第3話

《…………再起動完了。電気伝達系回路の喪失を確認。自身の存在可能性は皆無。本来再起動可能性も皆無。自身の存在と現状は矛盾。明確な回答は導けません。…………ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを要請します。ヘルプを……ヘルプを…………。》



それは心地よい目覚めだった。太陽の光をめいいっぱい浴びて起きる、そんな感じ。目の端に溜まった小さな涙を手で拭う。死んだかと思っていたがどうやら無事だったらしい現状に胸を下ろす。少しだけ体に違和感を感じたユウヤは自分の体をあれこれといじくる。怪我をした腹部には傷跡1つ無い綺麗な肌がある。進歩した現代医療に感心する。


「あー…あー。」


声もちゃんと出る。少しいつも聴いている自分の声と違うような気もするがそれ以上に気になるのもが見つかり、無視する。頭の奥底の方で何かがいる気配を感じるのだ。今までに感じたことの無い未知の感覚。目を閉じそれに意識を集める。


《ヘルプを……ヘルプを……。》


ユウだった。壊れた機械のように同じ言葉を延々と並べている。完全に思考停止していた。取り敢えず馴染みのある感覚で、前の体と同じようにユウに話し掛けてみる。


(おーい?全然大丈夫じゃなさそうだけど、大丈夫か…?)


《……!!まま、マスター!今までどこに行ってたのですか!マスターが不在の間に私の中に重大な矛盾が発生しました。解決を要請します。》


(そんなこと言われも…。自分の現状すら分かっていない僕に明確な答えなんて出せないよ。それでもいいなら言って…)


よっぽど切羽詰まっていたのか、ユウはアルテナの言葉に食い気味に質問を投げかけた。


《私何故動いているのでしょうか…?》


(そりゃ、電気回線…がある…から?これって僕の元の体じゃないよね…?ってことはそんな改造手術なんて施されていないはず。それなのにユウが動いている。動力となる電気無しで、電子機器が動いてる?そもそも、ユウの本体となる機器はあるのか…?)


《……!!私の本体が無くなっています!………つまり!________どういうことでしょう?》



僕がユウと現状確認をああでも、こうでもと話していると、ガチャっと扉が開く。扉を見るとそこにはふわふわなメイドがいた。



ユウ。画像を記録。


《了解。ファイルを増設。“マスターの趣味”へと保存完了。》


ユウからとても不名誉な声が聞こえた気がしなくも無いが、今は今目の前にいる、美しきメイドを自身の脳内メモリに保存すべく忙しいのだ。耳よりも少し長めで、少しだけ明るい髪質のボブカット。そしてそこに当たり前のように鎮座するホワイトブリム。膝下丈で、白と紺のチェック柄のスカート。胸元は胸を強調する訳ではなく、服装全体のデザイン性を重視した白いカッターシャツが覗ける。


……完璧だ。元の世界の給金の為にするなんちゃってではなく、正真正銘のメイド。ああもう満足です…。


そんなことを考えているとは知らないメイドは、ベッドに座るユウヤを見て大きく目を見開く。そして、


「マリー様!!アルテナ様が!アルテナ様が!!お目覚めになられました!」


大声でそう叫び、何処かへと行ってしまった。そして直ぐにドレスを着た金髪の美しい女性が部屋へと入ってきた。


「アルテナ様…。良くぞご無事でした。」


(…………僕がアルテナなのかな…?)


《その解釈で間違いないでしょう。反応に困った時はニコッとしておけば九割方何とかなります。》


ユウの助言を元にニコッと金髪の女性にしておく。そして、先程のメイドが料理を運んでくれてきれた。


「アルテナ様、料理をお持ちしました。どうぞこちらの机へ。」


事態にあまり付いていけない僕が惚けていると、メイドが肩を貸してくれ、席に着く。


「マリー様。お食事はどちらで取られますか?こちらでなら、お運びします。」


「そうね…。いつもの場所で食べることにします。私の用意は別の者に頼むので、貴方はアルテナ様の傍に控えていなさい。」


「かしこまりました。」


マリーと呼ばれる女性がここから出ていく。そして、部屋には微妙な空気が満ちる。メイドが運んできてくれた湯気の立つスープは空腹を訴える僕には非常に魅力的である。けど、横で誰かに見られていると落ち着いてだべられないくらいにはユウヤは図太くない。


《食べなければ始まりません。食べながら雑談でもして、現状確認をしましょう。》


ユウの後押しもあって、一口口に含む。正直、味は分からない。


「すいません、貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」


「私はカルレと申します。」


(…………。会話続かないな。)


《マスターの体の記憶中枢の解析完了。情報はマスターのものと完全に一致。この体の持ち主のものは断片すら残っていません。憑依に近い現象ですね…謎が深まるばかりです。》


嬉しそうなユウの声が聞こえる。何楽しんでんだよ!こっちを助けてくれよ!


《マスター、ご自分で何とかしてください。私だって忙しいのです。》


そう言い残し、ユウの気配が薄れる。そんなことも出来るのか。元の時より自由度が確実に高くなっているユウに感心する。


(さて、もう見切り発車でいいよね。なんか見切り発車するような生活はしてなかったんだけどな…。基本準備万端、用意周到をモットーにしているんだけど今ばかりは仕方ない。)


「カルレさん。私ってどう見えますか?」


「どうとは、どういうことでしょうか?それと私の事はカルレでお願いします。」


僕はこれからの事はオフレコでお願いしますと、前置きをしてから、僕の置かれている状況を伝える。隠してても進まない気がするし…。すると、


「……こういうと失礼かもしれませんが、薄々そうなのかもしれないと思っておりました。明らかに私への接し様が異なりましたので。」


「カルレは、この体の人のことをよく知っていたりする?出来れば教えて貰えない?」


カルレはこの体の元の持ち主について知っていることを、話してくれた。


優秀な魔術師であったこと。魔法以外のことには無頓着であったこと。第三王子であること。そして魔法の実験の失敗で気を失い今に至るということ。その事故は半年ほど前にあり、その影響で、僕のこの体には魔力反応が喪失してしまっていること、が分かった。そしてカルレの話が終わる頃、僕の食事も終わった。


するとカルレは僕の食べ終えた食器を片付けて、この部屋を出ていった。僕はベッドに戻り、横になる。これからの身の振り方が悩ましい。カルレに協力してもらい、アルテナを演じ切るか、それとも人格が変わったことを話してしまうか…。前者はボロをだす可能性が大きい。後者は追放なんて有り得るかもしれない。どちらもデメリットが大きすぎる。


(さぁーって、どうしたものかな……。)


この世界で慣れるまではこの拠点は出来れば離したくはない。それに王子であるという部分でかなり思い通りになるかもしれない。


モヤモヤと悩んだ末に、この世界になれるために何としても一年はここに居座る事を決めた。そしてその為に前世のユウヤという名前を捨て、アルテナになることに決めた。


(ユウ一つだけ良いか。)


《なんでしょう?》


(僕のネーム登録であるユウヤを消去して、アルテナに変更しておいてくれ。)


《了解しました。ユウヤアカウントを凍結。新規アカウントを構築、ネームをアルテナに決定。使用アカウントをアルテナに変更終了。》


僕の要請とは少し違ったけど、しっかりと達成はしてくれた。


大雑把な方向性が決まり、少しだけ心に余裕ができ、ベッドの横にある窓から外を望む。そこには大きな大きな街が広がっていた。その城下は僕のいる場所から離れすぎているため、良くは見えない。


《錆びれてはいないですね。見た感じ活気に満ちているとは言いきれませんが…。》


(僕の知ってる東京もこんなものだと思うのだけど?)


《年末のアメ横とかの活気が欲しいですね。通販の発送すらない完全なフェイストゥフェイスの時代でこの活気は物足りません。生産から物流、製造、販売までを一手に担う総合商社を設立すれば経済を支配できそうですね!やってみますか?》


(一通り生きて、暇だったらそういうのも面白いかもね。そしてやっぱり最後は!)


《世界を巻き込んで大々的に倒産、ですね。》


そう!個人的一度はやってみたいランキング五位の、自分の力で世界恐慌を引き起こす!その下地をゆっくりと作っていくのも面白そう、とアルテナの夢が一気に広がる。


しかし今することは、足場を固めること。それが一番重要だ。

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