第9話 解放、異変の兆し-2

悠は片手に水を汲んだバケツを手に走り出す。



「ハァ、ハァ!」



 悠は息を切らし、手に持ったバケツからは水がビチャビチャと振動で溢れ、零れる。

だが、悠はバケツの水が零れていることなど、些細なことであった。



「まさか、あの契約を、ハァ、したから、ハァ、こんなことに」



 悠は自身と 血魂けっこんの契約をしたときを思い出す。欲深な龍、ヴィスラとの契約をしたときのこと。

激しい頭蓋を割るような痛みと目から流れたおびただしい血。この悠の変化の原因はそれしか考えられなかったのだ。



 息を切らし、大きく腕を振って全速力でヴィスラの元へと戻る悠。

半ばパニックになって走ったために、バケツには既に半分程度の水しか残って居なかった。



「あァ、こんなに早く帰ってくるなんて、なかなか良い心がけさね」



 ヴィスラはケタケタと笑いながら、予想よりも早く帰ってきた悠を褒める。

ヴィスラは喋りながらも口から小さな火球を噴き出して、落ち葉に火を点けていたところであった。



「いやっ、そんなことより!」



「あァ?」



「この赤い髪と右目っ!」



 ヴィスラは悠の顔をまじまじと見ながら、枯れ枝をたき火にくべる。

ぱちり、ぱちりと枯れ枝が焼かれる音が鳴り、あとは悠の荒い息づかいのみ。



「まァ、似合ってるほうさね。なにか不満でも?」



「こんなこと聞いていないっ」



「まァ、落ち着きなさね。なっちまったもんは仕方ないだろ? それにそれは一時のものさね」



「へっ?」



「アンタ、さっきからずっと興奮したり怖がったりしたさね。それは防御作用なもんで、悠が落ち着けば元の黒目黒髪に戻るさね」



「えっ、そう、なの……」



「……ところで、悠。アンタ、水がほとんど中に残っていないさね。もう一度、水を汲んできて欲しいさね。 ……頭を冷やすついでに、さ」



「……?」



「アンタにこの”世界”のことについて教えてやるさね。あと、”これ”もさっきから気になっていたんだろう?」



 ヴィスラは耳に付けた白金のイヤリングに触れながら悠に尋ねる。

悠は『そこまで見ていなかったはずなのに』と考えながらも無言で首を縦に振る。



「このイヤリングはアーティファクト”万物の声”って言われてるものさね。で、これが悠、アンタがウチに帰るための道しるべになるものさね」



「それが、俺が元の世界に帰るために必要なもの?」



 悠は身を乗り出さんばかりにヴィスラに詰め寄るが、ヴィスラは手の平を広げて悠を牽制する。



「話はここまでさね。続きは悠、アンタが水を汲んできたら話してやるさね」



「……すぐに汲んでくる」



 急いで駆けていく悠の後ろ姿を見ながら、ヴィスラはたき火に枯れ木をくべるのであった。

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