第30章 イグニスとの戦い



 アリアとの戦いを見届けた後、私はツェルトの方に目を向ける。

 まだそちらは終わっていないようだった。

 ツェルトは苦戦している。

 イグニスは、いつも人の裏で策を練っているような印象があるけれど、兄様も兄様で相当な剣の腕をもっていた。

 

 一応騎士学校で習っている剣の型に忠実な、戦い方だが。

 それなりの訓練を積んでなければ、実戦で物にはできないはずだろう。


 日常的に剣を持つ王族が、私以外にいたのがまず驚きだ。


 楽をしている印象が強いのが王族だが、最低限の護身のすべは身につけている。

 といっても、レアノルド兄様も他の兄弟も実践で戦えるような腕ほどではない。


 イグニス兄様の剣は、自分の意思でそこまで高めたのだろう。


 彼は彼で苦労をしていてたのかもしれない。

 

「くそっ」


 悪態をつくツェルトが、至近距離での剣の打ち合いから、仕切り直す様にいったん距離をとる。

 彼は、息を切らしていた。

 いつもより動きは早いほうだから、鬼の血の力を借りてはいるのだろうけれど、それでも勝てないらしい。


 正直予想外だ。

 彼がこれほど苦戦するなんて。


 一瞬助太刀しようかとも思ったが、私の助力は他ならぬツェルトによってとめられてしまう。


「ツェルト……」

「大丈夫だ。ステラ、こいつは俺がかたをつけるから」

「でも……」


 彼の言葉に甘えて良いのだろうか、と迷う。

 もし、私が手を貸さなかった事でツェルトが大きな怪我を負ってしまったら、取り返しのつかない事になってしまったら。

 そう考えるのだが、ツェルトは私のそんな思いすら見越したように、こちらに顔を向けずに首を振ってみせた。


「俺に任せてくれ。俺も追いつく。確かに好きな子よりも弱くて良いって言ったけど、最低限の恰好はつけたいしな。だから、先生達の方に行ってくれよ。きっと待ってるぜ?」


 心配なところはたくさんある。

 けれど、彼の真剣な声を聞いて私は決断した。


「…分かったわ。気を付けてね」


 そう言って無事を祈りながらも、私はその場を離れた。 






 ツェルト・クルセイダーは、俺は初めてステラに会った時、運命を感じた。

 ……なんて、そんな事を発言たらニオあたりに、余計な事とか余計じゃない事とか色々言われてしまいそうだが。


 ともかく、俺は一目見た瞬間からステラという女性の事を気になっていた。

 忘れるわけもない、あれは桜の花が咲きほこる入学式。


 式が終わって、それ以上学校でやる事なんてなかったはずなのに、誰もいなくなった後者の訓練場で一人で剣の型の練習をしていた姿が目に焼き付いて離れなかった。

 

 特別な事があったわけでもない。

 何か劇的な出会いだったわけでもない。


 けれどその時の出会いの時間だけで、俺はひたむきで一生懸命で真面目で、それゆえにちょっとだけ日常で損をしてそうな……そんな少女に惚れてしまったのだ。


 我ながらなんて単純な人間だと思うけれど。惚れてしまったなら仕方ない。


 今、好きな子が困ってる。


 剣を振るう理由はそれだけで十分。

 それ以上の他のどこに頑張る理由があるのだろうか。


「俺はっ、ステラの力になるんだ! こんなところで、お前みたいな陰険野郎の石ころに躓いてられるか!!」

「くっ、調子にのるな。下賤な人間が!!」


 正面、ステラの兄弟であるイグニスと剣を打ち合う。


 戦闘を始めてからどれだけの時間が経ったのか分からないけれど、自分の体に疲労が蓄積していっているのを感じる。

 だが、体力を消費しているのは相手も同じようだ。

 表情を歪めて動作一つごとに息を荒くしている。


「……っ!」


 ライド辺りなら、行儀の良いとでも評しそうな見本通りの剣が、こちらに迫って来るが、そのスピードは馬鹿にならない。

 対してこちらは、血の力で強引に身体能力をあげて、それらの攻撃をさばく。


 きっと、実力はほぼ互角なのだろう。

 しかし、互いに戦況を動かす決定打がないから、こうして戦いが長引いているのだ。


 負けたくない。

 相手が王族だからとか、嫌な奴だからとかは関係ない。


 ステラの力になる為にも、ここで負けるわけにはいかなかった。


 俺は弱いままでも良い。

 ステラが笑って日々を過ごせるなら、自分が弱い事ぐらい些細な事だ。くやしさがあるが、それくらいのみこんでいける。


 けれど、背中を追う事もできないほどに、つき放されたくはない。

 いつでも、必要な時に彼女に手を差し伸べられるくらいの距離でいたかった。


 それに、彼女の周囲には放っておいたらどうなるか分からない、危険なライバルもいる事だし。


 あの強さがカンストしてる先生は、ステラの事なんて気にもしてないようだったけれど、未来の事なんてどうなるか分からない。

 うかうかしている内に、あれ以上に関係を深めてもらっては困るのだ。


「いつまでも、あの人にてっぺんとらせてるわけにもいかないし、な……っ!」


 反撃に転じてイグニスに、横なぎの一撃。

 腹を狙って、どんな回避行動に読む。


 たった一回きりの攻防だけど、相手の動きはお手本通りの物だという事は分かった。

 最善の動きを予想すれば、先読み自体は難しくない。


 距離をとる相手に畳みかけるように、連続で剣を振るう。


 一つ一つの攻撃が、次の攻撃に繋がる様に。

 必要ならば、自分の身体能力も生かして。


 調子が上がってきたのを見て、更に前へと踏み込む。

 状況がこちらに傾いてきた。


「平民のくせに、そうまでして邪魔をするか……」

「ああ、当然だろ。こっちは大切な人の命がかかってるんだから」


 王族だの、責務だのなんだの。

 難しい事はツェルトには分からない。

 だが、それでも言わずにはいられない想いがあった。


「何で……お前が家族なんだよっ。何でお前みたいな奴がステラの家族なんだ! 俺だったら、絶対にステラを裏切らない、ステラを守る。家族ってそういうもんだろ。なのに、そんな風に何で切り捨てるんだよ」


 リートという姉を持って、自分の血の力せいで怪我をさせたり、けれど優しく許されたりしたことのある自分には、イグニス達の様な家族の形が信じられなかった。


「家族なら一緒にいなくちゃいけないんじゃないのか!? 困った時には一番に手をさしのべてやるべきじゃないのか!?」

「……お前の様な輩に何が分かる。上に立つ者の責任を、重圧を。誰のおかげで貴様らのような連中が呑気に暮らしていられると思っているのだ」

「分からないから、聞いてるんだろっ!」


 分からなかったから、こうしてステラがいなくなった今、気持ちをぶつけているのだ。

 別に喋らなくても戦闘のモチベーションは下がらない。

 恨み事なら山ほどだ。


 ただ戦うだけなら、ステラほど器用ではないので、ただ剣を振っている方が良かっただろう。

 でも、どうしても知りたかったから、こうして言葉を発しているのだ。


「俺だったら、俺が傍にいられたら、ステラを悲しませたりなんかしない。苦しい思いを、辛い思いもさせない。少なくともお前よりはずっとだ! お前のいるそこなら、ステラを悲しませないためにできることがたくさんあるのに。なんで、家族を傷つけるような事しか出来ないんだよっ!」


 相手はその返答に躊躇わなかった。


「家族よりも国の方が重要だからだろう」


 それが理想的な事で、正しい事だと信じて疑わないような。

 心からそうだと思っているような。


 打ち合う剣の激しさが増した。


 俺は初めてそいつの事を少しだけ理解したような気がした。

 イグニスには、世間一般の人間が抱く様な感情はないのかもしれない。

 けれど、人の上に達物としても責任や、重要性は理解しているらしい。


 イグニスはイグニスなりに正義だと思う事をして、要らないものを切り捨てて、有効な事をしているに過ぎないのだ。


 それはつまり、初めから見ているものが違い、それを判断する物差しも違うという事だ。

 俺はさすがにステラほど優しくはなれないので、離れたところで魔物に慰められているアリアがされたように、イグニスを助けてやろうとは思えない。


「価値観の違いってか、オッケー分かった。どうやっても俺達は分かり合えないみたいだ」


 もしかしたら、時間をかければ、そんな人間ともいつか分かり合える日がくるのかもしれない。

 努力をし続ける事ができれば、ステラとイグニスが家族の様に言葉を交わせる日が来るのかもしれない。


 けれど、今の俺達にはどうしても優先しなければならない事があるから。


 勇者ですら、取りこぼすのだ。

 人間なのだから。


 だから俺達は、全部を完璧にはできない。

 全部を守らなくていい。

 優先順位をつけても。

 大切な物をまもるためにひたむきに生きてもいいのだ。


「死んでも恨むなよ。次の一撃で終わらせる」


 だから、手かげんはしなかった。

 後々大問題になったとしても、ステラを守れればそれで十分。


 一呼吸。


 体の中に高まる鬼の力を制御して、すぐにでも力を発揮できるようにする。

 精霊使いの力をまぜて、己の武器である剣にまとわせる。


 学校に入学したばかりの時、遺跡の中で剣で傷つけることすらできなかった石造のガーディアンを切った時……あの時のように。


 ただ叩きつけるだけではなく、必要な場所に必要な力を満たした。


 そして、ツェルトとイグニスの剣が交差する。


「――らぁぁぁっ!」

「――はぁぁっっ!」


 結果は出た。


 力の余波が周囲にまき散らされる気配を何となく感じながら、体の力をぬく。

 どうやら相手も自分も悪運の強い人間だったらしい。


 王族の墓が増えるのはまだ当分先の様だ。


「馬鹿な……」


 人間が一人倒れる音を聞いて、肩の力を抜いた。


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