第1章 いなくなった理由
フィンセント騎士学校 訓練場
春になり、ステラード・リィンレイシアは……私は進級して2年生になった。
なったが、特に今までとやるべき事は変わっていない。
あいかわらず授業を受けて学んでるし、放課後には学校に残って訓練場で仲間達と型の練習をする日々だ。
今日もいつものように、授業の後に練習をしていたら、先生がやって来た。
「先生だ」
「来たぞ」
「逃がすな、追い込め!」
とたんに訓練場にいた生徒達がざわざわしだして、狩場の様な空気が満ちる。
皆危ない光を目に宿して、姿を見せた先生に一斉に突撃していった。
「うぜぇ、よくそんな熱くなれるな、お前ら」
その中で先生は、それらを面倒そうに裁いている。
何でも、やはり先日の事件について口封じをするにも限界があったようで、先生の事が色々と洩れてしまったらしいのだ。
それで、向上心のある生徒が、技術を盗み取ろうとして現在のような事が頻発している。
先生の方は、うんざりしつつも何だかんだ言って、適当にそれらを捌いていた。
職員会議の時間がずれたとか言って、時間を潰しに来たらしいが、ここに顔を出せばどうなるか分かり切っていたはずだろう。
あの人は口では色々言うが、それなりに面倒見のいい人なのだ。
けれど、これから会議が控えているという事もあってか、当人のやる気は続かなさそうで……。
三十分もしないうちに、逃げてしまっていた。
今は訓練室の隅っこで、気配を消している。
「もうちょっと教えてあげてもいいんじゃないですか?」
ちょうど自分の型の練習が終わったので、私はそんな先生に話しかけに行った。
「面倒だ。嫌だ。御免だな」
しかし、返って来るのはそんなつれない答えが三つだ。
こうなったら、再び動き出すまでに時間がかかるだろう。
この人は、真面目な時はちゃんと働いてくれるけれど、不真面目な時はとことんだらけようとするから、困ったものなのだ。
やる気にさせようとしても、先生が何につられるのかとか全然分からないのが特に。
遠くで、ライドとかと数人で模擬戦をしているツェルトなんかは、ステラとお喋りしたさでやる気が出るという、とても分かりやすい点があるというのに。
「お喋りな……まあ、良いけどな」
そんな話をすれば、先生が哀れむような視線をどこかに向けていたのだが、やはり理由を説明するのが面倒だったのか、口を閉じてしまった。
先生達はつい先日にも、入学する予定の新入生の書類に誤りがあったとかで色々忙しそうしていたが、また何かあったのだろう。
「そんなにお仕事忙しんですか? 良かったら手伝えるとこは手伝いますけど」
「却下だ。そう言ったら、お前際限なく手伝うだろ」
「そんな事ないです」
仕事が忙しくてそんな風でいるなら、私がもう少しだけ手つだってあげるのもやぶさかではなかったのだが、先生が予想に反して拒否の姿勢を見せたので意外だ。
「お前みたいな奴は、人の仕事を手伝いに手伝ったあげく、大してできもしねぇのにできる奴だって評価張られて、割りにあわねぇ仕事を更に押し付けられんだ。目に見えてんな」
「そこまで言わなくても、何か妙に実感のこもった話ですね……」
「んな事ねぇよ。適当なホラだ」
まるでどこかで見てきたかのような話しだとそう述べるのだが、先生は明後日の方向を向いたままで表情が読めない。
もしかしたら先生の周りにはそんな人が実際にいたのかもしれない。
それなりの付き合いがある人だが、私は今まで先生の知り合いには、あまり会った事が無かった。
私の屋敷にいるレットやアンヌとは昔の仲間らしいし、この間学校に来ていた変な研修者の人は知り合いらしいけれど、それ以外はまったく知らないままだ。
教えてくれないというわけではないのだろう。
小さかった頃には、凄い特技がある人を色々教えてくれたから。
けれど私は、実際にそんな彼等に会った事はないのだ。
それは遠くにいるからなのか、それともやむにやまれぬ事情で会えなくなってしまったからなのか……。
「悪かったな」
「え?」
しかし、唐突に謝られて面食らしかない。
先生の方を見ると、そこにはきまりが悪そうな顔があった。
思い当たる様な節がないので、私としては首を傾げる以外の反応がとれなかった。
「勝手にお前の前からいなくなったこと、だ。治療のメドはついてたが、何にも言わねえでどっか行っちまっただろ」
その話題は、ステラが幼かった頃の事だった。
「それは、はい……正直怒ってます」
視線の先では、今も他の生徒達が練習や模擬戦に励んでいる。
皆、学びの意欲に満ち溢れていた。
私もその一員だ。
もし、剣を教えてくれるよりもっと早くに先生がいなくなっていたら、私はここに立っていただろうか。
立っていただろう……とは私は思わない。
もしもの世界なんて覗けないから、自分で想像するしかないけれど、あのままの私だったらきっと、屋敷の外にすら出られなかったはずだ。
それくらい私にとって先生は大きな存在なのだ。
触れ合った記憶の無い両親よりも、話した事が少ない兄弟よりも……。
もし何かどうしようもなく困った事があっても、私はきっと彼等には頼らず先生に一番に声をかけるだろう。
そんな大きな存在だった先生に急にいなくなられて、私はショックだったし、凄く悲しかったし寂しかった。
何か理由があるのかもとも思ったけど、何も言われなかったのは信用されていなかったのかもとも、思ったりした。
私はせっかくの機会なので、今までに気になっていた事を尋ねてみた。
「先生は、あの時どうして急にいなくなったんですか? 私、何も聞いてないです。何か理由があったんですよね」
「……まあ、な。ちょっとユース……勇者の野郎に頼まれて、大昔に建てられた遺跡を見てまわらにゃならんかったからな」
「遺跡、というと、グリンデ遺跡みたいな、ですか? そんな遺跡が他にもたくさんあるんですか……?」
「ああ。お前が思ってるよりはな」
今のこの世界は女神なき世界で、そんな神の加護が存在しない厳しい世界だ。
けれど先生は、色々とよからぬ異変が起きやすくなっているこの世界を守るために、大昔に女神様の為にと建てられた遺跡を起動していって、この世界にその女神様を復活させようとしている、らしい。
そんな話を聞いた私は、空いた口が塞がらない。
「何だ、その間抜け面。鳥がどっからか飛んできて、頭に巣でも作っていきそうな面だな」
冗談に取り合っていたらいつまでも話が進まないので、軽く受け流しておいた。
「……先生、そんな事してたんですか」
代わりに思うのは、ぶつけ所の無いもやもやとした気持ちだ。
そんな理由があったのなら、私は再会した時に怒ったりしなかった。
なのに、なんで最初に説明してくれなかったのだろう。
信じてもらえなかったのだろうか。
そう、なのだろう。
きっと私はまだ、先生に認められるような人間ではないという事なのだ。
しかし、頭では理解できるのに、つい口から文句が出てきてしまう。
「どうして、その事ちゃんと言ってくれなかったんですか。言ってくれたら、もっと他の話してたのに……」
「ふくれんな。他の話ってどんなだ。そんな変わんねぇだろ」
「変わります! 少なくとも聞いてれば、私はあんな風に怒ったりはしませんでしたから。先生はひどいです」
「何がだよ」
何がと言われれば具体的にどれだと説明しずらいが、きっと曖昧で形のない色々な何かだ。
子供扱いされてる事に腹が立ったり、打ち明けてくれなかった悲しさがあったり、対等でない力不足を嘆いたり、大変な事情を共有できない悔しさが合ったり、その他もろもろだろう。 そんな小さな事を気にしてる自分自身にまた腹が立ったりも含めて。
「もっと責めてくるかと思ったんだがな。拍子抜けした」
「責められたかったんですか?」
「さてな」
先生は肩をすくめるのみだ。
肝心な所ははぐらかして教えてくれないようだった。
大人はそういうのが多い気がする。
私が子供に見えるからって、そうやって色々隠されると、見えない所が気になって仕方がないではないか。
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