機械人形
どういうことかって? いや、これ以上もこれ以下もない。本当に、段ボールの中に少女が入っていたのだ。
小学生がよくする三角座りをして、寝転んだような状態で彼女はそこにいた。
まず驚いたのはその髪の色。黒でも、茶でも、金でさえなく、彼女のその髪色は白銀だった。一本一本が優美な錦糸のように艶やかで、尚且つふわりと広がったそれは、触れればとても柔らかそうで、思わず俺は息をすることさえ忘れていた。
閉じられた瞼はどこか儚げで、呼吸とともに揺れる睫毛はくるりとカールしている。
ほんのり朱に染まった唇はかすかに開かれていて、その隙間から吐息が音を立てて漏れていた。
肌は白い。透き通って、本当にそこに存在しているのか疑いたくなるほど、その肌は透明感に満ちている。これほど、人間の肌というのは白く、美しくなることができるものなのだろうか。
「いや、待て。誰だよ、こいつ……」
思わず見入ってしまった自分を叱り、俺は状況を確認する。
家の外に段ボールがあり、あて名が自分だったので家に運び込んだ。うん、おかしくない。
通販などで注文した覚えはなかったが、とりあえず開封することにした。まぁ、別段悪い判断ではないだろう。
すると中から、銀髪の女の子が出てきた。……明らかにおかしい。
新手の犯罪か? いやもしくは神からの授かり物みたいな……いやそれはないか。
とにかく、俺はどうすればいいのだろう。バラバラ殺人事件の全くバラバラになっていないバージョンといった風であるから、とりあえず警察に連絡か? いや、通報したとして俺はどう説明すればいい。
「……寝てしまっていました。申し訳ありません」
「え――」
突然に声が聞こえた。神聖な小さな鈴を少しだけ揺らしたような、上品な音色。ここまでがさつきのない声色を、俺はこれまで聞いたことがないかもしれない。
その声の方向を振り向くと、そこには段ボールの中でちょこんと横座りをする一人の少女の姿があった。
ふわぁ、と恥じらうようにあくびをして、ふぅ、と一息つく。そして一拍の間瞑目してから、彼女はその瞳をこちらに向けた。
「初めまして。圭人様。まず最初に、ご当選おめでとうございます。ハウスメイドとして、これからどうぞよろしくお願いいたします」
すっくと立ちあがった彼女はそのスカートの端をちょいと摘み上げ、足を後ろに一歩下げてから上品に一礼した。
スカートと胸元、腕の先にあしらわれたフリルが小さく揺れ、長い髪がはらりと落ちて、口元は微かに綻ぶ。それら一つ一つの変化が妙にはっきり見えて、またそれらすべての様子がどうしようもなく心に刻まれるようだった。
だめだ、頭の整理が追い付いつかない。
どうしてこの少女は俺の名前を知っている? どうして彼女は『メイド服』を着ている? どうして彼女は俺に礼をしている? よろしくお願いします? それはどういう意味だ。
「唐突で申し訳ありません。きっと戸惑っていらっしゃいますよね」
「……え、いや、まぁ」
「では説明させていただきます。私は料理洗濯掃除などを目的に作られた、ハウスメイド型アンドロイドです。皆様の生活を少しでも充実なものになるよう、お手伝いさせていただくため、様々な機能を持ち、また家事以外にもご要望があれば極力ご希望にお応えさせていただきます」
アンドロイド、という言葉には聞き覚えがあった。人を模して造られた、人型の機械。それがアンドロイド。そんなSFの産物のような存在が、いま俺の目の前にいる……のか?
いや、そんなわけない。そう自分を否定しつつも、淡々と語るその少女の姿を見ていると、彼女が機械であるということを少しだけ認めそうになる自分がいた。
「圭人様は私共の実地試用実験にご応募いただきましたよね。数多くの応募の中、圭人様は見事当選なされました。そういうわけで、私はここに伺った次第です」
「ちょっと待ってくれ。実地試用……実験、か? そんなものに応募した覚えはないんだが」
応募どころか、ハウスメイドのアンドロイドなるものがこの世界に存在していることすら俺は今まで知らなかった。いわゆる機械の家政婦といったところなのだろうが、そんな現実味のない話……ありえない、なんて言い切れない時代だから困る。
「応募していない、と? そんなはずはないのですが……。ただいま、本社に問い合わせますので少々お待ちください」
そう言うと彼女は、そこに立ったまま、どこを見るでもなく空中の一転にに視線を送り始めた。やがて、その本社とつながったのか、なにやら連絡事項をひそひそと話している。
その会話は一分にも満たず終了し、彼女は再び俺を正面に見据えた。
「申し訳ありません。以前圭人様が携帯電話をご購入頂いたときの履歴と取違が発生していたようです。ですので本来ならばこの契約は完全になかったことに、となるのですが……」
携帯電話って……。どういうつながりがあってどんな経緯で取り違えられたのか。
そう追及したい気持ちにもなったが、自分の高校生なんていう身分ゆえ、俺は思わずためらってしまった。
「本社の判断で、もし圭人様がお望みになる場合、私の所有権を譲渡する、ということになりました。もちろん料金は発生しませんし、気に入らなければ断っていただいてもかまいません」
「所有権を、譲渡? つまり、俺がお前の……」
「はいっ。ご主人様、になるという意味です」
彼女はなんとも無垢で、魅力的な笑顔をこちらに向けた。彼女がたとえ機械で、それがプログラムされたものであるとしても、俺はその表情に心を動かされざるを得なかった。
しかし。
「……ごめん、俺にはあんたがアンドロイドだ、ってことが信じられない。……確かにメイドとか憧れないこともないけど」
「そう、ですか……」
彼女は一瞬にして表情を曇らせると、悲しげに俯いた。しかし、それでもすぐに無理やりな笑みをこちらに向けて、また語りだす。
「いや、でも、圭人様は正しいですよ。突然わたしはアンドロイドなんです、なんていう女が来たら追っ払うのが普通です。だからどうか、お気になさらないでくださいね」
そう言い切って彼女が浮かべるのは、悲しみを誤魔化すような、寂しげな笑み。それは俺が今まで見てきたどんな人間よりも人間らしくて、思わず心がざわついた。
この手違いから発生した唐突な事件に、俺ははっきり言って気が動転してしまっていた。だが、このままなし崩し的に彼女がうちでハウスメイドとして働く、という展開を俺ははっきり拒否した。
それがなぜか、と聞かれれば、俺はおそらくそれが常識的な行動だから、とでも答えるだろう。または、この目の前の少女が信用ならない、などと合理的に理由をつけるかもしれない。
だが俺が断ったその理由は、半ば無意識下に存在する俺の性質によるものだと思う。
人と極力接さず、常に俯瞰的な立ち位置に自分を置く、というなんとも非社会的な性質。それはたとえ相手が人間を模した機械だとしても、こうしてしっかりと適用されたらしい。
「それでは、わたしはこれで。大変失礼いたしました。後日、本社からお詫びの品をお送りいたしますので」
「いや、気にしないでくれ。こっちこそ、なんかすまん」
この追い出すような形にきまりが悪くなり、俺も思わずそう謝っていた。状況的に俺に一切の非はないのだが、なんとなく。
そんな俺を、彼女は呆けたように見つめていた。
「……なにか?」
「あっ、いえ、お優しいんだな、って。わたしは機械ですよ? 謝る必要なんてないのに」
「まぁ……そうかもしれないけど。なんか気持ち的にな」
俺がそういうと、彼女は手を口に添えてふふふっと笑った。その笑みはどこか蠱惑的な雰囲気を孕んでいて、俺は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
しかし、機械というのはこれほどまでに自然な受け答えをすることができるのだろうか。いわゆる、AIとかそういうシステムなのだろうが、俺にはどうしても彼女を心無い機械とみることができなかった。
「ありがとうございました。では今度は本当にお暇しますね」
「あぁ、気をつけて」
彼女は再び恭しく一礼してから、ドアノブに手をかけた。
その時。
「おーい、圭人ー! ごはん食べに来たよー」
コンコンコンと軽い音がした後に、これまた軽い男の声が聞こえた。こんな時間に、俺の家へ訪ねるものなどいない。ましてやあれほど軽くちゃらちゃらした声色の男を俺はあいつのほかに知らない。
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