第8話

...僕は何度も一真からのメッセージを見返した。あの飯島さんが。




 告白できなくて、記憶から消そうと消そうとしていた人間が死んで、なぜこんなにも苦しいのだろうか。とても苦しい。実際にこの世から消えたんだから嬉しいはずじゃないか。僕は諦めたんじゃないか。あの時、思い切って告白していれば。僕は永遠に叶うことのない願いが産まれたんだと悟った。同時に苦しんでいる心が軽くなったようにも思えた。




 人間である限り死ぬんだ。いつか死ぬんだ。早かっただけ。僕にとって死が初めての体験なだけであって、毎日毎日人は死んでいるんだ。




 心の中で死はしょうがないと言い聞かせるうちに、少しずつ飯島さんの死を受け入れることができた。




「それってまじ...?」




 『残念だけどマジ。』




 『ニュースにもなってたけどな』




「ニュース?」




 『まちがえた。新聞』




「まじか...」




 『お前のために新聞記事切り取っといたから送るわ』




「う、うん」




「いつ死んだの?」




 『今年の3月』




「死因は?」




 『自殺』




「え、なんで飯島さんが自殺なんて」




「彼女はいつも元気でいじめられるような子じゃなかったじゃないか」




 『中学ではそうだったけど、高校入って状況が変わったらしい』




 『お前が引っ越してからだな』




「そうなんだ」




 スマホの画面から目をそらし、少し目をつむる。真白な天井に遮られているはずなのに、空で瞬く星が見えたような気がした。飯島さんはもうこの世に存在しない。彼女の肉は火葬されて土になった。彼女の血は蒸発して水になった。今日食べた晩御飯の生姜焼き、サラダに、彼女を構成していた原子が入っていたのかもしれない。大阪から、彼女の吐息が風に乗って僕の肺まで届いていたかもしれない。僕の身体は彼女のおかげで成り立っているのかもしれない。




 一瞬にして世の中すべてのものが愛おしくなった。




...そんなわけないか。




 ベットから起き上がり、家の階段を降りて、玄関から外に出た。虫たちは、愛を求めて必死に鳴いている。ひんやりとした夜風の中で空を見上げる。家の中で見た気がしたような星を探す。そこに同じ星はなかった。




 物置の扉を開ける。どこだっけな。風呂に入ったばかりなのに埃だらけの物置を手荒くかき回す。




 しなびた段ボールの中から、赤い絨毯のような生地の表紙の卒業アルバムを引っ張り出した。僕と飯島さんは3-5だった。




居た。




 飯島さんは眩しすぎるほどの笑顔で枠の中に収まっていた。




 今まで絶対に見ることのなかった卒業アルバムを見た。飯島さんは、僕が思っているよりも僕は好きだったのかもしれない。




 数分、数十分、卒業アルバムを眺めていた。




最後のページに寄せ書きがあった。




飯島さんからのメッセージは無かった。

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