。


「……あなたの魂胆は分かってます。“わたし”じゃなくて、わたしにくっついてくる地位が大切なんでしょ?」


「ふむ。それはまた」


「見え透いた芝居なんてやめてください。あなたの言うことは聞きますから、もうほっといて」


わたしが手を振り払ってそっぽを向くと、義兄さんはぎっと歯を剥いて笑った。まるで牙をむいた野犬のような表情に、思わず身震いする。


「ああそうさ。お前のような小娘に興味なんぞないが、お前の“血”はこの俺にとって欠かすことのできないものなんだよ。バカな親父殿のせいで、俺がカルペディを乗っ取れなくなっちまったからな!」


義兄さんはわたしのあごを掴むと、無理やり義兄さんの方へ向かせた。


「痛!」


「だが、これは対等な取引だったはずだろ?お前は言うことを聞く、俺はお前のお仲間には手を出さない。俺は約束を守ってやってるんだ、ちっとは愛想よくしてみたらどうだ?」


「くぅ……」


「まぁ、俺に愛想を振りまく必要はない。だが、“わが妻”としての場面でもそれだったら、どうなるかはわかるよな?ん?」


「……わかっています。言うことは聞きますから……」


「へっ。まあ安心しろ。俺がお前に関わるのは、俺の跡継ぎを作るところまでだ」


後継ぎ。それはつまり、わたしがこの人の子を産むということ……


「その後は用済みだ。後は他のお偉方にでも媚を売ってもらうだけでいい。幸いお前は、ある程度は器量よしだからな」


「え……」


「“接待”に使えるかもしれないだろ。人妻を好む物好きは意外と多いらしいぜ?」


その恐怖の言葉に、わたしは絶句した。この人は、わたしを自分の所有物だとしか思っていない……!

義兄さんはぱっとわたしから手を離すと、そのままスタスタと出口へ歩いていった。


「我々は利害の一致した、いわばビジネスパートナーだ。俺に約束を守らせたいのなら、きみにもやることはやってもらわないとな。取り急ぎ、披露宴の段取りは頭に叩き込んでおいてくれ。ではまた」


バタン!

義兄さんは、わたしの返事も聞かないまま、部屋を出ていった。


「……くうぅっ」


ぼすんと、わたしはベッドに突っ伏した。

いい扱いを受けるとは、思っていなかった。体の関係を求められることも、ある程度は予想していた。だけどまさか、赤の他人にだなんて……!

あの人にとって、もうわたしは都合のいい道具でしかない。けどそれでもわたしは、逃げることはできない。みんなを守るには、これしか……


だけど、どれだけ頭でわかっていても、溢れてくる涙は止めることができなかった。


続く


《投稿遅れました。次回は日曜投稿予定です》

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