第14話 シャンデリア喫茶で友デート

 曖昧な記憶のまま、知っていたはずの店の場所が見つからず、うろうろ。

 一人散歩の時は、それも新たな発見があったりして楽しいのですが、連れがいるとなると、そうも言ってられません。


 学生時代はお互いさまで、あれ、ここじゃなかったみたい、そっか、じゃ、また今度にしよ、といった気楽さで、そんな時間を無駄とも思わずに過ごしていました。


 仕事があり、遠くに住み、会おうと思ったら出会うまでにまず時間がかかってしまう今、そんな牧歌的なことは言ってられません。

 ゆえに、にわかツアーコンダクターになって、友デートの下見をしてしまう私は、心配性なのか、時間を無駄にしたくない合理主義者に成り果ててしまったのか、いずれにしても、かつての大らかさを失ってしまっていることは確かです。


 さて、久しぶりに会うことになった遠来の友からのリクエストは、神田神保町界隈の東洋文庫のアンティーク(古本)が置いてある古書店に行きたい、でした。

 その古書店についてのメールがきたので、事前に場所を確認することにしました。

 地図では、道路のアップダウンや距離感などがわからないんですよね。

 限られた時間での訪問なので、そうした情報は重要です。


 神保町の古書店街へは、ふだんは九段下から歩くか神保町駅で降りるかしているのですが、友人のリクエスト書店は、水道橋駅からが近いようでした。


 申しわけ程度にしか降らない梅雨の晴れ間の日に、下見決行。

 JR水道橋駅南口に降り立つと、盛夏を思わせる皮膚が痛いような陽射しです。

 かなわんなー、と、心の中でつぶやいて、歩き出しました。


 駅からわりとすぐにその書店はあり、ざっと店内を見渡してから、そのまま白山通りを南下することに。

 

 と、右手に、時代を経て趣を醸し出した個性的な建物が現われました。

 吹き抜けになっているのか、天井付近に巨大な装飾オブジェのようなものが、窓越しに目に入ってきました。

 喫茶店の装飾品としては不似合いな大きさに、思わず足を止め、窓からのぞき込みました。


「シャンデリア?」


 それは、およそ最近の洒落たカフェやレストランでは見ることのない巨大なシャンデリアでした。

 それがあるだけで、場が宮殿の広間になるイリュージョン喚起オブジェ、シャンデリア。


 建物の外観といい、デコラティブな装飾品といい、昭和レトロとひとくくりにはできないような独特の風情溢れる喫茶店。

 このよき面白さは友と共有すべきものだと閃き、店名をメモしました。


 シャンデリア喫茶の名前は「神田白十字かんだはくじゅうじ」。


 戦後昭和22年に開店した名曲と珈琲のその店は、当時流行の大規模喫茶の名残りを留めています。


 土壁の和風建築に塗料を吹き付けた洋風内装という独特の雰囲気を醸し出している店内は天井が高く、そこに吊り下がっている藝大生が制作したシャンデリアは、畏怖堂々とした存在感です。


 三島由紀夫も出入りしていたのだとか。

 シャンデリアに登ろうとしたというエピソードがあるそうですが、確かに、手を掛けて登りたくなる形状をしています。

 

 団体席のある二階へ上がってみたのですが、ずらりとテーブルと椅子が一直線に並んでいて、講義よりも喫茶店でだべり時間を費やしていた学生たちの集う様子が目に浮かぶようでした。


 天井が高く、奥行きがあり、四角四面でないつくりは、一つ一つのテーブルの間に適度な距離感をもたらします。


 カフェにはない、テーブルをはさんでの親密さの造成。



 さて、遠来の旧友との友デートの日、窓外のあまりの暑さに街歩きを断念し、収穫した古書と珈琲のにおいに安らいで語らうことに。


 白十字マーク入りのテーブルに、肘を付いて、顎に手をやり、紙ナプキンを広げて、ペンをとり、自然な成り行きで始まったのは、一行リレー小説。



……時がもどる、一行ごとに、教室に、放課後に、図書室に、黄昏のメロディが流れる中に……



 旧友との時間は、穏やかで静か、そして、言葉に溢れていました。



 

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