第2話プロローグ②

俺は勇者だ。


この事実が違うことはないし、俺自身それを否定するつもりもない。

勇者に対してのイメージは人によって様々だと思うが、俺がやっている勇者というのは極めて普通の、魔物退治を主に行う職業だ。


似たような仕事内容で、冒険者や騎士といった職業もある。それらと異なるのはなり方の部分。

肉体的な鍛錬は当然として、勇者はいずれ魔王と呼ばれる、魔物の頂点に君臨する悪魔を倒すという目的を果たす必要がある。

そのため、聖なる力を内包した神秘の剣である聖剣にその才と能力、簡単に言えば生まれ持った素質のようなものを認められなければならない。


つまりとても名誉なことなのだ。

俺も最初に勇者に選ばれた時には心から喜んだし、神に感謝した。

世界に平和をもたらしてみんなを幸せにしようとそう誓った。


それも初めの方だけに限る話だが。

俺は現時点で、神への信仰心などは一寸たりとも持ち合わせていないし、この仕事への生きがいもまるで感じていない。

理由は簡単だ。


冷めた。

これ以上の理由はない。魔物を狩り続けて魔王を倒し、王国の姫を救う。

これが勇者である俺に与えられた人生のレール。決められたシナリオ。

それをなぞるだけの人生に飽きてしまったというのが正直なところだ。もしかしたら魔物血の赤を見すぎて、精神的に問題があるのかもしれない。


一見馬鹿な理由に聞こえるかもしれないが、そう思ってしまうのは俺が飽き性だからではない。


俺が勇者になるのがこれで三度目だからだ。

俺の言っている意味が分からないという奴もいるだろう。それに関しては必然でもあるので気にしないで欲しい。


普通勇者というのは聖剣を使って魔王を打ち倒し、姫を救い伝説となり、後世まで語り継がれるというのが正しいルートなのだろう。

だが、俺はそうじゃなかった。

俺は魔王討伐という勇者としての最大の目標を、今までで二度失敗している。

しかもどちらも魔王戦でだ。

これほどの屈辱はそうない。


初めて村人から勇者になった時、俺は勇者という他人よりも秀でている力に驕り、実戦経験と戦闘知識という重要な部分が欠陥したまま魔王に挑み、そして土壇場で追い詰められ、無様に殺された。

一対一の剣での勝負で、自分の実力のなさを痛感させられながら、お前の戦いなど何の意味もなしていないと嘲笑われるように、魔王の魔剣で切り捨てられたのだ。

体を真っ二つにされ床に転がる、ただの屍の一つになった。

あの時の口の中の鉄の味と冷たい魔王城の床の感覚は、今でも鮮明に覚えている。

自分の力を過信していた俺は仲間を作ることすらしていなかった。

そうして俺の一代目勇者としての物語は、完全に葬られることになった。




ある時目覚めると、俺は転生していた。

正確に言えば物心ついた時には既に前世の勇者の時の記憶があり、そこで自分の転生に気づくことになる。

幼いころから自分ではない他人の記憶があることに混乱したが、しばらくして段々と前世について思い出してきて、むしろ落ち着いた。

親を含めて出会った人間に、思い出せる限りの全てのことを話した。

もちろん誰にも信じてはもらえず、少し変な子か頭の中でストーリーを考えるのが好きな子だと勘違いされた。


俺が十六歳か十七歳ぐらいの時だ。

魔王の軍勢が人間界に攻めてきているという話が広まり、この世界を救う救世主となる勇者が選ばれることになった。

そこで俺は二度目の勇者に選ばれることになる。

知り合いは全員驚いていた。

俺はよく皆に「俺、前世では勇者だったんだ!」と言っていた。

皆は本気にせずに「はいはい」と聞き流していたが、俺が正式に選ばれることになった時、目の前のことが信じられないという顔で俺を見ていた。

驚いたのは俺も同じだったが。


国のために戦う立場になって、周りの国々や世界の情報が手に入れられるようになり、俺はあることに気づいた。

俺が前世で住んでいた国が、世界地図上に存在しなかったのだ。

どこを探しても、誰に聞いても、俺のいたはずの国はその世界には無かった。


俺が転生していたのは異世界だった。

それに関しては驚かない。

転生という行為自体が現実からかなり逸脱したもの。

もしそれが世界間を跨いでいるものだったとしても別に何とも思わない。


こうして俺は勇者として魔王に挑むことになった。

前世での反省を生かして、仲間をたくさん集めた。王国中の実力のある剣士、戦士、魔法使い等、幅広い職業で戦隊を組み、魔王へと立ち向かう。

有能な人物ばかりの戦隊は、順調に魔王軍を倒していき、あっという間に魔王の住む根城に到達した。

二回目なら今度こそ大丈夫だろう。これは俺の仲間への信頼による確信であり、心からの願いでもあった。

魔王のいる最上階まで駆け上り、大きな鉄製の扉に手をかける。

勢いをつけてそれを開けた時、俺の希望はそれより大きな絶望へと塗り替えられた。

仲間を作れば勝てる。その安直な考えは簡単に否定された。


魔王が精神攻撃を使ってきたのだ。

失念していた。世界が変われば魔王も変わるという、そんなに難しくもない考えに俺は至ることができなかった。

前回の魔王は剣でスタンダードに戦うタイプだったのに対し、ローブを纏ったその魔王は杖を取り出した。

そこから始まる、詠唱を必要としない凄まじいスピードで繰り出される様々な属性による魔法攻撃の数々。

更にはこちらの統率を攪乱するような、精神異常を起こす煩わしい魔法も使ってきた。

想定していたものとは明らかに性質の異なる敵。

その予想外の攻撃に加え、人数が多すぎる戦隊が仇になり、まともな連携をとることも出来ずに敗退した。

精神異常に苦しみながら、魔法に吹っ飛ばされ倒されていく仲間たち。

それをどうすることもできずに見ていたあの時。

味方が全滅して俺一人になり、魔王に息の根を止められるまでそう時間はかからなかった。


炎で体を焼き尽くされ、氷の超重量に押しつぶされ、そのまま発生した土により生き埋めにされる。

ギリギリで保たれていた生命活動がその働きを止めるまでを、俺は呼吸をすることすらできないような土が固まってできた岩塊の中で過ごすことになった。


そこで死んだ俺は、激しい後悔の念に駆られた。

俺は勇者の器ではなかったんじゃないか。俺は魔王に一生をかけても敵わないんじゃないか。俺は勇者なのにその義務を果たしていない。世界を救っていない。

その負の感情のサイクルを、もはや体を失い魂だけとなった状態で、何度も何度も繰り返した。

感情が擦り切れるまで。自尊心が砕け散るまで。俺が自分を失うまで。

勇者という概念に疑問すら抱き始めていた時だ。




俺は三度目の誕生を遂げた。

生まれながらにして勇者に選ばれ、自我が芽生えるころには親元を離れて王都にいた。だから今の親の顔は見たことがない。

王都の中で剣術修行を受けて体を鍛え、自らの肉体と精神を成長させた。

他のことには無関心に、ただ強くなるために。


そんな生活を続けた結果、俺は後から現れた勇者候補など遠く及ばない戦闘力と精神力を手に入れた。

今考えれば当たり前なのかもしれない。

身体的には幼かったとしても、今まで習得してきた剣の業などは全て頭に入っているのだ。

他人より強いのは当然である。

だが、それは至極どうでもいいことだ。


俺は自分の転生の話を他人にするのはやめることにした。

前世同様で信じてはもらえないだろうし、その事実があったとして俺にメリットはないと思ったからだ。


そして三度目の勇者になった俺は思う。

俺がこの勇者になり続ける輪廻の中にいるのは、勇者としての最大の義務である、魔王討伐をしていないことが原因だと。

それを完遂することができれば、俺はこの勇者の輪廻から抜けられるのではないかと。


どうやらこの世界には、三度目の正直という言葉が存在するらしい。

物事は一度目と二度目で失敗しても、三度目になれば必ず成功するという意の言葉だという。


俺は次こそ魔王を討つと心に決めた。

別に“三度目の正直”という言葉にあやかりたいわけではない。

俺が魔王の首を獲ることで、この言葉が正しいことを体現したいだけだ。期待を確信に変えたいだけだ。


俺が魔王を倒すのは、誰の為でもない。俺の為だ。

障害となるモノがあるなら、すべて排除してでも前に進む。

周りに味方がいなくなったとしても構わない。

敵である魔王軍を皆殺しにするまで、俺が足を止めることはないだろう。


そうなった今、俺の目的はただ一つしかない。

確実に魔王を殺し、この勇者の負の輪廻から抜け出す。

その願いを達成するためには、どんな犠牲もいとわない。


俺は勇者だ。

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