第26章 舞台上できらめく星
一通り王宮を歩いていても何も起きなかったので、仕方なくパーティー会場に戻る。
やはり、エルルカが言った通りだ。
強い意思が関係している未来の出来事は、そうそう外れないらしい。
だから、敵は会場で何かをしかけてくるつもりだ。
それはもう絶対決まった事らしい。
それだけ彼らは、私の命を狙う事を強く考えて行動しているのだろう。
私は、自分の為なら誰かを巻き込んでも良いなんて思えない。
そう思える人間であったら、きっと今もまだこの王宮で暮らしていたはずだ。
でも、そうじゃない。
今の私にはたくさんの大切な人がいるし、他の人が誰かを大切に思う気持ちも分かる。
だからできれば、あまり他の人を巻き込みたくなかったんだけれど……、やはりそうも言っていられないのだろう。
釣りの成果の出なかった散歩を終えて、私達は会場に戻った。
しかしそこで、唐突な提案をされて驚いてしまう。
なぜならパーティーの企画係の一人に、舞台に上がって欲しいと言われたからだ。
「え? つまり、それは私が何かをするという事?」
この舞台で私に見世物になれと、そういう事?
言い方は悪いけれど、そうとしか考えれない。
つまり元王女であるこの私に、パーティー会場の奥にある立派な舞台で、何でも位から招待客を満足させてほしいという事なのだ。できもしないというくせに、という幻聴が聞こえてきそうだ。
それは、兄弟達の皮肉なのだろうか。
それともただの嫌がらせ?
普通に罠?
様々な可能性が頭をよぎったが、どれか分からない。
「ステラ、大丈夫か?」
「大丈夫……」
ツェルトに気遣われて返事をするけれど、半分上の空だ。
相手の、というか企画者の意図が読めなかった。
しかし、
「実はこれは、レアノルド様の発案でして」
「お兄様の?」
企画係から言われた事に、一瞬思考が止まった。
一体どういう事?
真面目な性格のお兄様は、パーティーなどでもこのような変わった趣向を凝らすような人ではなかったはずなのだが。
それともお兄様も他の兄弟達と同じで私の事を……。
「良いじゃない、やってあげましょう」
思考の迷路に入り込みそうだったところを、シェリカが引き上げる。
いつの間にか近くに来ていたようだ。
その近くにはニオもいる。
デザートが山盛りになっているお皿を手にしているので、今度はニオと食べ比べをしていたのかもしれない。それも味を確かめる方じゃなく、量をこなす方の。
「ニオも良いと思うよ。よく分からないけど、ステラちゃんなららくしょーだよ」
「そうよ。せっかくの機会だもの。踊ってあげましょうよ」
「本気で言ってるの? シェリカ?」
ここは王宮よ。
町の一画とかじゃないのよ。
「ステラ、貴方はあれならできるでしょう? 私が上手くリードするから、一緒にどうかしら?」
シェリカは何でかは知らないが、結構乗り気な様だった。
分からない事が多すぎて、釈然としないながらも、会場にいる仲間達の事を思い出して私はぎこちなく頷く。
何かがあったとしても、きっと大丈夫。
「じゃあごめんなさい、ツェルト君、ステラを借りるわね」
「え、あ、それは良いけど……」
ツェルトの心配そうな視線がこちらに向いた。
だから、私は安心させるように、笑いかける。
すくなくともシェリカと一緒なら、罠を必要以上に警戒する事はなくなりそうだからだ。
「ツェルト、大丈夫だから。心配しないで。皆がいてくれるから、平気よ」
「分かった」
そう言い残して、シェリカ共々舞台の方へと招かれる。
そこで打ち合わせでもするのかと思えば、シェリカは何とそのまま上に上がってしまった。
それには声をかけた人もびっくりだ。
「武器は、隠し持ってるけど。ここで出したらまずいわよね。一応カモフレージュで預けてるのを持ってきてもらいましょう」
そこで言われてピンと来た、演武をするつもりなのだ。
そして私は多分相手役だ。
しかし、王宮のパーティーで客席から直接舞台に上がる人がいるなんて……。
剣守だからというのもありそうだけど、普段からやり慣れてるから気にならないのかもしれない。
私も気後れしながら舞台の上へ続く。
「さ、構えて。剣は……、あら、ありがとう、早いわね。模造剣だけど、十分ね」
罠に加担しているかどうか分からなかったが、王宮に勤めているだけあって、進行係たちのアシストは早かった。
剣を受け取ったシェリカは、具合を確かめるように振り回している。
私の分も貰うが、特に細工が施されているようでもなさそうだった。
私達には勇者様という伝手があるので、会場内のどこかには自分の武器があったのだが、やはり手元に武器があるのとないのとではお違いだ。
ちょっと安心してしまった。
「そこの貴方、後で預けた私の剣を持ってきて。用意したらこっちに投げ入れてくれればいいわ。それと、ステラのも適当に見繕ってちょうだい、あとは……あれとかこれとかも……」
シェリカはそれからも、短剣やら、刺突剣やらの注文もし出したので、演武の途中に武器を変える趣向らしかった。
「じゃ、やるわよ」
さっと打ち合わせが終わった後、シェリカがパンパンと手を叩いたのを合図にして、何人かが視線をこちらに向けた。
こんな所で注目された事が無いから、緊張してしまう。
「大丈夫、演武のプロがいるもの。全部私にあわせてくれればいい」
緊張などまったくしていない様子のシェリカは、余裕の態度で、動き始める。
構えを見せて、殺気を纏った。
こうなったら腹をくくるしかない。
周囲の視線が気になるけど、私は集中する事にした。
さっそく剣を持って、シェリカが動き始める。
「――やぁっ!」
なめらかな動きで、作れられた物だとは思えない。
どこからみても自然な動作だった。
彼女は優雅な身のこなしで、剣を振り、私に何度かつきつける。
それも当たりはしないが、殺気は乗っている不思議な剣だ。
それなにに動きは軽くて、蝶がひらひらと今にも舞いだしそう。
私はそれに反応して、体を動かした
そして、彼女の攻撃に合わせて、リズムをとる。
警戒なステップを踏んで剣を打ち合わせ、責められては下がり、時に相手が下がった時はこちらから攻め返す。
音楽は、この広間に響いているものをそのままBGMに使用。
衣装は、パーティー用のそのままのドレス。
即席ばかりで、見栄えなんてするのだろうかと思っていたが、予想以上に視線が集まって来るのを感じた。
開始から数分しか経過していないけれど、たくさんの人達に見られているようだ。
意識すると、体が強張りそうだったが、シェリカはそれすらも見越していたようだ。
大勢の注目が集まったと同時に、彼女の動きが一段回早くなった。
「――はっ!」
「……っ!」
私はそれについていくのに必死になる。
呼吸が荒くなるに従って、目の前の剣に意識が導かれていくようだった。
途中から投げ込まれた武器を変えて、様々な獲物で剣舞を続けていくが、一度も動きが途切れることがなかった。
それだけリードしてくれるシェリカの動きが凄かったのだ。
どんどん激しくなる演武にあわせて、自然に鼓動が高まって来る。
血潮の流れが感じられるようになり、世界で二人だけになったような気分だ。
だからそれは必然だったのだろう。
体の中にあるそんな熱量をどうにかして発散しようとしたのをきっかけに、ある変化が起きた。
「――これは?」
気が付いたら私は、光輝く剣を握ってシェリカと攻防を繰り広げていた。
刀身で打ちあうごとに星の光のようなしぶきが弾けて綺麗だ。
「精霊使いの力を引き出したのかしら。貴方って本番に強いタイプなのね、おめでとう」
気が付くと、誰かが気を利かせたのが、私達のいる舞台周りが薄暗くなっていて、光の剣が目立って見えた。
唐突な力に驚きつつもやる事は変わらない。
技を繰り出し、力を見せ、舞台を踊り尽くした後に。
流星を思わせる私の繰り出す突進技を最後に見せて、演武が終了した。
うっかりして、今までに培ってきた剣の型や技を全て出し尽くしてしまった。
こちらを襲う側である敵には、とても良い情報源になってしまったかもしれない。
演武の終わりに二人そろって舞台の上で頭を下げると、割れんばかりの拍手の音が大きく鳴り響いた。
気づくと、ホールにいるほとんどの人がこちらを見ていた様だった。
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