第115話 白扇の殿と打出の小槌のそろばん武士

 時代小説でタイムスリップ。

 今回は、江戸時代、幕末の福井越前大野藩へ。

 ガイドブックは、『わが殿』(畠中恵著 文藝春秋刊 2019年)です。


 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で一乗谷が出てきたので、時代は違いますが、越前界隈の武士の暮らしを確認したくなって、今回読み返してみました。


 『わが殿』は、幕末の福井越前大野藩の藩政改革借金返済ストーリーです。

 時代小説はあまり読まないのですが(当読書傾向比)、こちらは福井越前大野藩という奥越が舞台とあって興味が湧き、単行本刊行時に読みました。

 ちなみに元は新聞連載小説です。

 無茶ぶりな「わが殿」と経済方面に有能な側近武士との主従ものとしても楽しめます。


 時代小説とはいいましても、ぎっしり詰まった難しいものではなく、とっつきやすくて読みやすかったです。

 文章がこなれていて出来事も関連性がわかりやすく歴史学習教材になりそうです。

 幕末から明治維新にかけての日本の社会情勢、その頃の武家社会の大変さが、手に取るようにわかります。

 下巻の巻末に、主要参考文献が掲載されているのですが、多くの資料を吸収してこなしてこなれさせて小説にするというのは、さすがの著者です。


 物語は、とんでもない負債を抱えた幕末の越前大野藩の藩政改革を成し遂げた名君土井利忠公の金庫番として殿を支え続けた商才に長けた武士内山良休の活躍がメインに描かれています。

 幕末の大野藩は、土井藩と呼ばれてもいるようです。


 土井利忠公は、お家の事情でわずか8歳で藩主となります。

 4つ年上の下級武士の家の長男内山七郎右衛門後の良休が、土井公と出会ったのは、公が15歳、良休が19歳の時でした。

 良休は内山家の嫡男として、お家や弟達の将来を案じつつ、優れた資質を持つ若殿を盛り立てて、傾きかけている大野藩をなんとかせねばと決心します。

 進取の気勢に富む「わが殿」の藩政改革は、自らも節制に努める「更始の令」をはじめ、苛烈ながらも新しい世を迎えるには必須のもので、ここでの我慢が後に活きてくるのです。

 よくがんばりました、〇。


 では、実際にどのようなことを実行したのかと言いますと……


 面谷銅山での新たな鉱脈の発見事業(成功)、地元特産物の上方での販売流通を図り商店大野屋を開店そして各地へチェーン展開(成功)、藩船建造(成功)、蝦夷開発(微成功)、武家の学び舎明倫館開校(成功)、種痘を全国何処よりも早くの開始し(成功)、適塾の緒方洪庵に学んだ師を招聘しての洋学館開校(成功)、西洋の陣形等西洋の文物をいち早く取り入れての活用(成功)etc。


 これらのほぼ全ての資金調達係として、内山良休を金子の打出の小槌とばかりに登用されました。

 良休が迷いを見せようものなら殿の白扇が飛び、内山良休は我が家に落ち着く間もなく金策に奔走することとなったのです。

 もちろん、殿も幕府にかけ合い予算を引き出してはいたものの、およそ足りるものではなく、良休の活躍なくして藩政改革は成されなかったのです。

 下級武士であるがゆえに、ねたまれ襲われ、散々な思いをしながらも、良休は「わが殿」に尽くす、ひいては、大野藩を救う人生をおくったのです。


 にしましても、幕末の頃は、大野藩以外の各藩も借金を抱えていたのですよね。

 幕末に借金がほぼなかったのは、この大野藩の他にはごく少数だったとのこと。

これは見事です。

 いつの世も暮らしときりはなせない財政問題。

 家計をきりもりするものがいなければ、生活は成り立たちません。


 で、武士も内職、現代でいえば、副業をしていました。

 大野藩では、写本作成=文字の書き写し=筆耕が推奨されました。

 印刷技術が発達していたわけではないので、兵学、医学、辞書などなど、書籍を入手しようとすると、とにかく、手で書く、写すしかなかったわけです。

 ていねいなきれいな文字で書き写されたものは、資料として教科書として高く値がついたそうです。

 これも良休が懇意にしていた商人経由で書物問屋とのつながりを持てたからこそ可能だったのです。

 

 話の中で興味深かったのは、商いの極意を会得した場面です。


 上方に、現代言うところのアンテナショップ、大野屋第1号店を開店したものの、さっぱりお客が来ない。

 安くて良質な煙草をお試し品を道行く人に配っても、その場では評判はよくても、肝心のお店にはお客が来ない。

 はてさて困ったと思っていたら、客が入らないのは、実店舗ににぎわいがないからとのこ声が。

 人気ひとけがないけどこの店は大丈夫なのだろうか、と思われていとのことでした。

 人がいないということは、試供品はよくても実際の販売物は品がよくない、だからお店に人がいないのでは、と思われていたのです。


 そうですよね、どんなものでも、人気がなければ、こわくて手にとろうとは思いません。

 行列のできているお店がさらに繁盛するのもそういうことですね。

 だからこそ、サクラという商いが成りたつわけで。

 いい品物を商っていれば人は来る、というのは理想だけれども、こと商いにおいては、そうやって何もしないのは売り手の傲慢なのかもしれません。


 営業の大切さ、演出の大切さ、お武家さんにはわからなかったのですね。

 わかっていても、プライドが邪魔をしてできないこともあります。

 でも、そこから商いの極意を会得してすぐさま実行に移せたことが、大野屋にとってはよかったのだと思います。

 そのような素早い対応から臨機応変なところを見込まれて、良休は、商人にならないかとスカウトもされます。

 

 それにしましても、北陸奥越の小藩が、政治経済対策はもとよりさまざまな文化政策をもとっていたとは驚きです。

 藩主のお殿様すなわち上に立つ者が学び続け、新しいものも臆することなく取り入れ、果断な実行力を持ち、それを支える「人」を見出し取り立て、文武経済それぞれに秀でたものを置くことの大切さを知っていたからこそできたことなのだなと、うなずかされました。


 本作を読み終えて、幕末の越前大野藩、大河ドラマにするには少々弱いかもしれませんが、時代劇ドラマにしたら面白いのでは、と思いました。



※内山良休を描いた小説には、『そろばん武士道』(大島昌宏著 学陽書房刊 2012年)という作品もあります。







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