第5話/Business


俺はキリーたちの案内のもと、町を見て回った。


町の名前は『パコロ』。漁業が主産業の港町だ。なんでもここは元々別の国の領土で、いまはアストラの植民地となっているらしい。


「じゃあ、もとはどんな所だったんだ?」


「さあねぇ。わたしが生まれる前のことだから、ほとんど知らないや」


キリーはポケットに手を突っ込みながら、俺の横をちょこちょこ歩いていた。


「たしか、ちっちゃな国だったはずだよ。それで、“獣人”が住んでたって」


じゅうじん?


「キリー。じゅうじん、ってなんだ?」


「へ?ほら、“耳付き”とか“人もどき”とか言う……って、そっか。ユキはこの辺のこと、全然知らないんだっけ」


するとキリーは、自分の両手を兎のように頭へもっていった。


「わたしたちみたいな普通の人間と違って、おっきな耳としっぽが生えてる人たちのことだよ。獣に人って書いて、獣人」


耳にしっぽ?それって、ファンタジー小説とかによく出てくる……それがこっちでは、現実に存在しているらしい。うわぁ、頭がくらくらする。


「とりあえず……理解した、ことにしておくよ。ってことは、この辺には獣人が多いのか?」


「うん。貧しいところだよ。戦争で一度何もかも無くなって、残ったのはたくさんの難民と、海だけだから」


「そうか……」


まいったな。町自体が寂れているんじゃ、金の稼ぎようがない。思ったより難題かもしれないぞ、これは。


「あ、けど。摘発喰らうまでは、賭場を開けてたんだよな。盛況だったのか?」


「あー、うん。そうだね、そこそこは盛り上がってたよ……あれ。そういえば不思議だね。この貧乏町で、なんでだろ……?」


キリーは首をひねって、むむむと唸っている。難民、貧困、田舎町と来れば、なんとなく予想はつくが……


「……キリー。単純な話ですよ」


見てられないとばかりに、ウィローが横から口をはさんできた。


「ここは首都から遠く離れた田舎町です。目立った産業もないとなれば、お国も熱心に干渉してこない。そうなれば当然、我々のような輩が集まってくるでしょう?」


「あー……そっか。わたしヤクザたちって、ギャンブル大好きだもんねぇ」


「表向きには貧乏人があふれていても、それを食い物にする裏社会は、今もまだ活発に動いている……それが、このパコロという町です。どうです?これで妙案は思いつきましたか?」


そう言うと、ウィローは試すような視線を俺に向けた。


「そうだな……大筋は読めてきたよ。となると、大きな歓楽街もあるんじゃないか?」


「え?ええ……この先に『風俗街』がありますが」


そのまんまの名前だな。だが、予想通りだ。荒くれ者が欲しがるのは、金、酒、女って相場が決まってる。


「よし。なら、そこへ行ってみよう。多分そこに、解決策があると思う」


「へ?」


スーがすっとんきょうな声を出す。


「ま、ま、まさか……わたしたちを売りに……?」


「ち、違うぞ。そうじゃなくて」


俺は慌てて否定すると、自分の考えをゆっくり説明した。


「俺が言いたいのは、この町の店から『みかじめ料』をもらおう、ってことなんだ」


「ミカジメ、料?」


キリーは、はてなと首を傾げた。


「聞いたことないか?ケツモチってやつだよ。簡単に言うと、用心棒をするってことだな。俺たちが店を回って、そのお礼をいただくんだ」


ゴロツキばかりのこの町では、なにかとトラブルも多いだろう。そのトラブルを解消する仕事をしようというわけだ。

俺の話を聞いて、キリーはずいっと体を寄せた。


「いいじゃん!お店は喜ぶ、ウチは儲かる。それでいこうよ!」


「ああ……ただ、気になる点が……」


俺はみんなの顔をぐるりと見渡す。


「この町の連中は、俺たちがヤクザだからって、おとなしく引いてくれる奴らかな」


最大の問題は、そこだった。せっかくケツモチしても、俺たちがなめられてしまうんじゃ意味がない。代紋にビビってくれるならいいのだが、ウチは俺以外全員女の子だしなぁ……


「……言っておいてあれだが、やっぱり別の方法に」


「いえ、それでしたら大丈夫です」


俺の苦言を、ウィローがばっさり断ち切った。


「たいていの相手なら、私がなんとかします」


「え?あ、ああ。そうか……」


こうも自信満々に言い切られては、俺もうなずくしかなかった。確かに、末恐ろしい娘ではあるが……俺は改めて、自分のみぞおちほどの背丈しかないウィローを見つめた。


(いやいやいや、さすがに不安だ)


小柄な少女に荒事を全部任せられるほど、俺も肝が据わっていない。


「あの、ウィロー?いくらなんでも、きみ一人では……」


「む。それ、どーいう意味ですか?」


「いや、さすがに心配というか……なぁ」


どうしたものかと慌てる俺を見て、キリーがくすりと笑った。


「ユキ、ウィローの言ってることは信用していいよ。そのへんの男をよりは、よっぽど腕が立つから」


そう言って、キリーはぱちりとウィンクした。おいおい、ホントかよ……?

ウィローは少し照れくさそうに咳払いすると、「それより」と切り出す。


「時間ももったいないですし、さっそく交渉に行きませんか?シマにある店を回ってみましょう」


俺はひっかかりながらも、しぶしぶうなずく。


「そう言うなら……何店舗と契約できるかわからないけど、とにかくやってみるか」


「ええ、とっとと行きましょう。どんなとんちきな案が出てくるかと思っていましたが、多少は期待が持てそうですし」


く、一言多いな。素直にいい案だって言えばいいのに……

ぶつぶつ言う俺に、キリーがすっと近づいてきて、耳打ちした。


「あれ、ウィローなりに褒めてるんだよ」


「え?あれでか?」


「ふふ。なんだかんだ、期待してるんだよ。ユキのこと」


ちぇ、本当かよ……女心は難しいってのは、よく言ったもんだな。




「……っていう話なんだけど。どう?わたしたちが守ってあげるんなら、安心して商売できるでしょ?悪い話じゃないと思うんだけどなぁ」


キリーはにこにこと、人のいい笑顔を浮かべたまま言った。対照的に、小さなバーの店主は哀れなほど顔を青くしている。


「え、ええ。そうですね。メイダロッカ組さんなら、わたくし共も頼もしいです……」


「ほんと?じゃ、交渉成立ね」


キリーはにっこり笑うと、店主の手からぴっとお札を抜き取った。


「それじゃ、明日からよろしく~。コレは前払いとしてもらっておくね」


それだけ言うと、キリーはさっさと店から出て行ってしまった。俺たちも後に続く。戸口をくぐるとき、店主が心底ほっとした顔をしていたのが印象的だった。


「なぁ、キリ……じゃなかった、組長」


「ん?やだなぁ今さら。キリーでいいって」


「いや、けど外でもそれじゃ示しがつかないだろ」


「わたし、そういうの気にしないからなぁ。どっちでもいいや」


「……わかった、キリー。それで、ちょっと聞きたいんだけどさ」


「なぁに?」


「メイダロッカ組って、実はかなり有名だったりするのか?」


「へ?」


俺は、さっき見た店主の様子を話した。店主は明らかに俺たちに怯えていた。それって、メイダロッカのことをそれだけの組だと思ってるってことだろ。

だがキリーは、ちがうちがうとからから笑った。


「たぶんさっきの人は、ウィローを見てたんじゃないかな。ウチのことは知らなくても、ウィローのことは知ってるって人は多いから」


え。ウィローって、そんなに知名度高いのか。それならさっきの話も、あながち盛ってないのかもしれない。


「ウィローって、何者なんだ……?」


「うふふ。ま、近いうちにその理由が“見れる”と思うよ」


キリーは意味深にはぐらかすと、すたすたと歩いて行ってしまった。うーん……?先を歩くウィローの後姿を見る。二つに結んだ髪が、スカートに合わせて揺れている。

彼女にいったい、どんな秘密が……?


「ほらユキ、置いてっちゃうよー」


「あ。悪い、すぐ行く!」




しかし。順調だったのは、日が高いうちだけだった。


「お断りします」

「そういうのは、ちょっと……」

「もういいから、帰って下さい!」


「はぁ……」


俺は特大のため息をついた。


日が傾きだしたころ、俺たちはいよいよ『風俗街』の中心部、大きな店が立ち並ぶエリアへ足を運んでいた……のだが、結果から言うと、さんざんだった。


「まさか、あそこまで門戸が固いとは……」


ほとんどの店が、俺たちがヤクザだと分かるや否や戸を閉ざしてしまった。このあたりでは、ヤクザはずいぶん嫌われているらしい。


「うーん……外れの方だと、そこそこ名が通ってたんだけどなぁ」


キリーが悔しそうにつぶやく。末端の小さな店では、メイダロッカの名前や、ウィローの姿を見ると、委縮しておとなしくするところが多かった。しかし、このあたりではそれも通用しない。ほとんど話も聞いてくれやしないのだから、困ったものだ。

それにしても、ここまで煙たがられるのにはわけがあるはず。なんとか理由を聞くと、それは「風俗街のボスの指示だ」という答えが大半だった。


「風俗街のボス、か……なんのことだかはわからないが、つまり俺たちは、まずその“ボス”とやらを説得しないといけないらしいな」


「うー!誰だよボスってー!出てこーい!」


キリーは腕を振り上げると、うがー、と叫んだ 。


「こ、こんなに冷たくされたの久々だよ~……」


スーは目に涙をいっぱいに溜め、今にも泣きだしそうだ。


「ヤクザが好かれるわけはありませんが、まさかここまで頑なだとは思いませんでした……このままでは、埒が明きませんね」


ウィローも頭が痛い、という表情だ。


「とりあえず、ボスとやらに会ってみないと始まらないな。どこかの店で、話を聞けないか……」


「このあたりで、話せそうな店……」


ウィローは少し考えた後、薄暗い路地の先を指さした。


「こっちにまだ行ってない店があります。応じてくれるかは微妙ですが、聞くだけ聞いてみましょう」


ビルとビルの隙間をくねくねと、十分ほど歩いた所で、ウィローは立ち止まった。


「ここです」


そう言われて、辺りを見回したが……立ち並ぶ雑居ビルは、どこも壁面を向けている。およそ店の入り口らしきものは見当たらない……

どこかに看板でもでているのかと、背を伸ばしてきょろきょろしていると、ウィローがちょいちょいと手招きした。


「どこ見てるんですか。下ですよ、下」


見ればビルのわきに、ひっそりと口をあける階段があった。人目を避けるようなそれは、地下へ続いているようだ。


「では、行きましょう」


ウィローを先頭に階段を下りていく。薄暗い階段はカビのにおいがして、嫌な感じだ。

階段は短く、すぐに扉が見えた。看板なども何もない、およそ店とは思えない入口だが、扉のわきには小さなピンク色の張り紙があった。


『獣人風俗~ウブな娘、揃えてます~』


ウブ、という文字が蛍光色で派手に彩られている……趣味の悪い張り紙だ。


「では、入りますよ」


ウィローが押すと、扉はぎぎぎ、と軋みながら開いた。

店内はこれまた地味で、机とパイプいすが数脚、狭い部屋にぽつんと置かれているだけだ。

俺たちが入ってくると、すぐにウェイターだろうか、小太りの男が近寄ってきた。


「いらっしゃいませ。お客さんは……」


俺たちの様子を見て、ウェイターの男は脂ぎった顔をしかめた。ま、それもそうか。男は俺一人、残りは女の子だもんな。


「……え~っと、お客さん、お一人のご利用でよろしいかな?」


男は俺の顔を見て愛想笑いをこぼす。俺は慌てて首を横に振った。


「ああいや、そうじゃないんです。ちょっとお話を伺いたくて……」


「ああ?お話ぃ?冗談じゃない、ウチは喫茶店じゃねぇんだ。客じゃないならよそに行ってくんな」


男は露骨に態度を変えると、そのままシッシッ、と手を払った。

俺があたふたしていると、俺のわきからにゅ、とキリーが顔を出した。


「ねえ、じゃあお客さんならお話ししてもいいの?」


男は突然少女に話しかけられてたじろいだようだ。


「あ、ああ……客なら、文句はねぇが」


「じゃあ、このお兄さんがちょっと“休憩”してくから。待ってる間、わたしたちはお話し、聞いてもいいでしょ?」


「お、おい。ちょっと待ってくれ」


俺は慌ててキリーの肩をつかむと、後ろに引き戻した。


「なんで俺がここを使うことになってるんだ!」


「だって、ユキしか適役がいないじゃん」


そう言うと、キリーは俺越しにウェイターの男へ声をかけた。


「おじさーん。ここって、女の子同士はアリ?」


男はあきれた顔で答える。


「いいや、ウチはストレート専門だ」


「だってさ」


「いや、しかし……」


なおも言い返す俺に、ウィローは首を傾げた。


「いいじゃないですか。あなたがちょっといい思いしてる間に、私たちが情報を探っておきますから」


「えぇ?きみも乗り気なのか?」


「ええ。あ、嬢もなにか知ってるかもしれませんね。ヤるだけじゃなくて、そっちも仕事しといてください」


お、恐ろしい。この少女たちの貞操観念は、タガが外れているらしい。いや、この場合、染まり切れていない俺のほうが異端なのか……

俺は最後の救いを求めて、スーをみやった。


「うぅぅ~……」


スーは顔を耳まで真っ赤にして、もじもじしていた。視線は壁のほうへ向けているが、どうしても気になるのか、ときおりチラチラとこちらをうかがっている。


「っ!」


ばっちり、俺と目があった。スーは慌てて、顔をそっぽに向けてしまった。


(きみだけだ!まともなのは!)


俺は彼女が、地上に最後に残った、一輪の花に思えた……


「……おい、早いとこ決めてくれねぇか。やるのか、やらねぇのか」


「あ、はい。やります」


あ。

しまった、バカなことを考えていて上の空だった。


「よし、男一名だな。どうせ長居はしないから、ショートでいいな」


男は帳簿のようなノートに、てきぱきと書き込んでいく。終わるや否や、俺の背中をぐいぐい押し始めた。


「わわ、ちょっと……」


「あ、そうだ。ユキ!」


押し出される俺に、キリーが背後から声をかける。


「自分のやり方は、自分で決めるんだよ!じゃ、頑張ってね!」


キリーが言い終えるかどうかというところで、俺は廊下へと放り出された。


「向かって右、二番目の部屋だ。それじゃ、ごゆっくり」


それだけ言うと、男はさっさと元の部屋に戻ってしまった。目の前には、タイル張りの廊下がひえびえと続いている。


「自分のやり方、ねぇ……」


キリーのあれは、どういう意味だったのだろう。単なる助言なのか。まさか、プレイに関してどうこうってんじゃないだろうな。


「ええい、ここまで来たら腹をくくろう。なるようになれだ」


俺は薄暗い廊下をずんずん歩き出した。一つ目の扉を通り過ぎ、次の扉で立ち止まる。俺は深呼吸を一つすると、思い切ってドアノブをひねった。


続く

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