第4章 元王王女様は牛殺し?



 半日くらい奔走したけれど、時間が経つにつれて競争相手が増えてきたのが痛かった。

 あれから私達はめぼしい成果をあげられずに、クマ集めのイベントは終了。

 その後、参加者達のクマを集計したところ、栄誉あるクマ集めの優勝者が決まったけれど、当然私達じゃなかった。

 子だくさんの家庭で人海戦術を使ったらしい家庭が優勝し、小さな女の子が記念にクマのヌイグルミをもらって、とても喜んでいた。


 残念だったが、仕方がないだろう。

 集められたクマは無事にお店で販売される事になり、参加者たちには労いとしてその店の商品券が配られたのだから、そう悪い事ではなかった。


 イベント終了後に、集計場所に集まった人たちがはけていくのを見ながら、私は例の一番の女の子を見つめていた。

 少女は家庭で大事に育てられているらしく、たくさんいる兄弟達から祝福の言葉をもらって、とても嬉しそうだった。


 その様子を眺めながら、私は少しだけ寂しくなってしまう


 王宮なんかに生まれなかったら私達兄弟も、あんな風に仲良く育ったのだろうか。


 そんな事を考えていたら、横合いから聞きなれた声がかかった。


「いやいや、剣士ちゃんのにーさまも結構、妹馬鹿してるようだけどね」

「ステラ! 商品券でクマ買って来た! これいる!? むしろもらってくれ! 俺ごとでも良いよ!!」


 考え事を読まれたらしい。

 声の主は、ライドとツェルトだ。

 彼らはそう言って、それぞれ理解に苦しむ事をいっぺんに発言してきた。


 ちょっと部分部分が聞き取れないところがあったのだが、「人類皆兄弟、なかよしだよ、クマいる?」みたいな会話だっただろうか。


「ええと? ライドはありがとう……? ツェルトは、せっかく自分で買って来たんだから、自分で持ってた方がいいわよ。クマ好きなのね、おそろいね」


 なので、それぞれ返答をしたのだが、ツェルトの方は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 彼が持っているのは、オレンジ色のつぶらな瞳の花の刺繍が入ったクマだ。

 ツェルトがこんなに可愛い物を欲しがるとは思わなかったのでとても以外だが、同じ物が好きだと言う事が分かったので少し嬉しい。


「うぐぐぐ、違う。違うけど、お揃いだって言われて喜んでる俺もいる、下手に訂正してこの喜びをなかった事にしたくないのが、大変な所だ」

「ツェルト君、どんまーい」

「ニオのその励まし方、雑!」


 最後にはいつものメンバー集合になって、賑やかになってしまった。

 ちょっと騒がしくも思えるけど、見慣れた顔が揃っていると落ち着いた。


 もし今、王宮に帰ったとしても、私はこんな心境ではいられないだろう。


 ここにいる皆がいるところが、私の居場所……なんだろうか。

 

「惜しかったね、ステラちゃん。あともうちょっとだったのに、ニオが話し込んじゃったせいかな」


 じっと皆の事を見つめていると、ツェルトのクマに嫉妬してるとでも思われたのだろうか。

 ニオが話しかけて来た。


「クマさん、後でおねだりしたらツェルト君喜んでくれると思うよ」

「そんなつもりで見てたんじゃないけど……。そんなつもりで見るつもりは、ちょっとはあったかも」

「あったかもなんだ!」


 ちょっとだけ残念だったのは本当だ。

 でもそれで、同じクマ好きからクマを強奪してしまうわけにもいかない。

 何かが大好きならなおさら、奪い合うより、仲良くした方が楽しいはず。


「ニオと町の中を歩けて楽しかったし、私はとっても満足よ」

「ずっきゅーん! やだー、もうっ。この子、どこまでニオのハートを打ち抜けばいいの。このこのっ!」


「この」と言いつつも抱き着かれた。

 何やら唐突に怒られてしまったが、ニオの顔が嬉しそうなので説得力がない。

 

「先生が、ステラちゃんの周りの人は「ステラード好き過ぎ病」を発症してるって言ってたけど、あながち嘘じゃないかもね!」


 ニオにすり寄られながら私は、知らないところで流れている情報について聞いて、思わず眉をしかめてしまう。

 先生、そんな事言ってたんですか、私の知らない所で。

 そんな病原菌が発生する源みたいに言わないでほしいです。


「えへへ、ステラちゃん。ずっとニオと友達でいてね!」

「そんなの当たり前じゃない。私とニオはずっと友達よ」

「やったー、えへへ」


 こちらにぎゅうっと抱き着いてくるニオは、まるで年下の妹のようだ。


 王宮にも私の兄弟たちはいるけれど、男兄弟ばかりで女の子はいなかった。

 転生前の私は、そもそも両親の顔すら知らない。

 乙女ゲームは知っているが、ちょっと諸事情から一般からは外れた家庭で育っているので、そもそも常識すらちょっとあやうい。

 だから、妹がいるという感覚は分からなかったのだが、それがちょっとだけ分かった気がした。






 しかし、和やかな空気の中で、頬をゆるませていると、悲鳴が聞こえて来た。

 イベントがしてもう、付近からは人がいなくなっていたが、まだ数人は残っていたようだ。

 そこに、唐突に何匹もの牛が狂暴化して暴れて、人々を襲い始めていた。


「わーお、剣士ちゃんって、ほんとトラブル吸い寄せる体質だわこれ」

「ステラ、大変だよな、こんなんに頻繁に巻き込まれてるとか」


 そんな光景をみて冷静に喋っているライドとツェルトだが、ちゃんと彼らは護身用に持ってきた剣を抜いている。


 ただし、町中で相手が牛なので、授業などでいつも使う様な長い剣ではなく短剣だが。


「大変だわ、怪我人が出ないうちになんとかしなくちゃ。皆、手伝ってくれる?」

「あったりまえだよ。りょーかい! 今のニオはぜっこうちょー。頑張っちゃうよ!」


 私はとりあえず、ニオ達と共に協力して、他の人たちを避難させる。


 一般人達を付近から遠ざけた後は、牛が移動してしまわないように、イベントの為に置かれていたベンチやら、柵やらを動かしていった。

 これで包囲網を作って牛たちの動きを阻害する。


 けれど、どういう事情で牛が暴れているのかとか、どこから逃げ出してきたのかが気になる。

 相手は魔物ではないので、護身用に持ってきている剣を使うかどうかも躊躇ってしまうし。


 人々を襲うだけの魔物とは違うし、誰かの所有物という扱いだろうから、下手に傷つける事ができない。


「困ったわね、殺さずに無力化するって大変だわ」

「血なまぐさい発言をさらっとしちゃうステラちゃん! 牛さんけっこう大暴れしてるけど、いつも通りだね」


 相手を殺らないで倒すというのはこれが結構難しい。


 今までは、気絶させるか殺すかのどちらかで戦闘に勝利してきたので分かりやすかったが、こういう場合は少し困るのだ。


「どうしよう」


 だが、脳裏にある考えがひらめいた。


 今までちょっと人より色々と巻き込まれやすい体質なので、私は様々なトラブルに遭遇してきた。

 学校に通う事になってもそれは同様なのだが、いつもいいようにやられているわけではない。

 こういう時の事を考えて、新たに身につけた技があったのだ。


 遺跡のガーディアンには聞かないけれど、感情のある牛なら大丈夫だろう。

 この技は、普通だったら競い合う相手になる事は珍しい人間や、普通の動物相手によく聞く技だ。


「貴方達、町が滅茶苦茶になるから、暴れないで」


 私は一拍置いて、息を吸い込んだ。

 そして……。


「――ひれ伏しなさい!」


 発声。


 それは威圧だ。


 大声で何か気合を入れて喋ると、相手をすくませる事ができるのだ。

 悪役っぽく偉そうに、かつ強気で言い放つのがコツ。


 原理は良く分からない。

 自分でもよく分からない技を使うのはどうかと思うのだが、できるなら有効活用するしかないだろう。


 効果はあった。成功した様だ。


 広場で暴れ狂っていた牛達は瞬時に沈黙。

 代わりに離れた所で見物していた人達が何人かびくっとして怯えていたが、不可抗力だ。ごめんなさい。


 牛たちは、先ほどの行動が嘘のようにしょぼしょぼとした様子で、四隅に集まってガタガタと小刻みに震えだした。


「「「……」」」


 なんだろう、それを見た仲間達からの反応が、何とも言えない感じだ。

 代表してなのか、真っ先にニオが口を依開いた。


「――これは、牛殺し!」


 殺してないから。


「この無茶苦茶加減……。ステラちゃんって、ひょっとして先生の子供だったりしない?」

「そんなわけないでしょう」


 この間の薬のこともあるから、ひょっとしたら、どこかにそういう世界があったりするかもしれないけれど。

 ここにいる私は一応元王女だもの。


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