第3章 くまあつめ
王都の町
唐突だが、私がやった乙女ゲームの中には、ミニゲームが豊富にある。
モグラスライムをやっつけるという勇ましいものから、音楽に合わせてボタンをクリックするという楽しいものまで、実に数が多いのだ。
その中でも、私は一番に気に入っているゲームがあった。
それは、「くまくま集め」だ。
それは、ヒロインであるアリアが町の中を歩いている時に発生するミニゲームであり、町の中に隠れた小さなクマのヌイグルミを探していくと言うゲームだ。
特に工夫のあるゲームではないし、ルールはいたって簡単。
子供でもできるミニゲームだ。
凝ったミニゲームは色々あるし、華やかなものなら他にある。
けれど、私は他のゲームよりも、このゲームが気に入っていた。
それは、集めたクマのぬいぐるみをギャラリーに保存して、ゲーム内にあるショップなどで購入した服などで、可愛く着せ替えたりできるからだ。
という事で、私はそのリアル「くまくま集め」に参加する事にした。
本当なら、原作開始後に発生するイベントなのだが、私に転生前の記憶があるのがどこかで影響したらしく、開始時期が早まっていたらしい。
いま、私の住んでいる町はクマだらけだ。
とても可愛い。
とても楽しい。
そういうわけで、話を聞きつけた私は数日前にニオ経由で誰かから手渡された手紙の事をほっておいて、町の中を歩き回っていた。
町で購入した私の籠の中には、小さなクマのヌイグルミがもうすでに数体。
「すっごくステラちゃん楽しそう。クマ殺しなのに、クマが好きなんだねー」
そんな私に話しかけてくるのはニオだ。
「確か大量発注したクマさんが、逃げ出した牛さんの群れに攫われて、散らばっちゃったんだよね」
元々一緒に町で遊ぶ約束をしていたニオだが、つい先ほど偶然イベントが発生したため、こっちに付き合ってくれているのだ。
他に用事もあったし、今この町に来ている見世物屋の動物芸も見たいと言っていたのだが、そっちはまだ見れる機会があると言って、私と共にヌイグルミ集めに奔走している。
「あ、はっけーん!」
こちらの事情に付き合わせてしまう事異なってしまったが、彼女自身も楽しんでいるようで、籠を手にして積極的にクマ集めに協力してくれている。
賑やかで楽しい事が好きな彼女はこういったイベントに目が無いようだ。
「ニオもクマ好きなの?」
「ステラちゃんはクマさん好きだよね。じゃあニオも好き! でも、クマ程ギャップのある身近な生き物ってあんまりないよね」
「ギャップ?」
「うん、だってステラちゃんと一緒でじっとしてればそれなりに可愛く見えるのに、生存競争的な所で怖いとことか? あ、ステラちゃんはじっとしてなくても可愛いから、違うね」
それ、どう反応すればいいのだろう。
コメントしにくい事をそんな満面の笑顔付きで、はっきり言われると困る。
「よく可愛く描かれたクマの小物とか見るけど、実物ってー遭遇しちゃうと結構怖いよね。一年生の時はステラちゃんがばっさりやってくれて良かった」
あの活躍のせいで狂剣士っていうあだ名が広まることになったのだから、こちらとしては複雑だが。
そういえばツェルトなんかは、鮭をくわえたり子熊を抱っこしてたりする熊の木彫り人形を作っている。よくできたのとかは、たまに私にプレゼントしてくれるけど……何でだろう。
「あーもうほんっと先生ってば、何教えてるの! ステラちゃんはこんなに可愛いのに、たまにクマさんみたいだよー。もうっ、先生の馬鹿っ!」
よく分からない事でデジャブを感じるような怒り方をしているニオ。
誉められているのか、貶されているのか、それとも関係ない事を言ってるのかどちらだろう。
判断に困る。
彼女はたまに、どっちもいっぺんに言ってる事があるから。
そんな話をしている間に、あらたにニオがヌイグルミを発見した様だ。
「とと、三つ目みっけー。ステラちゃんは何個?」
「私は十個目よ」
「えー、早っ! どこに本気出してるのステラちゃん」
別に意識して本気を出しているつもりはないのだが。
気合を入れて探してるから、そのせいだろう。
「そういえば、さっきツェルト君とライド君見つけたよー」
「二人も町に来てたのね」
学生をやっているとたまに、筆記具などの消耗品を買う為に町にでかけるので学校の生徒との遭遇率はそんなに低くはなかった。
とくに、学生寮に住んでいる人達は、息抜きもかねて自分で買いに出かける事が多いのだ。
ツェルトが家からだが、ライドは寮に住んでいる。
「クマ集めしてるって言ってたら、ツェルト君張り切ってたよー」
「ツェルトもクマが好きなのかしら」
「うん、安定の鈍さだね。そこも可愛いけど」
イベントの最後。
一番多くのクマを見つけた人には、どれでも好きなクマを自分用と友達用に二、三個もらえるらしい。
もしこのまま順調に集めて行って一番になったとしたら、やっぱり手伝ってくれたニオだろうか。
それで、もし三つもらえたとしたら誰に渡そう。
先生は……何かはあげたいけど、クマじゃ似合わなさそうだし。
やはりここはツェルトだろうか。
「木彫りの熊を作るくらいだからきっと好きなのよね」
「これはうーん、どんまいツェルト君。ニオにできる事はこれ以上ないみたい」
私の呟きを聞きつけたニオが何とも言えない顔になっていたがよく分からなかった。
そうして、町の中を歩き回って、他にもくま集めに従事している人たちと世間話をしたりしつつも、順調に作業を進めていく。
王都でステラードを見つけた。
町の中で偶然彼女を見かけたのだ。
学校への手紙で策は一応仕掛けていたが、不発に終わった様だった。
成功するにしても、失敗するにしても、見物に何て来なければよかった。
やはりこうして姿を見てしまうと不安になってしまう。
今すぐ、あの少女の息の根を止めてしまわなければ、何かとてつもない間違いに繋がってしまうのではないかという危惧がある。
けれど、周囲には多くの一般人がいる。
余計な事をしたら巻きこんでしまうかもしれない。
そんな事をするのはごめんだ。
けれど、結論が出たはずの事を何度も考えてしまう。
だが。
いやしかし。
そんな風に思考が堂々巡りしてしまっていた。
作戦を切り替えれば、まだ暗殺するチャンスがある。
多少の犠牲を払ってでも、ここで殺しておくべきだ。
そんな風に。
「必要な犠牲だ。まとめて殺してしまえばいい」
堂々巡りに思考をはまらせていると、そこに声がかかった。
振り返ると、フェイトがいた。
フェイト・グランシャリオ・ストレイド。
王族で無いはずなのに、王族の名前を使っている、イグニス王子が重宝している魔法使い。
何を考えているのか分からないので、私はこの人が苦手だった。
欲にまみれたイグニス王子も苦手だが、それとはまた方向性が違う。
あちらはまだ人間的で、理解できる動機があって、ステラード暗殺に協力しているが、フェイトの考えは読めない。
王子に重宝されいていても、出世したいわけでも名誉が欲しいわけでもなさそうなのだから、なおさらに。
そんな彼は、なぜかこちらに積極的に協力してくれている。
「あの、どうして私にもそんな風に手伝ってくださるんですか?」
「言う必要があるのか」
聞いても、返答はこんな感じなので、何も分からない。
「アリア・ホリィシード、一般人など気にするな。必要な犠牲だ。悪いのは王女だ。だから殺してしまえばいいい。これから先やり返されて殺される可能性があるのは、無視をするのか」
彼の言う通りにするのは、危険だと考えているのだが……。
その言葉を聞いた途端。
今まで迷っていたのを振り切って、私は決断していた。
そう。
そうだ。
もう手段は選んでいられない。
打てる手はできるだけうっておくべきだ。
たとえ関係ない人達の血が流れたとしても。
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