第4話/ Proposal


「という訳で、これからこの組でお世話になります」


俺はすっと頭を下げた。


「はぁ、まあこうなるんじゃないかと思ってましたよ」


いきなりの参入宣言にも、ウィローは至って平静だった。


「……本当に全然動じないんだな」


「だから言ったでしょー、みんな慣れてるって」


キリーの言葉に、ウィローも頷く。


「まあそれを含めなくとも、極道の出自があやふやなんて珍しくないですから。しかし……」


そこまで言うと、ウィローはちらりと横目でスーをうかがった。


「……」


スーはぼんやり遠い目で、虚空を眺めていた。心なしか、その顔は青く見える……


「あ、あの……スーは、どうしちゃったんだ?」


「ええ……まあ、少し。彼女は大人の男性が苦手というか……」


「え」


そ、そうだったのか。そういえば、初日からスーは一歩引き気味だった。


「な、なぁ。それって、けっこうまずいんじゃ……」


俺は呆然とするスーを気にしながら、小声でウィローに話しかけた。


「大丈夫……なんじゃないですかね。今までもこういうことは何度かありましたから。いい加減、やろうくらい慣れてもらいたいですし……それに」


ウィローの眉が、にわかにきりっとつり上がった。


「正直今はそれどころじゃないんですよね、キリー?」


「うえぇ……ひゃい……」


反対にキリーはへにょりとハの字になった。


「どうするんですか!あと一ヶ月を切ったんですよ!」


食い掛かるウィローに、キリーは頭の後ろで手を組んで、からからと笑った。


「あっははは、どうしようね~」


ブウン!


「わぁおっ!?」


ウィローの放った鉄パイプを、キリーは稲妻のごとき跳躍で回避した。


「ひ、一つしかない頭が吹っ飛んじゃうところだったじゃん!」


「それは残念ですね。ついでにもう少しマシなものと交換したらどうですか」


「わ、わ!もー二人とも、ケンカしないでぇ!」


なおも鉄パイプを振ろうとするウィローを見かねて、スーがわたわたと仲裁に入った。

……今後、ウィローは怒らせない方がいいかもしれないな。俺はひそかにウィローの脳内危険度を格上げしつつ、ソファの陰に隠れるキリーにたずねた。


「一カ月って、なんのことなんだ?」


「ええっと、わが組に差し迫った問題の期限でして……」


ぽりぽり頬をかくキリー。鉄パイプを置いたウィローが、ため息をついて継いだ。


「組の上層部へ納める金の捻出が、遅れだしているんです。今はまだ平気ですが、今後が……」


「『上納金じょうのうきん』、のことか?」


俺の言葉に、ウィローは目を丸くした。


「え、ええ。その通りです。私たちの組は『鳳凰会』の傘下ですので、本部にそれを送らなければならないんですが……」


「『商売シノギ』が、うまくいってないのか……」


ウィローが今度は眉をひそめる。驚いたような、いぶかしむような表情だ。


「……ずいぶん我々われわれの“用語”に詳しいんですね」


「うん?ああ、いちおう元ヤクザ……だからな」


「そうですか……いちおう、完全にデタラメということではないようですね」


じとーっとにらむウィローを見て、キリーが呆れた顔をした。


「もー、ウィローったら。まだ疑ってるの?いいじゃない、前にもやってたんなら、これから何かと役立つはずだよ」


キリーの言葉に、スーもうん、とうなずく。


「そ、そうだね。本職の人がいれば、心強いかも」


「本職って……スー、一応私たちもそうなんですよ?」


ウィローは額に手を当て、ふたたびため息をついた。


「ですが、正直……八方ふさがりだというのが、本音です」


どんより、という言葉を絵に描いたように、三人は肩を落としてしまった。


「……シノギの状況、そんなに悪いのか?」


「悪いっていうか……」


キリーは気まずそうに、ぽりぽりとほほをかく。見かねたウィローが再三ため息をついた。


「……ほぼ、壊滅的な状態です」


「え。えぇ?」


「うわーん!そうなんだよ~!」


ガン、とキリーがガラステーブルに突っ伏した。


「……なにか、よっぽどのことがあったみたいだな。今まではうまくいってたんだろ?」


「うん……」


キリーは鼻をぐすぐすいわせながら、体を起こした。


「おじいちゃん……先代の組長がいたっていうのは、前に話したよね」


俺は黙ってうなずいた。


「実は、おじいちゃんが居なくなったころから、ウチは傾き始めちゃったんだ……」




「今までウチのシノギは、全部おじいちゃんがしきってたんだ。お前たちは知らなくていいって、ほとんど手伝わせてくれなくってさ」


「え?それは、なんでまた」


「おじいちゃん、わたしたちがヤクザになることには反対だったんだよ。『お前らを拾いはしたが、極道にするつもりはない!』ってな感じでね」


「それは、まぁ……世間一般的には、そうだな」


「自分もヤクザのくせにね、あはは。結局無理いって組に入っちゃったけど、俺が死んだら足を洗えってのは、口ぐせみたいに言ってたっけ」


「そうか……親としては、立派だな。けど、今は……」


「うん。そのおかげで、わたしたちはシノギのノウハウをほとんど引き継げなかった。だから金策がまるでダメな、へっぽこヤクザが出来上がっちゃったわけ」


「なるほど……けど、今まではどうにかシノいでいたんだよな?」


「うん。唯一、わたしたちが手伝ってたのが賭場を開くことだったの。それでなんとか今まではやってきてたんだけど……」


「けど?」


「……先月の頭に、摘発喰らっちゃって。潰されちゃったんだ」


「……痛いな」


「そーなんだよ。頼みの綱が切れちゃって、いよいよ大ピンチ!で、今に至るってわけ」




「事情はだいたい分かったよ。しかし……そんな火の車で、よく俺を拾おうと思ったな」


「あはは……つい、くせで」


えへへ、とごまかすキリーを、ウィローが冷ややか~に見つめていた。


「まったく、もう……だから、それどころじゃないって言ったんですよ」


「い、いいじゃん!ユキは元は別のところでヤクザやってたんだし、なにか一発逆転のアイデアがあるかもしれないでしょ!ねぇ?」


キリーが、キラキラした目で俺を見つめる。


「いや、そんなこと言われてもなぁ……」


「え~?お願い、なんかない?このままじゃ兄貴に殺されちゃうよ~!」


う……この前の光景が頭をよぎる。あのおっかない兄貴なら、冗談ではすまなそうだ。


「それなら……他にできそうなシノギはないのか?」


俺の問いに、キリーは眉根を寄せて考え込んだ。


「う~ん……わたしたちでできることといったら~……」


するとキリーは、おもむろに自分の胸をぽよんと持ち上げた……


「やっぱお水?」


「ぶっ」


「き、キリーちゃん!」


スーがほほを赤くして、わたわたとキリーをいさめた。


「ダメだよ!女の子なんだから!」


「え~?逆に女だからこそじゃない」


「そ、それでも!」


「ちぇ。スーはマジメなんだから」


俺も、スーには賛成だ。キリーはけっこう可愛い顔立ちをしてるが、いくらなんでも……ヤクザに接待されたいと思う男は、いないだろうなぁ。


「あと残るは、強盗たたき恐喝ゆすり……くらいかなぁ」


「っ!」


思わず、息をのんだ。今、キリーが平然と言ってのけたのは、まぎれもない犯罪……いや、賭博だって非合法だが。それとは一線を画す、明確な悪意だ。


(って、ヤクザの俺が何言ってるんだ)


犯罪と隣り合わせなのが極道ってもんじゃないか。記憶をなくしたせいで、そのへんの感覚もフラットになってしまったらしい。


「けど、できればやりたくないかな」


え?予想外のキリーの言葉に、俺は目を丸くした。


「おじいちゃんがいってたんだ。義を重んじて、仁に生きる。極道を往くことはあっても、人の道を外れちゃいけない、って」


「それって……」


仁義の教え。今時、そんなことを言うヤクザが残っていたのか。


「だからわたしは、別の道を探したい」


「……ですが、キリー。もはや、四の五の言ってる場合ではないです。あなたも分かっているでしょう!」


ばん!ウィローがテーブルを激しく叩いた。


「今やらないと、私たちが殺されます!運よく生き延びても、組は確実に潰されますよ!金も稼げない穀潰しを置いておくほど、“本家”も甘くはないですから」


「けど、ウィロー……」


「どうせ私たちは、出来損ないの落ち目ヤクザです。逆立ちしたって妙案は出てこないでしょう。なら、体を張るしかないじゃないですか!」


ウィローはいつの間にか取り出したのか、片手に握った鉄パイプで、コォン!と床を突いた。


「私は、タタキに賛成です。今はたとえ奪い取ってでも、金を手に入れるべきです」


「ウィロー……」


キリーは困った顔で、俺にすがるような視線を向けた。そんな顔されるとな……少し、知恵を絞ってみるか。


「……ウィロー。俺も、キリーと同意見だ。道を外すには、まだ早いんじゃないか?」


「……まだ早い?」


ぴくり。ウィローがこめかみをひきつらせた。


「……あなたはまだ新入りだから大目に見ましょう。これが少しでもウチの事情を知っている者の言葉だったら、遠慮なく張り倒していましたが」


「切迫した問題なのは理解しているつもりだ。だけどタタキやユスリじゃ、一時の金は得られても、長続きしない。それじゃ問題を先送りにしてるだけだ」


「今がしのげれば十分です!いま生き延びなければいけないのに、未来の心配をしてどうするんですか!」


「もっといい方法があるはずだ。今を切り抜け、未来も手に入れる、そんな手立てが……俺が、そいつを見つけてやる」


「ほぉ……言いますね」


ブゥン!鉄パイプが、うなりをあげて振り下ろされる。その切っ先は、俺の鼻の先にびしっと突き付けられた。


「大口を叩くやつは嫌いじゃありませんが、口先だけの男ほど見苦しいものはありません。言ったからにはケジメはとってもらいますよ」


「ああ。一日くれないか。それでダメだったら、おとなしく組員として従うさ」


「……わかりました。どうせ無駄でしょうけど」


ウィローは俺に突きつけた鉄パイプをゆっくり下した。


「ですが。待つのは今日いっぱいです。これ以上、無駄な時間を浪費するわけにはいきませんので」


今日いっぱい……今が朝だから、丸一日も無いことになるな。


「ウィロー、それはいくらなんでも……」


「いや、いい。分かった。それで呑もう」


ユキ!?とキリーがこちらを見るが、俺はただ黙ってうなずいた。どのみち、あまり時間をかけられないのは事実だ。それに、ここで駄々をこねるようでは、彼女ウィローの信用は得られないだろう。


「……せいぜい口ばかりにならないことを祈ります。では」


ウィローはぼそぼそと捨て台詞をつぶやくと、すっと部屋から出ていこうとした。


「おっと。待ってくれよ、ウィロー。きみにも協力してもらいたいんだ」


「……はい?」


何を言ってるんだ、という顔でウィローが振り返る。


「俺に、この町を案内してくれないか。できれば、みんなの意見を交えながら」


多少強引にでも、ウィローには一緒に行動してもらいたい。俺の見立てでは、口でどうこう言うよりも、実際に見てもらったほうがすんなり納得してくれるはずだ。


「今日だけ、俺に付き合ってくれないか?」


「はいはい!わたしは賛成!」


ぴょんと跳ぶと、キリーは俺の腕に抱き着いた。


「わたしはユキについてくよ。スー、ウィロー。二人は?」


「……組長が、そう言うなら」


「う、うん。わたしも……」


二人がうなずくと、キリーは満足げににっこり笑った。


「よし、決定!ユキ、いこいこ!」


キリーはぐいぐいと俺の腕を引っ張る。なんだか犬みたいだ、と笑いそうになってしまった。


「ところでユキ。この町の、どこを見たいの?」


「ん、そうだな……繁華街とか、メインストリートとか。この町で、一番活気のあるところを」


「かっき?」


「ああ。まずは、これからシノいでいく場所を知っとかなきゃな」


続く

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