第24章 鏡うつしの私達



 王宮 廊下


 冷たい風が肌をなでていった。

 あけ放たれた廊下の窓から見える空は、漆黒色の暗闇だ。


 けれどそんな夜の風が、パーティー会場の熱気で火照った体にはちょうど良い。


 会場を出た私達は、王宮の建物の中を巡り歩いていた。

 傍にはエルルカとツェルトが歩いている。


 こちらを罠にはめる気満々だろう敵に、どうやって対抗すればいいのか。

 ……という事を皆で考えた際に、共通して考えられた事がある。


 それは、できるだけ他の人を巻き込まないという事だ。


 パーティーの際に何かを仕掛けてくる可能性が高いというのは、これまでの事やエルルカの占いでも分かっている。


 だから、他の参加者を巻き込まない為に、できるだけ人気のない場所に移動して待ち構えようと思ったのだ。


 その際には、必ずエルルカに声をかけるのを忘れない。

 彼女がいれば、何か異変があった時にすぐに分かるからだ。


 一度未来が分かる感覚とはどんなものなのか聞いた事があるのだが、あまり良い感じはしないらしかった。


 便利な力の様に見えるけれど、欠点だって当然あるのだろう。


 王宮の廊下を見つめて、小さく呟く。


「王宮の中をこうしてのんびり歩く日が来るなんて、考えられなかったわ」

「ステラは……、王女様なのに?」


 私の言葉を聞きつけたエルルカが尋ねてくる。


「王女様だからこそ、かしらね。私がここにいた時も、そんなにのんびりお散歩なんてできなかったわ。あの頃は、剣の腕なんてない、ただの少女だったもの」


 記憶を思い出す前の私は、前世の記憶もなかったから、この世界で生きていく為のすべを本当に何一つ持っていなかった。


「そう……」


 私達の話に聞き耳を立てているような人物はいない。

 パーティー会場には外に溢れんばかりの大勢の人がいたと言うのに、私達の歩く廊下は静かだった。


 私達の背後。離れた所で歩いているツェルトが、珍しそうにキョロキョロと周囲を気にしてるけれど、特に人の気配は感じられないようだった。


 暇だからと言って、壁に落書きとかしないと良いけど。

 この間ライドと一緒に、校舎の壁に相合傘みたいなのたくさん書いてたから、消すが大変だった。

 何でそんな事をしたのか聞いても、何となく書きたくなったとか言って、ごまかすばかりだったし。


 そんな考え事をしていると、エルルカが口を開いた。


「ステラは、どうしてそんな風に強くいられるの?」

「え?」


 彼女から唐突に言われた言葉に、返す言葉が思いつかなくなる。

 そんな事言われた事が無いから、驚いてしまったのだ。


「どうしてそんな風に立ち向かっていけるの? 私には、とてもできない。姉さんのようにも、ステラの様にもなれない」

 

 とりあえず分かるのは、エルルカは真剣だという事。

 ならば、私もできる限り答えてあげなければならない。


「私は強くないわよ。それに……別にエルルカは、シェリカみたいになる必要ないと思うわ。私みたいにもなる必要はないのよ」

「でも、皆は姉さんみたいな人を必要としてる。占いばかり得意な私じゃなくて、剣の腕が良い姉さんみたいな……」

「エルルカ……」


 エルルカは、人に認めてもらえていない。

 これまでずっと自分を否定され続けて来た。


 私も、境遇はエルルカと同じような物だ。

 誰からも必要とされていなかった。


 けれど、それは過去の話。

 私には認めてくれる人がいたし、今はたくさんいる。


 認めて欲しい人に、自分の力の一部でも認めてもらえていれば、きっとエルルカだって自身を持てるはずだ。

 このままだと彼女はきっと、無理をしてしまう。

 しなくていい不安にさいなまれ続け、いつかその感情に潰れてしまいそうになるだろう。


 そうならない為にも、友達である彼女に何かをしてあげたいが……。


 私がではどう言っても、代わりにはなれないのだろうか。

 エルルカが認めて欲しいと思っている「大好きな人」には。


 力になってあげたいのに、できない。


 その事がすごく辛かった。


「どうしたら、貴方に何かをしてあげられるのかしらね」

「ステラ?」

「何でもないわ」


 エルルカはまるで鏡うつしだ。

 自分を見ているようで、頬っておけない。


 私は心の底から、自分に似たこの友人を助けてあげたいと思った。


「お、これなんだ? 変わった木だな」


 話の行方を気遣ってなのだろうか、ツェルトが廊下の隅にある、観賞用に植えられている木に気づいた。


 見慣れた木だ。なので私はツェルトとエルルカに説明した。

 小さくてぷくっとした赤い実がたくさんなっている。


「この木は、ベリーズの木って言うの。綺麗で可愛くて、美味しい木の実がなるのよ。たまに食べてたわ」

「え、食べてた!? 廊下の木の実を!?」

「でも、木の実の90%以上が渋いのだったから、いつも外れだったけど」

「王宮でも、そんなつまみ食いできるような木があるんだな。ちょっと驚き」


 驚愕の声を上げるツェルトが、意外だという風に言った。

 エルルカも、わずかに表情を動かして、驚いている様に見えた。


 王宮にいる人がいつもつまみ食いしてるみたいに思われてはいけない。


「でも、その事を知ってるのは私くらいの物だと思うわよ。ちょっとお腹空いてたから、食べてみただけで」

「王女様なのに!?」

「ステラって、子供の頃から、怖いもの知らず……」


 だから、そう追加で説明したが彼等からの反応は思った物ではなかった。

 そんなに驚くような事だろうか。

 だが、まあ確かに私も珍しい行動だとは思う。


 大体の人は、食べられるとも知らずにただ見て満足していたし。


 誰も遊んでくれないからちょっと好奇心で、口に入れてみた事がなければ私もしらなかっただろうし……。


 そう言えばそんなところを見られて、レアノルド兄さまに呆れられたわね。

 いじめで食事でも隠されたのかと思われて、後でご飯持ってきてくれたのが申し訳ない。


 そういえば乙女ゲームの中でも、同じ木が出て来た気がする。

 記憶を引っ張り出してきたら、いい案が浮かんだ。


「あ、そうだ。エルルカ。この木になってる実でどれが当たりか当ててみてくれる?」

「え?」

「お願い。……駄目かしら」

「いいけど」


 このベリーズの木には10%の確率で、あたりの美味しい味の実があるけれど。

 さらに低い1%の確率で、とても美味しい実がなる事もあるらしい。

 ゲームの中では、ヒロインがあてて、その味に感動していた。


「ええと、たぶんこれと、これ、これも。そして……これはすごく特別」


 私が頼めば、彼女はさっさとそれらを見つけてしまった。

 

「ありがとう。じゃあいただきますしましょう」


 お礼を言った後で、最初にエルルカが発見した3つをもいで、ツェルトやエルルカと一緒に食べる事にした。


「え、本当にここで食べるんだな。ホールの人が見たら驚くだろうな」

「王女様、らしくない」


 確かにちょとお行儀が悪いけど、誰も見てないし大丈夫のはず。

 唖然とした様子の二人と共に、口に運ぶとすぐに懐かしい味がした。

 ちょっとだけ嬉しくなる。


「へぇ、美味しいな」

「結構、いける……」


 二人にも好評だったらしい。

 なら、次はとっておきだ。


 私は、最後の一つを3等分にして、分け合った。


「これはたぶんとっておきよ。はい、どうぞ」

「お、おぉ、……うわ、これ美味い。ステラはこんなの時々食べてたのか」

「もぐ……あむ……」


 こちらの評価も上々のようだ。

 小さな欠片を口に含んだ二人は、それぞれ味わうようにして実を食べた。


 試みは成功したらしい。

 私は、味の余韻に浸っているエルルカにお礼を言う。


「エルルカのおかげね。ありがとう」


 私がやった事の意味に気が付いた彼女が頬を赤くする。


「……っ、私は……」

「ああ、そうだな。エルルカのおかげで、俺もステラの好きな味が知れた。他の奴には中々できないぜ、こんな事」


 追撃でツェルトが誉めれば、居心地が悪くなったのか、彼女は下を向いてこちらから距離をとりはじめた。

 ストレートに言い過ぎたかもしれないが、後悔はない。


 エルルカの力はきっと、多くの人を幸せにしてくれる。

 言葉で言って足りないのなら、こうやって力を分けてもらってどんどん助けてもらえば良いのだ。

 

 小さな事でも積み重ねていけばいつかきっと、彼女の頑なな心を変化させることができるだろう。


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