第6話

「言い忘れてたわ。わたし釣りをするのが初めてなの。どうしたら釣れたってわかるのかしら」

 

 一瞬釣りがはじめてだという事に驚いたが、女の子ならあってもおかしくないなと思った。

 

「魚が食いつくと竿が細かく震えるんだ。特徴的だから確信できるよ」

 

「そうなのね」

 

 糸を垂らして数分が経つ。

 

「手がつかれてきたわ」

 

「変わろうか」

 

「うん。おねがい」

 

 彼女から釣り竿を受け取る。持ち手が彼女の体温で温かい。

 

「ずっと持って待つっていうのは疲れるわね」

 

「もう慣れっこだよ」

 

「強いのね」

 

「あ!いいこと思いついた!」

 

 そういうと彼女はふと立ち上がり、辺りを何か探すかのように見渡し始めた。

 

「これと、これと、あとこれがちょうどいいかしら」

 

 そう言ってかがんで何かを拾い上げた彼女は、こぶし二つ分ぐらいの石を3つ抱えていた。

 

「それで何をするんだい」

 

「待ってなさい」

 

 彼女は拾い上げた石を三つとも地面に置いてから、そのうち二つを手に取って、寄り添うように並べた。

 

「大翔君、釣り竿貸してくれるかしら」

 

 そういって彼女は僕の手から釣り竿を受け取ると、二つの石の間に釣り竿をはめた。そうしてもう一つの石を、釣り竿が前に倒れないように、お尻の部分を抑えるように置いた。

 

「じゃじゃーん。恵梨花特製釣り竿持ってくれる装置!これでずっと持っていなくても大丈夫」

 

 呆れ顔で彼女の顔を見る僕に彼女は言う。

 

「ただの三つの石だからってバカにしちゃだめよ。わたしに掛かればただの石じゃなくなるんだから」

 

自慢げに装置を自慢する彼女を見て、僕はおかしくなって吹き出してしまった。

 

「あはは」

 

「何がおかしいのよー。現に今、手が楽でしょ?」

 

 そう言われると確かに、と思えてくる。変に納得した僕の顔からは笑顔が消えて、逆に羞恥の表情が浮かび上がってくる。

 そんな困っている僕を助けるかのように、竿が小刻みに揺れ始めた。

 

「あっ、竿が揺れてる!」

 

 僕の言葉を聞くや否や、彼女は驚くような速さで竿に手を伸ばし、思いっきり釣り竿を引き上げた。物凄い勢いで引き揚げられたは、その力を受けて辺りを暴れまわった。

 

「ちょっと、佐藤さん!」

 

 僕の声は届かなかった。彼女は、釣り針に掛かったものが魚だと思っているに違いなかった。しかし現実は、僕のカッターシャツの胸にある校章に掛かっていた。

 

「すごい!大物だ!」

 

 彼女は初めての釣りの初めての当たりに完全に飲まれていた。

 

「ち、ちがう!」

 

 次の瞬間、僕の必死の呼びかけも虚しく、竿を引き続ける彼女の力によって、僕の校章は胸から宙へと飛んで行った。

 

「んっ?」

 

 急に軽くなった感触で我に返った佐藤さんは、何が起きたのかわからないといったように辺りを見回した。すこし見回した後で、彼女は針に掛かったを見つけた。


「ん?」


 まだ状況が理解できていないようなので、僕が何が起きたか説明する。


「佐藤さん、針に掛かったのは僕の校章だよ......」


 その言葉を聞いた彼女は、僕の寂しくなった胸元に目を向けて、初めて状況を理解したようだ。


「ご、ごめ~~~~~~ん!!!!!」


 慌てて針から校章を取り外し、僕の胸元へと駆け寄る。


「ほ、ほんとにごめん!」


「大丈夫。目とかじゃなくて本当に良かった」


 言った後、彼女と僕は目を合わせてぞっとした。本当に目じゃなくてよかった。本当に。


 佐藤さんはその後何度か試したけど、1匹も釣れなかった。センスが無いのかもしれない。



 いつの間にか空は暗くなってきた。陽が沈むからというよりかは、黒くなった入道雲のせいに思えた。遠来が聞こえる。


「雨、降りそうだし帰ろうか」


「うん、そうだね。ごめん」


「もう気にしてないよ」


 僕と彼女はカバンと釣り具をもって川べりを上った。上がる途中、ぽつりぽつりと

大粒の雨が降り始めた。雨粒は夏の太陽に熱された地面については乾いた。それによって雨の臭いが立ち込める。次第にアスファルトも、落ちてくる雨粒すべてを蒸発させることができなくなる。


「まずいね!」


雨音でかき消されないように大きな声で言う。


「佐藤さん、傘持ってる?!」


「持ってない!」


「自転車で家まで送るよ!!」


「うん、お願い!!」


 そういって素早く自転車にまたがる。佐藤さんのカバンが濡れないように僕のカバンを上に乗せる。急いでいるから速度を出さないといけない。けれども後ろに乗る佐藤さんのことを思うと、事故を起こしてはいけないと思った。地面の凸凹や、濡れたマンホールの上を通ることを避けつつ、佐藤さんの家の前まで着くことができた。


「ありがと!!!」


「こちらこそありがと!楽しかった!」


「じゃあ、また明日!」


 雨に打たれながらだったから、僕と佐藤さんは特に話すこともなく別れた。


 

 

 

 

 

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