第2話プロローグ②

薄くオレンジに染まった、暗がりの図書館。その一角にある広めの読書スペース一帯に本を並べる風変わりな男が一人。ひたすらに文献を読み漁っていた。


文献のタイトルは「第一次サーバー内戦争の勃発」や「サーバー内戦争の終結」といったものから、「第一次・二次・三次世界大戦大全」といったものが置かれてある。


「何故サーバー内戦争終結後、第三次世界大戦が勃発したのか…。ユウはどう思う?」


《それは非常に簡単な問ではないでしょうか?サーバー内戦争によって、人類に反旗を翻したAIのプログラムを解析し、敵として人類を指定していた部分を中国がアメリカに書き換えた事に端を発します。》


「そう。それが定説だ。しかし何故そうする必要があったのか、がどの本にも載っていないんだよ。どこもその部分については明言していないんだ。」


《貿易戦争、東シナ海・ウイグル等の領土問題への介入、経済的な孤立、経済低迷の国民不満の捌け口。理由は上げればきりがないのでは無いかと判断します。》


そう、第三次世界大戦は米中戦争が初めとなる。その後、ヨーロッパ共同体がアメリカを支援を表明。中東諸国は好機とエルサレムの奪還に動き始める。東南アジア諸国は東シナ海の地下資源を巡り各国が宣戦布告。韓国、北朝鮮も停戦が破棄され戦争が始まる。インドも中国、アフガニスタンに宣戦布告。ピレネー山脈ではバスク人、トルコ等ではクルド人が武装蜂起。


第二次世界大戦では枢軸国と連合国とコミンテルンの陣営戦であった。しかし第三次世界大戦は少し様相が異なり、世界各地での戦争なのであった。そこに明確な陣営等は関係無くあるのはただただ領土問題の力による解決である。


しかし領土問題解決のために総力戦はしたくないと、使われる兵器や戦闘場所はマチマチで、今までの戦争とは一線を画したものとなった。


《マスター、もうここに閉じ篭って三日目です。持ち込んだ食料ももう無いです。少しでも外に出ましょう。》


「ユウ、僕は君のマスターじゃない。友達のユウヤだ。」


《もちろん承知しています。これは私の心持ちの問題です。あまり気にしないでください。》


他の人とAIの関係は人間の友人のそれと同じであるのが多い。しかし僕のAIであるユウは何故か僕をマスターと呼ぶ。理由は何度か聞いたが答えてくれたことは無い。それに余りに人間との折り合いが悪くなると、人間とAIの決別すら有り得るのだが、ユウはそういう面でも、僕から離れようともしない。周りの人間の話を聞く限り、ユウはなかなかに珍しいやつなのだとか。僕としては初めて出会ったAIがユウであるとは非常に嬉しい巡り合わせである。


図書を元の位置に戻し、久しぶりに日光を浴びる。良い天気である。


《三日ぶりに外部リンクを確立。AIが三日間世界の情報と触れないってどういうことなんでしょうね…。》


どこか自虐的に皮肉を言うユウ。苦笑いを浮かべざるを得ない。


心地よい春風に吹かれ、焼き立てのパンの匂いが漂う。その匂いに釣られて近くのベーカリーに辿り着き、そこに並ぶ美味しそうなパンを選ぶ。


《野菜類取らないと、早死しますよ。会計横にあるサラダを一つしましょう。ただでさえ、この三日調整食品しか口にしてないんですから。》


また苦笑いを浮べる。こういう面でもAIは大活躍である。一人一人の健康増進を管理可能で、タスク管理も自動化された家事も、片付けてくれる。その代わりに嫌味と皮肉の一つや二つは受け容れないとね。


《受け入れるとか考えてますか?そう思うなら改善してください。》


例え思考をトーレスされたとしても…ね。



トーストと緑茶を一杯注文し、サラダには見向きもせず、代金を払い、フードコートに腰を落ち着かせる。しかし、サラダを買わなかったことにユウの何かに触れた。


《簡易健康診断を実施します。235項目のチェックシートとマスターの生活状況を照合…。183個に該当。……もう死ぬの?その年齢で死ぬの?》


出来れば死にたくないかな…。ユウの説教を聞き流しながら、トーストを食べる。そしてそのトーストが半分程になった時、店内は喧騒に包まれた。


「おい!動くな!」


拳銃を持った黒一色の男が店内の入口に立ち塞がっている。黒い上着の上には趣味の悪い蜘蛛のエンブレムが縫われてある。


《エンブレムを参照。反政府組織スパルゴンのものと合致。拳銃は本物である可能性が非常に高いです。》


入口の男に呼応するように、店にいた何人かの客が同様に拳銃を構える。衝動犯ではなく、計画犯のようだ。彼らは店のシャッター等を下ろし、僕を含めた客数名を人質にして立て篭もった。


しかしこの非常事態にもかかわらず僕はさほど慌ててはいなかった。感想としてはこの上なく迷惑なことに巻き込まれました、くらいである。特に守る家族もなければ、失いたくない地位も名誉も関係も無い人間はこういう時に強い。かと言ってこの状況を楽しむほど暇でもない。どうにかして早急に解決をしたいものである。


人質は一箇所に集められた。サラリーマン風の男が二人とJKと思しき女が四人と僕を合わせた七人が人質となった。テロリストは黒一色が一人、客に扮していたカジュアルな服装の奴が三人の計四人。


《人質とテロリストの割合が高いよ…。これはかなりのレアケース。流石はマスター。持ってる。》


そんな感想は要らないから。外の状況とかわかることでも教えてよ。


《……警視庁無線をハック完了。ここに特殊部隊を含めた警察が警戒網を形成中です。あと十分もあれば全て配置に着けるかと。それにしても店の警報通達から五分経ったにしては遅めでしょうか?》


そうなの?その辺の基準とか全然だけど、五分で行動を開始して、十五分で配置に着く。個人的には十分早い気もするけど…。ユウ、警察が配置に着いたらまた教えて。


《了解です。》


それから、明らかに脳内麻薬で高揚した男の要求に逆らうこと無く素直に応じる。その方が安全であり、下手に危険を犯す必要も無い。しかしAIの提出を求められた時少々問題があった。一般人は耳にAI用の機器を取り付けることで日常を生活している。だからそれを出せば済むわけだが、僕の場合はそれが無い。色々あって僕のものは頭蓋骨の中にあるのだ。取り敢えずテロリストには無いと言い続け、納得してもらった。その結果、男に身体中をまさぐられる人生にまたとない体験が出来ました。


《マスター、警官隊の配置が完了したようです。》


よし!彼らの装備でこのシャッターって貫通できる?


《容易です。コンクリート柱でもない限り貫通は可能。》


なら、一番偉そうな人に繋いでくれないかな?もちろん電話中に声なんて出せないから、僕の思念を音声に変換してくれよ。


《了解。…現場指揮車両への通信に割り込み…完了。ゲートクリーン。会話可能。》


ユウの声とともに、少しばかりのノイズが響く。


「あーあー…。聞こえますか?」


「誰だ!所属を名乗れ!」


ピリピリとした雰囲気の中に、緩んだ声が響けば怒鳴りたくもなるだろう。ユウのおかげで耳は痛くはない。


「所属は言えませんが、店の中に居るものです。勝手に警視庁無線に割り込んですいません。」


一応謝罪をしておく。効果があるかは知らないけど、心の問題的に。


「お前は、テロリストか?」


現場指揮官は疑うように聞いてくる。


「いいえ。テロリストではなく人質です。何故連絡が取れるのか等の諸々は気にしないでください。____今からテロリストの立ち位置をそちらに送信します。外部からの狙撃を依頼したいのですが、可能ですか?」


相手の反応を待たずに、ユウはテロリストのリアルタイム位置座標を指揮官に送信する。GPSの応用で自身の位置から標的が離れているかを算出し、それを反映する、といった仕組みだ。


しかし、直ぐに現場指揮官からの返事は来ない。上にでも指示を煽っているのだろう。いつまで経ってもお役所仕事の仕事は遅い。それから、三十分程経過した。そしてようやく、返事が来た。


「貴方の情報は信憑性がある事が確認できた。これから狙撃準備に入る。他の人質との会話は可能か?可能であれば、彼らに自体の説明をして貰いたい。」


「了解です。」


一度そこで通話を切り、他の人質に近寄る。サラリーマンはまだ落ち着きがあり、難なく話が通る。問題はJKの方である。人質にされて約四十五分。唇を青くし、手が震えている。いい加減落ち着けよと思うのは僕に心が無いから…?


どうしようか…。


《面倒ですね…。片手を握って目を見て話せばいいと思いますよ。やってダメなら撃たれるかもですが、その時はその時です。》


それはかなり手遅れじゃないですかね…。死ぬよ?しかし、他の良いアイディアも無いし、時間もない。採用させてもらうとしよう。悩んでも仕方が無い。見切り発車も時には大事。


「ちょっとだけ話を聞いてくれる?」


可能な限りフレンドリーに、警戒させないように話し掛ける。身近な一人に話をつけ、それを三人に広めてもらう作戦である。一人一人に僕が話すよりも、友達が話す方が信じやすいだろうし……多分。


少し待ち、全員の目を見ると怯えながらも、要領を得たという顔をしている。ユウ、もう一度繋いでくれるか?


《了解。…リンク確立。》


「待っていたぞ!準備は良いか?」


「準備は出来ました。混乱は起きませんよ。」


「ならよし。発砲五秒前!」


現場指揮官がカウントする。そのカウントを僕は他の人質に、指で教える。そしてそれがゼロとなると同時に、店内に爆音が広がった。



爆音と共に逸らした目を戻すとそこには、腹部から出血したテロリストが転がっていた。入口では、警官隊がシャッターが切っている。やっと終わった、と油断していると、倒れたテロリストの一人と目が合った。その瞬間に時間が遅くなる。


《思考をオーバークロック。銃口より、着弾点を予測…完了。マスターの腹部。》


マジかー…。そう思うと同時に、発砲音が響く。


《回避不可。弾道を再演算。…………。致命傷になります。マスター、どうやらお別れのようです。》


……勝手にお別れ言うのやめない?僕まだ死にたくはないんだけど。


そうは言うものの長い付き合いの中でユウが冗談を言うことはあまり無いことくらいは知っている。つまり僕はほぼ確実に死ぬんだろう。


腹部に熱いものが押さえつけられる。感覚としては人差し指で強く押す感じが近い。違いとしては、易々と皮膚を焼き千切り、内部の細胞を押し退け死滅させるくらいだ。


ユウ、オーバークロック解除してくれない?痛いのが長引くだけなんだよね。


そんなことを言っている間にも、銃弾が更に深くに侵入する。タンパク質の焦げる匂いがする。


そして、時間がいつもの様に動き始める。僕の足は力無く崩れ落ちる。腹部に空いた穴からは間欠泉の如く血が吹き出す。重要な血管がやられたのは間違いなかった。


血が無くなり軽くなるはずの身体は逆に重くなり、燃えるように熱かった身体は刻々と熱が奪われるように下がってゆく。意識も薄れてゆく。こんな状況においても、走馬燈は見ない。体は着実に死に向かうが、心は着いてこない。しかし、終わりは突然に訪れる。


《マスター。またどこかで会いましょう。》


そのユウの一言が僕が聞いた最後の言葉となった。

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