第9話
僕は物置小屋のなかでしゃがんで中学校の卒業アルバムを眺めていた。ふと、後ろに誰かの気配を感じて振り返る。
「気のせいか」
赤い卒業アルバムを段ボールの中に再び封印して、物置の扉を閉める。家に戻ろうと歩き始めたとき、木下で暗闇に浮かぶ瞳を見つけた。
「なぁんだお前か」
そこには朝、僕が転んで自転車を川に落とした事件現場を唯一目撃したあの黒猫がいた。できるだけ目線を近づけようとしゃがむ。黒猫は僕なんか気にも留めない様子で、喉を鳴らして後ろ足で首元を掻いている。僕は黒猫の前で腰を下ろす。朝と同じように目を見つめる。ほんのりと黒猫の気持ちがわかるような気がした。たぶん馬鹿にされている。
近くに生えている猫じゃらしをちぎる。
右。左。右。上。下。
黒猫は目で猫じゃらしの先を追うけれども、手で捕まえようとはしてくれない。とうとう目で追ってくれさえしなくなった。
次に僕は触れようと猫の顎に手を伸ばした。手が近づくにつれて猫はあからさまに嫌な顔をする。あとちょっとで触れることのできる距離で、黒猫は鼻をスンッとならして家の敷地から出ていった。僕も鼻から溜めた息を吐きだした。
一人その場に残された僕は、ポケットからスマホを取り出した。一真から通知が2件来ている。スマホを開いて確認する。
一真とのトークルームには『はい。これ』という言葉と、新聞記事の写真が送られていた。新聞記事には【大阪 いじめで自殺】という黒字に白抜きの見出しと共に、死んだ彼女の写真が載っていた。
僕は写真をちらりと見た瞬間に背筋が凍った。周りの虫の声が僕の中で反響して大きくなった。息が荒くなる。急に後ろに空間ができたような。
もう一度写真を見る。やはり間違いない。今日転校してきた佐藤さんだ。
見間違いかと思い、しっかりと記事の写真を見る。さすがに無茶苦茶似ているだけか。死人が生き返るだなんてあり得ない。生き返る確率と無茶苦茶似ている確率を比べたらなら、無茶苦茶似ている可能性がとても高く感じられるほどに、生き返る確率は低い。というか無い。
一瞬変な勘違いをして焦った自分に腹が立ってきた。
「今日転校してきた女の子に無茶苦茶似てたからびっくりしたw」
一真にLINEを返す。
スマホを見ながら玄関を開けて家の中に入る。もう一度写真を見返す。よく見てみる。やはり似ている。ドッペルゲンガーという話を聞いたことがある。今まさにそれを体験しているのであろう。自分の中で結論が出て、ほっとしようとした瞬間。あることに気が付いた。
記事の写真の中の飯島さんも、口元にほくろがあった。
本当にとても良く似ているだけなのか。それとも生き返ったのか。今日初めて出会った佐藤さんを思い出す。釣りをして。教室で会って。喋って。それから。。。
佐藤さんとの会話を思い返した僕はまた、冷や汗が出るのを感じた。
佐藤さんは大阪出身と言っていた。
偶然だろう。偶然だろう。生き返ったという説を完全に無視して、僕はただ自分に偶然だと言い聞かせていた。
佐藤さんは幽霊なんかじゃない。
埃まみれの物置に入って汚れた服を着替える。とてもお風呂に入って目をつむって頭を洗うような勇気は無い。
さっき感じた目線が本当に猫だったならいいんだけれども。
僕は階段を駆け上がり、ベッドの毛布にくるまった。
愛は愛より出でて愛より青し(仮) @HirotoAkagi
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