第112話 百合めく花束読書メモ2、そして地図を見る

 実在している場所が舞台となっている小説を読んでいる時に、なんとなく戸惑うことがあります。写真や映像などでその場所を知っていても、断片的な映像の連なりになってしまって実感が湧かないのです、全てにおいてではありませんが。


 武蔵野文学賞の応募作品を書く時が、正にそれでした。

 武蔵野のくくりの中で行ったことのある場所が多々あるにも関わらず、ここが武蔵野!と、かっちりはまりこんでくれなくて苦心しました。


 では、と、地図を見たのですが、これがまたぴんとこなくて。

 民俗学者宮本常一著の『私の日本地図10 武蔵野・青梅』の附録が地図だったのですが、昭和47年のもので、なんとサクラタウンの最寄駅東所沢駅が見当たりません……それもそのはず、開業は昭和48年……武蔵野線の府中本町と新松戸の間の開業が昭和48年だったのですね。


 武蔵野が舞台のミステリー、高村薫の刑事合田雄一郎シリーズの最新作(新聞連載後単行本化)の『我らが少女A』(毎日新聞出版)は、武蔵野の中でも野川公園の辺りが舞台です。

 冒頭から作中のところどころにはさまる武蔵野の描写は、「音」を風景に組み込むことで、現代の武蔵野の情景がまぶたの裏に広がっていくようでした。その情景の中で、市井の人々の生きてきた軌跡、生きていく道の先が浮かび上がるように描かれていました。

 個人的には、『マークスの山』(新潮社)からシリーズを追ってきているので、この先、合田の最後の「ヤマ」が気になるところです。

 

 現代文学の百合小説をあまり読んでいなかったなと思い、ここのところ読んでますと以前書きました。

 その後も、目に留まったものを読んでいます。

 エロスとタナトスをストレートにわかりやすくというのではないのが読みたいなと思っていたところ出会ったのが、台湾生まれの作家、李琴峰り・ことみの『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)です。


 舞台は、新宿二丁目の通称Lの小道。

 ポラリスは、そこにある女性オンリーのバーの店名です。

 この店名の由来の話もあります。


 新宿は、伊勢丹や丸井でお買い物、タカノでフルーツ―パーラー、中村屋でカレー、紀伊國屋書店で読書と一通りまわって、時々映画を観に行く場所でした。

 でした、というのは、ここのところは頻繁に乗降する駅ではなくなっているからです。

 なので、この小説の主な舞台が丸井の先の画材店世界堂のさらに先なので、ちょっと土地勘がありません。

 そこで、地図の登場です。

 Lの小道――地図で見ても、〇〇通りみたいな表記はありません。

 ただ、小説内の文章をつなぎ合わせてみると、多分、ここかなという場所が浮かび上がってきます。

 地図を拡大していくと、ありました、多分、ここ。

 細いラインのL。


「ヘテロセクシャアルにレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、Aセクシュアル、ノンセクシュアル、デミセクシュアル、パンセクシュアル、クェスチョニング、Xジェンダーなど、およそ香凛が知っているセクシュアリティに関する言葉が全て載っているし、それぞれの言葉には簡単な説明も書いてある。どれもがネットで集めただろうと思われる教科書的な分類と説明だが、それでも香凛は素直に感心した」『ポラリスが降り注ぐ夜』より


 こう、なんといいますか、濃く書かなくても、伝わってくるんです。

 ひとくくりにできないセクシュアリティの登場人物たちの心象風景が。

 それぞれのストーリーが、すっと沁み込んできたり、ひりひりしたり、でもまた歩いて行けるような気持ちになったりもする、そんな読後感でした。

 ネタバレせずに書くのが下手なので、この辺で。


 

 



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