第2章 思い重い?
女神様が復活すると、どんな世界になるのだろう。
先生がそんな大した事に関わってるなんて思わなかった。
だって、先生って見た目からしてちょっと駄目になった感じの人間っぽいから。
そもそも勇者だなんて夢にも思わなかったし。
ボロボロで、いつでも大変そうで、ぜんぜん優雅じゃないし、恰好だってついていない。
でも、もし私を助けてくれたのがそんな完璧な勇者だったら、ちょっと嫌だ。
世界を救おうとしていたり、多くの人を助けようとしていたり、どんなに立派な事をしている人でも、私を助けてくれた人は、この先生で良かった。
もしそれが、誰もが思い描く様な勇者様だったらとしたら私は、到底届きそうにないその人に手を伸ばす事すら考えなかったと思う。それか、どこまでも高い理想を求めすぎて、頑張りすぎてしまっていたかもしれない。
「私は、女神様とか、世界の命運とかどうでも良いって思います」
「……」
だから私が思った事を素直にそう述べると、先生は少しだけ驚いた顔をした。
「あんまり無茶しないでください。大事な人が無事でいてくれた方が、その方が絶対いいです」
「……お前なぁ」
先生はため息を吐き出しながら、片手で顔を覆った。
そして無言。
「……」
あれ?
何でそこで呆れられているんだろう。
呆れてる? ……のよね?
「まさか、お前にこれをやられるとはな。リーゼ以外には、もうねぇと思ってたが」
「?」
先生に指をつきつけられる。
突然の動作に私が困惑していると、その指先に何かふんわりしたものがまとわりついているのが見えた。
綿毛?
なんかうっすらとそこに、ふわふわとした綿っぽい球状の小さい生き物が見える気がする。
これ、何だろう。
「まあ、当然か。なんせお前は……」
「えー! なにこれ、小っちゃくて丸くてふわっとしたのがいるー! かわいー!」
何事かを言いかけた先生だが、その言葉にかぶせるようにニオが叫び声を上げた。
周囲に視線を向ければ、先生の指先にいるような生物があちらこちらに見え始めていたのだった。
訓練にあけくれていたはずの生徒達は呆然とした様子で、そこらに出現した不思議な生物を見つめている。
色とりどりのカラフルな綿毛が飛んでいて、何だかいつもの訓練場が幻想的な空間に見えてしまう。
話に聞いた事がある。
あれはたぶん精霊だ。
この世界には、数は少ないけど精霊使いという人がいて、今目にしているような綿毛のような生物と契約する事で、特別な力を発揮している。
ごく一部の素質のある人にしか見えないと聞いていたのだが、どうしてこの場にいる全員が見えているのだろう。
「あの、先生これって……」
しかし、質問先の相手はなぜかこちらを見ないようにそっぽを向いている。
「うるせ」
本日二度目の「あれ?」だ。
何でか分からないけど、ひょっとして、もしかして、先生いま……。
「照れ……」
推測を口に出そうとしたら、頭をわし掴まれて視線を下げられた。
「何だ、聞こえねぇな。怪談語でもするか? そうかそうか、じゃあ俺からだな、ずっと俺からで、お前の番無しな。昔々あるところに……」
「ややや、やめてください。それは無理です!」
顔を青くして耳を抑えると、ようやく先生は笑った顔を見せてくれた。
話をそらすにしたって他にやり方があるだろうに、どうしてそう意地悪な方法ばかり採用するのだろう。
世にも珍しい精霊乱舞の光景は、ほんの数分で終わってしまった。
とてもきれいな光景だったが、会話に夢中で存分に堪能できなかったのが少し心残りだ。
そんなこんなで、訓練所の端っこで先生との会話していたら、こちらに向かってくる人がいた。
ツェルトだ。
「あー! 駄目だ駄目だ駄目だ、俺のステラと仲良くするの禁止。これ以上仲良くなられたら、俺が頑張っても割り込めないだろ」
並んで立っている私と先生との間にツェルトが割り込んできた。
そして、私にしがみつくようにして、先生に威嚇の唸り声を上げて見せた。
大事な玩具を取られそうになってる子供みたいに、ちょっと見える。
「これ、俺のだかんな。とったら、駄目だかんな!」
私は別に誰かの物になった覚えはないんだけど、ツェルトはどうしてそんな事を急に言い出したのだろう。
それを聞いた先生は呆れたような声を出した。
「一回り以上も歳の離れたケツの青いガキに手ぇ出すかよ。そんなにステラードがお気に入りなら、思う存分構ってもらえばいいじゃねぇか」
「それが出来たら苦労しねぇよ! くっ、最近べたべたし過ぎたせいか、ちょっとステラにうっとおしがれれるし、俺は微妙な心境なんだ! くぅっ!!」
「んなことまで知るかよ。匙加減はそっちで考えろ」
勢いのあるツェルトに話しかけらる人はきっと大変だ。
よく話しかけられている私がいうのだから、間違いない。
唾が飛びそうな勢いで、ツェルトにつめよられている先生は、そうそうに会話が面倒になったらしい。
逃げる為の口実を色々考え始めているようだった。
「まったくツェルト君ったら、もうちょっと落ち着けばいいのに。そんなんじゃ好きな子に振り向いてもらえないよ。あ、ステラちゃん手紙だよー」
なおも色々と言い合っている二人を眺めていると、ニオから声がかかった。
先程まで精霊に夢中だった彼女は、なぜか白い封筒を持っていた。
それを、私に渡してくる。
「何かねー、通りかかった女の子に、ステラちゃんに渡してって頼まれちゃったんだ」
「女の子? 誰かしら」
「無料の観覧チケット? とか何とか?」
そんな物がもらえる様になる心当たりはない。
考えてみるが、やはりチケットを誰かから譲ってもらうような約束はしたはずが無かった。
こういった手紙を得る事は一応あるのだが、いつもそれは鳩からと決まっているのだ。
相手は兄様とか、学校の友人からとか。
けれど、チケットを貰った事はなかったのだ。
とりあえずいつもの情報の手紙かもしれないので、ここで見る事はせずに丁寧にポケットにしまっておく。
「あ、そうそう。ついでにその子が教えてくれたんだけどね。町に曲芸一味が来てるんだって、動物の芸とかが見れるらしいんだよ。ニオ見たい、ステラちゃんも一緒に見に行こうよ!」
曲芸一味?
それは聞いた事がある言葉だ。
乙女ゲームの中で、ヒロインが体験する町でのイベントで、曲芸一味のものがあった。
彼等がこの町に来るのは本来なら、一年後のはずなのだが、何かがあって時期が早まったのだろうか。
理由は分からないが、何か変わった事があるのなら、確かめに行くべきだろう。
そうでなくとも、普通に動物の芸は見たかったし、興味があった。
「いいわよ、行きましょう」
「やった、約束だよ。絶対だよ。ステラちゃん好き! ニオ、愛してるー!」
「あー、ニオが知らない間に点数稼いでる。ちょっと待て、俺も混ぜて。ステラ超好き! 大好きだ!!」
承諾したらニオに抱き着かれて、好意の言葉をいただいてしまったが、それを聞きつけたらしいツェルトも便乗してきて困った事になった。
「ニオの方が好きだもーん、ステラちゃんはニオのだから!」
「俺の方が一番好きだ! 町に行くんなら俺と一緒に行こうぜ、な!」
「ちょっと二人とも……」
更に、それが発端となって、愛の告白大会(参加者ニオ、ツェルト)みたいな事になって、大変恥ずかしい思いをする事になるのだから、世の中とはよく分からない。
「ステラード、お前それ、重くねぇか?」
離れた所から見て、さすがに引いた顔をしていた先生の顔が、当分忘れられない気がする。
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