第5話

そういうわけで怪しまれない程度に用意された部屋に必要なものは移動させつつ、アルテナは地下に潜むことにした。息を潜めて、何が起こるのかをじっと待つ。幸いにアルテナがここで作った機材や撤去した壁の廃材などが至る所に散らばっている。整理されて綺麗とは言い難いけど、隠れる事には持ってこいの状況(シチュエーション)ではあった。


少し経っても何も無く静かで、また暇になったアルテナはまず別の興味を満たすことにした。


(食事の時のストレージバックについて詳しく聞けなかったからさ、ユウ、教えてくれない?)


声が聞かれてしまったらまずいと思い脳内会話をするアルテナ。ユウはすぐに話し始めた。


《ストレージバックの存在はあくまでも推測です。マスターの幼少期に読んだ本の中に記述がありました。》


アルテナは、こっちに来て半年ほどは意欲的に色々本を読み漁っていたけど、その殆どは忘れてしまっている自分に少し情けなさを感じつつ、ユウに続きを促す。


《本のタイトルは『配達屋の英雄』です。内容は必要ですか?》


必要ないです…。それ幼児書だったはずなんだよ。制作の手段も書かれていなかったはず…?だよね?


《マスター、違います。制作の手段については一切の記述がありません。話の主人公は制作したのではなく、発見しました。使用の記述のみですね。》


そうだっけ?作れたりする?)


《魔法、若しくは、魔術の知識が必須となるでしょう。また書庫でも漁りませんか?》


(時間があればそうしようか。魔法と魔術って違うの?)


《そうですね。その話はまたにしましょう。人が来ます。》


(自分がなぜここに居るか忘れてたよ。)


アルテナは入り口に注意を向ける。鍵なんてものは掛けていない。扉が開く音と共に揺れる灯りが辺りを心許なく照らす。松明かな?


鎧を着た二人の衛兵の姿が見える。その間にはボロボロの衣服を纏った少女と少年の二人が連れられている。まぁその判断は髪の長さだけなのだが。不思議なのはどちらも目隠しをされている事だ。衛兵は子供二人を捨てるように引っ張り投げる。


無性に止めたくなる衝動を堪える。アルテナが出ていけば、衛兵はアルテナの言う通りに動くだろう。腐っても王家の三男坊なのだ。しかし、アルテナは今ここにいてはいけない人間でもある。大人しくしているのが1番である。


そうこうしているうちに、衛兵は居なくなった。それを確認すると、アルテナはそっと物陰から出て、灯りをつける。ボタン一つで着くのだ。いやー頑張ったかいがありますよ。湯気が年中吹き出すという場所が見つかり、誰も興味を示さなかったが、ユウが地熱発電が可能なのでは?という天啓のもと、着手して、今では安定して電気が得られている。勿論この区画分だけだけどね。


(目隠し越しでも灯りが着いたのがわかったのだろうか。抱き合っている。これはどう話しかけても怖がられるよね?)


《そうですね。変に気を使うよりも、素っ気なく対応するのが良いと思われます。》


(素っ気なくってどんな感じなのでしょうか、ユウ!)


ということで、ユウから脳内でレクチャーを受ける。そしてアルテナは意を決して話しかけた。


「君たちは誰なの?」


(たったその一言で彼らはビクッと震える。なんだかな……。そんなに怖がらなくてもいいじゃん。)


「何か言わないと分かるものも分からないからさ、せめて名前くらいは教えてよ。」


ユウ曰く謙って言っても効果は薄いとのこと。少し上から行く方がいいらしい…。先ほどのレクチャーに一抹の不安を抱えつつもほかに当てになるものもないアルテナには従うしかなかった。


不安になる静寂。その後長髪の子供が口を開いた?


「さ、サーヤっていうの。こっちは弟のトーヤ。」


短髪の腕を引っ張りながら答える。目隠しのせいか、アルテナのいる方向とは別の方を向いてはいるが。ここは地下なだけに良く声が響く。音だけで相手の位置を探るのは至難の業だ。そこでアルテナは悩む。目隠しを取るか否か・・・。


(どう思う、ユウ?)


《目隠しの理由があるのかもしれません。一度問うのは如何でしょう?それからでも遅くはないと考えます。》


(あっ!良いね、それ。採用。)


「どうしてここに来たのだ?簡単に来れる場所ではないだろう?」


その問いに、サーヤと名乗った長髪の子が答える。要領を得ない話であり結局わかったのは王城から遠い村の出身だと言う程度である。目隠しの理由については、ええっと…その……みたいなもので話が進まない。あまり乗り気はしなかったが、無理矢理目隠しを取ることにした。その時に抵抗はされ無かったが、サーヤがポツリと、目だけは見ないで下さい。と言った。


「目隠しを取っても、目を閉じてたら意味が無いだろ?」


目隠しを取るのは簡単だが、目を無理矢理開かせるのは無理だ。サーヤもトーヤも反応しない。頑なに目を開けようとはしない。


(ユウ、どうすればいい?)


《風呂と食事を済ませるべきです。少しずつですが心証を勝ち取るべきかと。》


(ナイスアイデア!と言いたいところだけど、兄達はアルテナがこの区画から出るのはそう長くはならないって言っていたし、時間的にそれは厳しかったりしない?)


《マスターの懸念は最もです。失念していました。》


(悩むな…。取り敢えず心証とか以前に、この二人は年相応以上に細い体をしているし、この部屋に常備してある食べ物を差し出す事にすることにするか。)


そうとは言っても、勿論豪華なものなんて出てくるはずもない。保存が聞くことが前提なのだし、何とか電気を引いたとはいえ冷蔵庫なんてものは無い。そんなわけで、出したのは煎餅である。不味くもないが上手くもない。アルテナとしてはそれと水さえあれば一週間は余裕で生きられる。


そんな訳で、小皿にとり二人の前に置く。


「お腹減ってない?非常食で悪いけど、食べたいならどうぞ。」


アルテナが煎餅をガリガリと噛むのが好きであったためそのまま出した。この世界の主食が何かは知らないけど、この国では米は一般的だ。いや、正確にはアルテナの前に出される料理の中ではの話。外なんてほとんど出てないし知らない。実は米は高級食材でした、なんてことがあるかもしれない、なんて意味不明なことを考えるアルテナ。


サーヤとトーヤは手探りで煎餅の入った小皿を見つけ、口に含む。その瞬間に目が開かれた。


(さてどうしたものか余りにも不味かったのかな…?)


煎餅を食べた二人は目を閉じるのも忘れて目を見開いている。そしてその目は紅かった。

「目、開いてるけど良いの?」


一応聞いておく。この質問ではなかった感が凄いが、まぁ誰も文句は言わないだろう。


彼らの目の前に手を広げ、手を振ってみるが、反応がない。固まっている。


(…………?ユウ?)


《はい、マスター?》


(あ、良かった。ユウまでフリーズしていたらどうしようかと思ったよ。それにしてもこの子ら大丈夫かな?)


《不明です。…………、そもそもこの二人に脈がない気がします。一度調べてみてください。》


(脈が無いって、それって死んでるよね?煎餅が不味くて死とか、僕は責任とか知らないよ?)


適当な言い訳をしつつ、サーヤの平らな胸に触るのは忍びなかったので、ここまで無言を貫いていたトーヤの胸手を当てる。


(…………ん?動いて無くない?ちょっと待って、乾飯食べたら死ぬとか半端無くない?煎餅ってそんなに劇物だった?)


《いえ、煎餅にはそんな効果はありません。…………多分ですが。》


(心配過ぎる……。アルテナの知識的には判断がつかない。この国の人には有毒……そんな訳ないよね?さてどうしたものか。)



ユウと話し合った末に出した結論は、サーヤとトーヤを取りあえず何かしらのショックを与えることが出来れば、進展を得られるのではないかという仮説であった。


ずっと二人を観察していた。時には目隠しを再度して見たが無駄だった。瞼を閉じさせようと少し、頑張ってみたが、ピクリとも動かなかった。その過程で、サーヤの目の中で猫のような影を一瞬だけ見えたように感じた。自信が無く、ユウに問うと静止画を再生してくれた。全くのブレが無くてしっかりと四足歩行の猫型っぽい影が確実に入り込んでいた。


(いやー、アルテナが見ている映像は全て保管されているんだってさ。ちょっと、ユウの記憶力っていうの?に引きましたよ……。でもそれのお陰でどうやら時間は止まって無さげ…かな?考えのひとつに時間停止的なものという考えがあったけど、どうやらそれは否定できそう。)


しかし、体を揺さぶろうとしても、動かないのだ。かといって、絶対に動かない訳ではなさそうな、微妙な感覚。そんなことをアルテナはユウに伝える。


《マスターだけが別の時間軸に居るのではないでしょうか?》


(へ?それってさっきアルテナの出した一つの結論が否定されてるよね?)


《あくまでも推測ですが、マスターの一時間がトーヤ、サーヤ達の時間的には一秒と言った具合です。》


(あ、無視ですか。けど何となく分かったと思うけど何すればいいの……。)


《つまり、ここで幾らマスターが世界に干渉しようとしても、向こうに反映されるのにこちらでは有り得ない程の時間を有すると言うことです。》


(でも物は普通に動くけど……?)


アルテナはそう言って、近くにあるがれきの破片を持ち上げる。


《……。》


(ユウでもそこは矛盾点なのか。この状況が彼らによるものなら、何らかの手段で妨害できれば良いんだよね?)


《……。》


(ユウは自分なりに結論が出るまで黙るだろうし、勝手に動いてみようかな。とは言っても、魔術ないし、魔法の知識なんてものはすっからかんなので、頼るのはエレクトロニクスの力なのだけどね。)



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