玄関先の段ボール箱
突然すぎて困るかもしれないが、俺の身の上話を少しだけさせてもらう。
俺――浅田圭人は、両親を11歳のときに交通事故で亡くした。オーバースピードで突っ込んできたトラックが二人の車に衝突したのだそうだ。
もちろん即死。自分が死に至ったという自覚さえないまま命を落としたという。これはちょうど、アヤノが転校してから数か月後のことだった。
運よく――あるいは運悪く――両親とともには出かけず留守番をしていた俺は、突然現れた叔父叔母にその事実を聞かされ、そのまま彼らの家へ引き取られることになった。
もちろん悲しかった。だが、あまりにも現実離れしていて突拍子もないその事実を受け入れ、悲しむことができたのはそれからかなり後だったと覚えている。
そうして叔父の家で育てられた俺だが、まぁ、愛情を受けて育てられたとは到底言えなかった。
もし俺が、愛想がよかったり、頭の出来がよかったり、何か秀でた点を持っていたならば彼らは俺にちょっとぐらい愛情を向けていたかもしれない。しかし、あいにく俺にはそのどれもなかった。
もともと通っていた学校では頭がいいとほめられることもあった俺だが、引っ越した先の学校でいかに自分が平凡で、いかにあの学校のレベルが低かったのか気づいた。そこで孤独な俺を唯一支えていた自分は特別である、という感情は一瞬にして霧散し、その結果俺はさらに堕落していった。
さらに、中学に入学ししばらくした後、俺は叔父と叔母が何やらひそひそと話しているのを聞いた。
その内容を端的に述べるならば、俺の両親が残した財産で家でも建てようか、という内容だった。詰まる話、親を亡くした俺をすぐさま迎え入れた彼らが狙っていたのは、それだったらしい。
その事実を知ってから、俺は彼らと顔を合わせるのも嫌になった。それ以前は、自分のために飯を作ってくれ、寝床を用意してくれる彼らに少なからずの感謝の気持ちはあったのだ。しかし、それはいとも簡単に崩れ去った。
そして高校へ入学するにあたって、俺は彼らに独り暮らしをさせてくれと頼み込んだ。それが受理され、その結果、俺は一人暮らしをしながら高校へ通っている。
俺も彼らと顔を合わせ不快な思いをしなくてよいし、彼らも面倒が一人自分から出て行ったのだから互いにいい提案だったと思う。
ごく短くまとめるならば、俺のこれまでの人生はそんなところだ。普通と比べて、ほんの少しだけ不幸な経歴ではあるが、今こうして生きることには困っていないのだから何も問題ない、といつも俺は自分に言い聞かせている。
「……はぁ、きっつ」
ただ単調に動かし続ける脚に疲労感を覚え、俺は覚えずそう呟いていた。
俺が住むアパートは、学校から徒歩二十分の場所にある、築20年にしては小綺麗な建物だ。住宅街の片隅にぽつんと立つ、二階建て六世帯までが住める家である。
今日も今日とててくてく歩き、結局そのシルエットが見えるころにはもう日が沈んでいた。電柱に虫が群がり、薄暗いご近所さん宅からはテレビの音が漏れ聞こえ、通りにはもう人ひとり見えない。
いつもと変わらない、どこにでもあるくだらない住宅街の風景。一人暮らしを始めたころはこの通学路にも少し心が躍ったものだが、今では一ミリだって気持ちは動かない。
滑りやすい金属の階段を上り、突き当たりの部屋。それが俺の住む203号室だ。倦怠感とともにここまでたどり着き、その扉を見たときにはいつも少しだけほっとする。
……ほっとするのだ。なんとなく、言いようのない安心感のようなものをいつもは感じることができるのだ。……いつも、は。
しかし今日は、そこに鎮座する段ボールのせいでわずかな不安が心によぎった。
「……何か頼んでたっけな……」
俺はその、扉の前に置かれた巨大な段ボールにどことなく既視感を覚えた。どっすりと構えるその姿は悠然として……みたいな表現をしても全くオーバーでないほどの存在感をそれは持っている。
さて、どうしたものか、といっても俺の家の前に置かれているのだから俺への配送物に違いない。しかたなく腹を決めると俺はまず扉を開け、足でそれを保持したまま段ボールを抱えた。
……予想以上に重い。みしみしと腰が嫌な音を立てているのがわかる。だが、再び地面に置くわけにもいかないだろう。
「んっ、と……」
何とかそれを玄関まで運んで、自分も家の中に入る。
こんな大きな荷物を頼んだ覚えはないのだが、その上面にはしっかり浅田圭人という名前が書かれているし、家に入れたのだから今さら放りだすわけにも行かないので、俺はとにかく開封することにした。
地面を擦りながらそれを押してリビングまで運び、カッターで早速開封する。
まず感じた違和感は、その段ボールを持ち上げた時だ。てっきり何か機械でも入っているのかと思ったが、それは存外柔らかく、むしろ温かささえ感じた。
そして、カッターで封を切った瞬間。一瞬にして、そこからふわりといい匂いがした。むだに甘ったるいようなにおいではなく、清涼感のあるどちらかというとミントやサボンのような香りだ。
その時点で、俺の中で「何かおかしい」という感覚はあったのだ。だが、好奇心から俺はそれを開けてしまった。
「……なんだよ、これ……」
俺はほとんど口を動かさずにそう呟いた。そう呟かざるを得なかった。だってそうだろう? きっとだれだってこう呟くはずだ。
――こんな、『突然届いた段ボールのなかに女の子が入っている』なんて状況に直面したなら。
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