第31章 ツヴァイの思い



 ツヴァイ・ブラッドカルマ。

 俺には、ある時から前の記憶が無い。

 人間としては、少々欠けたところのある存在だ。


 つまり俺は、昔の事なんてまったく覚えてないのだ。


 俺の母親の事も、父親の事も、いたかもしれない幼なじみや友人の事なんかも。

 長い年月を駆け抜けるように生きて来た俺の、頭の中にある一番古い記憶は、暗くて湿っていて狭い場所の光景だった。


 俺はたぶんある場所に閉じ込められていた。

 なぜか。

 強すぎる力を持って、そのせいでばけものと呼ばれ、多くの人から恐れられるようになったからだ。


 俺はきっと、そうなる前までは、記憶を失うまでは、正義を心のよりどころにして剣を振っていた人間だった。

 けれど、ばけものになった俺は正義の在りかを見失ってしまっていただろう。


 見方を変えれば、たやすく変わる正義の定義。

 脅威的な力を恐れるあまりに、悪の定義もころころと変わる。


 そんな現実が、今までの自分を押しつぶしてしまったのかもしれない。


 幸いにも閉じ込められていた時間は長く続かなかった。

 アインという小さな少女が俺を助けてくれたからだ。


 俺とアインの関係は複雑だったようで、記憶を無くす前にも色々あったらしい。

 だが俺はアインに対して、兄弟のように接する事にした。


 他でもないアインが家族を求めていたからだ。


 それからアインと共にいろいろな場所を旅をした。

 様々な場所を巡るたびに、知り合いも増えていった。


 けれど、そんな穏やかな日々の崩壊はあっけない。


 フェイトと出会ってから全てが変わってしまった。

 多くの人間があいつを前にして倒れていった。

 築きあげては人の絆が消えていく。

 重ねていけば思い出が悲しみとなる。


 あいつを倒そうと決意した事自体は後悔していない。

 憎むべきなのは、奴の存在と、奴の人格だろう。


 それでも、後悔がつのる理由は……。


 俺が、失敗しすぎたのだ。

 全部俺が、うまくできなかったからだ。


 自信をもって剣を握れなくなってしまったのは……。


 最後まで守り抜けた者がいない。

 手の中に残った物が一つもないからだ。


 手を変え品を変え、敵は俺達を追い詰める。

 俺達も、出来る事はすべてやった。

 それでも、相手が上だった。


 何度も戦いを続けるうちに、俺は自分が何者なのか分からなくなっていた。


 そんな弱さが、俺の心に隙を産んだのだろう。

 記憶の中に残る中で、俺は最後にフェイトと戦った時、奴に操られてアインを殺しそうになった。


 結局、アインは助かったのだが、必死過ぎて細部の事は細かく覚えていない。


 運が良かったから、助かった。

 アインだけは守り通すことができた。


 けれど、だからといって許すわけにはいかない。

 あいつは俺の知り合い達を手にかけ過ぎた。

 フェイトは、俺の因縁の相手だ。

 俺がこの手で倒すべきなんだろう。


 それが、他の人間が死んでいく中で、最後まで生き残ってしまった俺の役目だ。


 けれど一時期は、俺の中にはそんな使命感を打ち消すような疲労があった。


 勝てるかどうかも分からない相手に挑んで何になる。

 救える手を持っているかどうか分からないのに、誰かを助けようとしてどうする。


 俺は一度は、全てを諦めようと思っていた。

 けれど、そんな俺の前にあいつが現れたのだ。


 俺が、俺の力で助けられた小さな少女の命。

 俺の背中を見て、俺の様になりたいと、がんばりたいと言ってくれたから、俺はこの現実に耐える事ができたのだ。


 だから、俺は終わらせなければならない。


 ここまで引きずってきてしまった俺の物語を。

 あいつに尻拭いさせないために。

 ちゃんとあいつには、あいつの物語を歩いて行ってほしいから。


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