第13話 清廉騎士団、団長



 ヴィスラは氷柱が飛んできた天井の辺りを見やるが、そこには何もない。

何もない天井辺りの空間から、氷柱は止めどもなく降り注ぐ。



「あァ、 鬱陶うっとうしいさねっ!」



 ヴィスラは氷柱を砕き、はたき落とし、避けて回る。

それでも氷柱はヴィスラに向かって降り注ぐ。そしていつの間にやら、ヴィスラは壁際にまで追い詰められていく。



「誰さねっ!? まったく、小賢しいさねっ」



「……小賢しくて結構。お前みたいな化け物と真っ正面から戦いを挑むほど命知らずじゃないよ。 ”凍てつき場マイナ・ガガン”」



白銀の鎧に身を包んだ男が一人。


 いつの間にかルゥの横に立っていた男が地面へと手を付けながら呪文を唱える。

たちまち地面は冷気を帯びて霜が降り、一気にヴィスラの足下まで冷気が迫る。



「ちィッ」



 ヴィスラの足下の地面が氷漬けになり、ヴィスラの足もまた氷漬けとなった。

咄嗟にヴィスラは足を動かそうとするが、完全に固定されてしまっていた。



「お前が”ごくと”の厄災か。聖女様が言っていた通りの凶暴さだな」



「はっ、意味も分からずに襲ってこられたら誰だって暴れるさね」



「だ、だんちょ……すみ、ませ……」



 ルゥは息も絶え絶えになりながらも、その男に向かって謝罪の言葉を述べる。

団長と呼ばれた男はルゥの頭を優しく撫でると、臓腑がはみ出した左脇腹を氷漬けにする。



「ふう、とりあえず応急処置はこんなもんかな。 ……さて、と。僕たちはこのまま逃げさせてもらうよ」



 そこまで団長と呼ばれた男が話した時にヴィスラは気が付く。

辺りに何人も居たはずの騎士団の射手たちが消えていたのだ。



「こんなものでアタシを止められるとでも思ったさねっ!」



 ヴィスラは息を吸い込むと、氷漬けとなった足下に向かって黄金色の炎を吐き出す。

一瞬で氷は溶け、ヴィスラは完全に自由となる。そしてその黄金色の大炎を団長に向かって吐き出そうとした瞬間、ヴィスラの鼻先に水滴が落ちる。



「……雨さね? いや、ここは砦の中。雨なんて降るはずが」



 滴がすぐに蛇口を捻ったような水流になり、至る所で同じようにあふれ出す。

あっという間にヴィスラの膝下辺りまで浸水し、ヴィスラの炎が掻き消える。



「……アンタ、この私の砦に何をしたさね?」



「ん~ふふ。このダンジョンの壁や天井にはいくつも細い水路があってね。それをちょいと凍らせてやればこの通りさ」



 ルゥを肩で抱えた団長は自身に迫る水を凍らせながら、どんどんヴィスラから遠ざかっていく。

団長はヴィスラが濁流に呑み込まれつつあるのを見てから、悠に視線を向ける。団長は悠の姿を見て眉をひそめると、吐き捨てるように言う。



「君もこのまま死んでいってくれると嬉しいんだけどな。”汚れた龍混じり”」



「えっ?」



 いつの間にか悠は右目の色が紅くなり、オッドアイになっていた。

それに加えて、髪の毛も燃えるよな赤色に変化していたのだった。



「龍混じり? それはなんだっ!?」



「……ふんっ、死んでいくヤツに喋っても意味なんてない。お前らはここで朽ちていくんだからなっ!」



 団長はそのままルゥを抱えて、入り口に向かって走り出す。

後に残された悠とヴィスラは土砂混じりの濁流に飲まれ掛けており、身動きが取れないでいた。



「悠っ、こっちに来られるさねっ!?」



 ヴィスラは悠に向かって手を伸ばしながら、叫ぶ。



「この釣り竿を伸ばして、今助けるぞっ!」



 悠もまた濁流に飲まれ掛けながらも、釣り竿を伸ばしてヴィスラを助けようともがく。

ヴィスラは釣り竿の先を掴むと自身の方へとたぐり寄せる。



「ヴィスラ、何をやって……っ!」



「こんなところではぐれたらこのまま死んじまうさねっ! 悠、アタシに掴まるさねっ」



 ヴィスラは首元の辺りまで濁流に飲み込まれていた。流されないように尾で体を支えながら釣り竿をたぐり寄せて、悠に向かって手を伸ばす。

一方で悠は躊躇をしていた。



「いや、そんな濁流の中に入ったら流されるだろっ!?」



「それが良いんさねっ。さァ、アタシの手を取りなァ!」



 悠の手がヴィスラに向かって伸びる。

ヴィスラもまた手を伸ばし、2人の指先が絡み合い握り合う。



「よしっ、捕まえたさっ……!?」



 ヴィスラが言葉を言い切る前に、一際大きな濁流が悠とヴィスラに襲いかかる。

悠の視界は灰色一色に染まり、そこで意識を手放したのであった。

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