第27章 王宮の罠
舞台上で踊り終わった後、拍手と歓声の余韻を心地よく感じている自分がいる事に驚いた。
剣舞を見ていた観客達を見回すと、皆感嘆の表情をしている。
遠くの方の招待客まで、手を振っていたり、口笛を吹いていたり、だ。
本当に、かなりの人数が私達を見ていたらしい。
今更ながら、ちょっと恥ずかしくなってくる。
でも、この王宮で拍手を貰えた事がすごく嬉しかった。
「ステラちゃーん、すごいっ!」
「剣士ちゃん、さすがな」
舞台を降りたら、いつのまにか集合していた友人達にもみくちゃにされてしまう。
こんな大勢の人に褒められた事が無い。
彼等にどんな表情を返せばいいのだろう。
初めての場面に感情が追いついてこないようだった。
一番近くにいたツェルトと目が合う。
「ステラ!」
彼の感想はいつも真っすぐだ。
「良かったぜ! ……良かったな!」
最初のそれは、きっと舞台の出来へのだ。
そして次は、……何にだったんだろう。
彼の事はいつも分からないけど、分からなくてもきっと私の事を思って言ってくれてる事は分かるから、だから今も嬉しかった。
「姉さん、王宮の人こき使い過ぎ」
「あら、心配してくれたの。大丈夫よ。剣守だもの。権力は使う為にあるのよ」
「それは知ってる……けど、目を付けられたらどうするの」
エルルカに窘められているシェリカに心の中で礼を言う。
ふと離れた所から視線を感じてそちらを見れば、先生や勇者様、アンヌやレットがいた。
勇者様達は拍手で祝ってくれているけれど、先生は片手をひらひら。
もうちょっと誉めてくれたって良いんじゃないだろうか。
思わず頬を膨らませていると、ふと違和感を感じた。
叶う事ならもう少しこのまま余韻に浸っていたかった。
でも、そうはいかなかったようだ。
敵のお出ましだった。
殺気を感じる。
頭上に何者かの気配。
「……?」
不思議に思って見上げると、そこにあるはガラス窓だったが……。
その先に信じられないものが見えた。
生物がいる。
それは、巨大な何かだった。
大きな生き物がガラス越しにこちらを見ていた。
おとぎ話で語られる様な、絵本の中にでも存在するような巨体の獣だ。
伝説の勇者や騎士などが悪者退治をする時に、相手役を務めるようなそんな存在。
それが、ガラスに爪を立てる。とたんにとうめいな素材にヒビが入っていって、欠片がこぼれ落ちてくる。
夜の冷たい空気が吹き込んでくるより先に、獣がこちらへと飛び込んでこようとしていた。
まずいと思った私は、とっさに声に出した。
「「――下がって」」
私とシェリカの声が同時に重なった。
舞台の上から飛びのく。
そして、上からガラスを破ってどしんと重たげに降って来たのは、身の丈以上のある大きな獣だった。
「一体あれはなに……いいえ、そんなことよりも」
相手がなんであろうと一般人にとっては大きな脅威。
逃げ惑う招待客達の為に、時間を稼がなくてはならなかった。
きっと、これは私を狙っているのだろう。
なら、私が相手をしなければ、他の人に害が及んでしまうかもしれない。
舞台の上で手にしてそのままだった武器を握りしめ、大きな獣の前へ。
黒い毛並みをした、大きな狼のように見えるその動物は、理性や感情の感じられない瞳でこちらを見ている。
その姿からは強大な脅威しか感じられない。肌を刺すようなプレッシャーは今まで相対したどんな相手よりも重いものだった。
だが、人間より大きな敵とは何度も戦っている。
経験なら私にはあった。
前足で床を引っ掻く様なしぐさ。
そして、黒い獣が咆哮をあげながら、こちらに向かって来た。
しかし、
「ここは任せなさい」
私の前に立つ人達がいた。
それは勇者様達だ。
勇者様は、剣を一振りして、衝撃波みたいなのを出して、人間の何十倍もの体重がありそうな獣を吹き飛ばしてしまった。
まるで子犬のように飛ばされてホールの壁にぶつかる獣を見て唖然とするしかない。
疑っていなかったが、このひとやっぱり先生の師匠だ。
「魔物使いの素質がある人間が、近くから指示を出しているようだね。きっと、君を狙っている者がこの獣を使役しているのだろう。この聖獣……ではなく大きな獣はちょっと頑丈だから、君達の手には余るはずだよ。だから、私達が相手をしよう。ここは気にせず行ってきなさい」
「あ、えっと。ありがとうございます」
途中で、おとぎ話の中で聞くような気になる単語が聞こえて来たのだが……、聞かなかったことにして頷いた。
本当にそうだったら、確かに自分の手には余るはずだ。
レットやアンヌから、隠していた武器をもらい受ける。
「お嬢様これを」
「どうか、ご決着を」
「ありがとう」
幸運な事に仲間達は舞台近くに集まっていたので、連携に支障はなさそうだ。
相変わらず会場は騒然としていて、ちょっと動きにくいが仕方がない。
大きな混乱が起きているからこそ、名前の知られている勇者様達が彼等の安全をこの場で守らなければならないのだから。ここは、目の前にいる彼等に任せた方が確実だろう。
「じゃあ私も、一応逃げる人達に脅威が行かないように残るわ」
シェリカは勇者様のアシストに付くようだった。
ちらりとエルルカの方を心配そうに見つめたが、ひとつだけ彼女へと頷いただけだった。
「ステラ、エルルカ。他の皆も、頑張って」
「ええ、ありがとうシェリカ。勇者様もありがとうございます。アンヌも、レットも迷惑をかけるわ」
「いいえ。とんでもない事ですわ、私は好きでやっているのですから」
「お嬢様、気にやむ事など何もありませんよ」
自分にはもったいなしの使用人たちの返答に頷く。
負けるかも、なんて思うのは失礼だ。
彼等ならきっとやってくれる。
こういう状況になるのを見越して皆で来たのだから、ここで頼らなくてどうする。
私は、心配そうにこちらを見ているカルネや、他の人たちの様子を見た後、仲間達と共に会場を飛び出した。
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