第25章 和解の兆し



 王宮 テラス

 数十分かけて王宮の区画の半分を歩いた後、少し疲れた。

 散歩の休憩地点として選んだのは、王宮にいた頃に私が比較的よく訪れていた場所だ。


 星空が見えるテラス。


 王宮の上階に設置された、ひそかな絶景ポイントだ。

 来るのが若干面倒であり、テラス自体の面積がそんなにないのが難点だが、ここにいた頃は気に入っていた。

 人がいないので誰かの目を気にする事が少ないし、結構飾りけのある場所なので、隅に綺麗な花が植えられていたり彫刻なんかがあったりして、退屈もしなかった。


 ベンチなども置いてあるので、座ってのんびり景色を楽しむにはうってつけだ。

 伝書バトを飛ばす時間などに空を見ていると、白い鳥の大群が空を飛ぶ光景も見れたりする。


 しかし、ここまであからさまに人気のない所を通って来たが、一向に相手がしかけてくる気配がない。


 やはり、エルルカが事前に占った通り、パーティー会場で仕掛けてくる気なのだろう。


 人がたくさんいる会場に留まっているのは、少し気が引けてしまうが、仕方がない。

 ざっと見るだけみて、そろそろ戻ろうかと考えていた頃、先客がいるのに気が付いた。


 先生だ。


 先生は、手に持ってる鏡に向って何かを喋っていた。


「別に俺は年柄年中あいつの傍に引っ付いてるわけじゃねぇよ、たまには離れるのも必要だろ。あぁ? そんなもん知るか。どっちの方こそどうなんだよ、再会の感想は」

「先生、ここにいたんですか」

「ステラードか、まあな。じいさん達と勇者が話があるもんでちょっと出てたんだ」


 振り返った先生は、そこしだけ面倒そうな顔をしながら鏡へと視線を戻した。

 たぶん、その鏡は遺物で、どこか別の場所にいる人と話ができるのだろう。

 向こうにいる相手は、勇者様かレットか、アンヌ。それとも全員だろうか。


 レットと勇者様の間には、色々と一筋縄ではいかない事情があるみたいだから、その関係で話をしていたのかもしれない。


 そう考えていると、先生は鏡の向こうに向かって、ため息をついた。


「ん? ……何だよ。しゃーねぇな。そういうのは、来る前にちゃんと話しとけよ」

「どうかしたんですか?」

「ああ……。何か、レットとアンヌがお前に話したいことがあるとかな。手短にすませろよ」

「話?」


 毎日のように屋敷で顔を合わせている二人から、どんな話があるというのだろうか。

 首を傾げるが、思い当たる節はない。


 一応周囲を見まわしてみたが、第三者の気配は無いようだ。

 誰かから不意打ちされたりすることも、話を聞かれる心配はなさそうだ。


 勇者様達は勇者様達で、途中で会場を抜け出して外で見張りをしたり、何かしていた様だったが、聞いてもいいだろうか。

 作戦内容としてはこちらに何も伝わってこないし、自由に動くの一点張りだったのだが、それも何かの策なのだろうか。

 それとも、何も考えてないとかは……。

 いや、そんな事はまさかないだろう。


 ここに来る前に、王宮の屋根の強度とか、レンガの色とか聞いてきた時は何をするんだろうと思ったが。


「じゃあ、ステラードと代わるぞじいさん。……ほら受け取れ、もう向こうと通じてる」


 先生から小さな鏡を渡される。

 そこに相手の顔が映った。


 ちょっと映像がぼやけているが、遠距離と会話する手段が乏しいこの世界だ。

 元の世界の通信網と比べると若干心もとないそれだが、こちらで使われる手段としては破格の価値を有しているだろう。


「ええと、レット、何か私に話があるの?」


 鏡の向こうにいる相手に向かって尋ねる。

 長年私に仕えてくれている、壮年の男性が口を開いた。


「お嬢様、申し訳ありません」


 鏡に映ったレットが、最初に申し訳なさそうな顔をする。


「今作戦への参加への許可を頂いた事を、どうしてももう一度礼を言っておかねばと、思いまして」

「それは良いけど? それだけじゃないのよね」

「ええ、実は……。お嬢様もご存知の通り、私と勇者殿の間には少々複雑な事情がありまして……」


 話を聞くに、わだかまりの内容は一つではないらしい。


 様々な要因が絡み合って、生まれてしまったものらしい。


 レットやアンヌは、私に仕える前は王宮で働いていたが、その前は勇者様と共に行動していた。


 さまざまな苦難を乗り越え、さまざまな偉業を成し遂げたらしい彼らがばらばらになってしまうには、後から考えれば色々な要因があった様だが、決定的な亀裂を生む事になった一つの大きな出来事があったみらいだ。


 勇者様との旅の中で、レットは「影」という怪物を討伐する為に、尽力していたのだがそれが上手くいかなかった


 解決するにあたって、レットの奥さんがいた故郷が滅茶苦茶になってしまい、その判断を下した勇者様に怒ってまったのだという。


 それでパーティーは解散になって、勇者様とレットは、長年ケンカをしていたという。


「勇者殿に、頭を下げられてしまったので、こちらも下げないわけにはいかなくなったというのが、本心ですが。ええ、こちらは当人達には内緒でお願いします」


 だが、今回の件で少しだけ、双方共に歩み寄りができたらしい。

 鏡の向こうで、レットのすぐ近くに勇者様やアンヌがいたのか、何やら小声で言っている様な気配があったが、そこに険悪な感情は見られない。

 思ったよりもずっと、仲直りが上手くいっているようだ。


「それは良かったわ。でも……」


 とりあえず、長年世話になったレットに恩返しの一つが出来て良かったと思ったが、同時に聞きなれない言葉に首を傾げてしまう。


「影」とは何だろう。


 そんな私の疑問に答える様に、レットは言葉を続ける。


 そう言えば、ゲームの中でもそんな存在の情報が時々出てきた。

 大抵は、黒っぽい人型の見た目から「ただの亡霊設定として」物語の本筋に関わらないので、軽く受け流される程度だったが。


「お嬢様……影とは、生命ならざる物です。おそらくフェイトに……敵に近い存在かと。敵として戦う際には、十分にお気をつけください。奴等に触れると、その物の時間が止まってしまい、時の世界から断絶されてしまいます。そこにいるツヴァイは何度もその被害にあい、時間の流れから置き去りにされた事がありますので」


 思わぬ情報に私は先生の方を見てしまう。

 大昔の事情に詳しいのはどうしてかと思ったら、そんな理由があったとは。

 とりあえず、何百年も生きているおじいさんではなかったらしい。


「そこにいるツヴァイもおそらく分かっているのでしょうが、私の故郷の人間達は影によって時をとめられ……勇者によって壊されてしまって今はもうありません。あの悲しみを背負うのは私達だけで十分でしょう。お嬢様、くれぐれも気を付けてください」

「ええ。分かったわ。ありがとう、レット」


 もうこれ以上思い出すものはないと思っていたのに、私の脳内に前世の情報があふれ出してきた。

 そういえばあのゲームには、通常のプレイでは辿り着けないエンディングが存在しているという話を聞いた事があった。


 奇跡的な選択肢を選び抜いたその先には、悪役もヒロインも関係なく笑い合える結末が待っていて……、けれどそれゆえに立ち向か困難の大きさが半端ではないのだ。

 そんなシナリオの中には、フェイトと名乗るツェルトがラスボスとして立ちはだかっていて……。


「え?」


 私の脳内に、酷薄な笑みを浮かべた彼の姿が浮かび上がる。


 ゲームの中で彼は、影を従えて私達を殺してしまおうとしてくるのだが。


 なぜ? どうして?

 味方であるはずのツェルトが?


 視線の先、ツェルトはこちらを気にしながらも、エルルカと話しながら時間を潰しているようだった。

 私の髪型について熱く語っている様で、エルルカに引かれている。


 ツェルトは、私の事をいつでも助けてくれた。

 そんな彼が敵になるなど、信じられなかった。

 きっと何か理由があるはず。何かしらの原因があるはずだ。


 そうだと思っても、胸が苦しくなってきた。

 私はツェルトを信じたいのに。

 信じ切れないでいる自分がいるのだ。







 そんな事を考えていると、いつのまにか話が進んでいたらしい。


 自動応答モードになっていたようだ。

 申し訳ない事をしてしまった。

 

 今度はレットの代わりにアンヌが鏡に映った。


 彼女もまた、レットと似たような表情をしてみせる。

 ただ、彼とは違って若干気まずそうな色合いも見えたが。


「お嬢様あの……」

「アンヌ、どうしたの?」


 私は意識を切り替える。


「いえ、改めて、あの時の事は申し訳ありませんでした」

「あの時?」

「お嬢様にストレイドの事について、要らぬ事を……。お嬢様には私達の敵であるフェイトと同じ血が流れているのです。なのでそれで、ほんの一時ですが逆恨みにも似た感銃を抱いた事もありました」


 いつの事かと考えて、それは子供の頃にアンヌに意地悪された時の事だと、思い至った。


 そうだ、王宮の陰謀で怪我をしたばかりの頃、アンヌが言った事で私は疑心暗鬼になったのだった。


 けれどそれは、とっくの昔に赦したはずだった。


 彼女はあれからもずっと気に病んでいたらしい。

 アンヌが良い人だという事は知っているし、今ではもうすっかり家族の様な存在だ。

 私は今は気にしてないのに。


「もう一度言っておきたかったのです。特に今日は大事な日ですから。私達のケジメとしても」

「アンヌがそう言うなら、大事だったんでしょうね。分かったわ、受け取っておくわね」


 彼等にとっても、今日が大事な日だと言う事は分かる。


 勇者パーティーが揃う日でもあり、久しぶりに級友と共闘できる機会なのだ、色々と思う所があるのだろう。

 私の言葉が彼らの背中を押すのなら、いくらでも話につきあってあげるつもりだ。


「……そうよね。皆ずっと同じではいられないのよね」


 会話を終え、私はこちらに向かってくるツェルトを見て思う。


 私の身の回りにいる人たちも大分前とは変わっている。

 それを良い物にするか悪い物にするかは、その人次第なのだろう。


 私達はきっと良い風に変わっている。

 だって今は、こんなにも穏やかに過ごせるのだから。


 全部を信じ切るにはまだ難しい。

 けれど、人は間違えるもので、間違えた後でもこうしてやっていける例がここにあるのだから。


 もうちょっと、ほんの少しだけ勇気を振り絞って、私から人を信じてみようと思った。


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