第二部

プロローグ アリア・ホリィシードの苦悩



 また失敗してしまった。

 ステラードは生きているままだ。

 このままではもうすぐ原作の時期になってしまう。

 それまでに彼女を始末しないといけないのに。


 何でうまくいかないのだろう。

 どうして失敗したのか。


 こうなったら自分の手でケリをつけるしかない。


 何度も暗殺に失敗したのだ。

 上手くいかない原因は分からないけれど、彼女は確実に、誰が己を殺そうとしたのか気づいているはず。


 やり返されるのも時間の問題だ。

 原作通りに悪役をまっとうされては困るのだ。


 彼女は騎士学校に入学している。


 原作が始まれば、私も転入することになる学校に。


 普通なら関係者でもない私が、そんな学校の周囲をうろつくなど、自殺行為だ。

 彼女に怪しんでくださいと言っているような物だろう。

 だが、もう手段を選んでいられる時間はないのだ。

 何が何でも彼女を始末しなければならない段階まで来てしまっている。


 ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 私はただ、平穏無事に過ごせたらそれで良かったのに。


 彼女とも仲良くなれるかもしれないと思っていた時期があったのに。

 こんな記憶いらなかった。


 情報が重い。

 知っている事が怖い。

 私の未来をしばりつける。


 こんな余計な情報さえなければ、私は普通の少女のままでいられたはずなのに。







 その日、アリア・ホリィシード……私が、ちょっとした所用で訪れた王宮の片隅で頭を抱えていた。


 解決できない悩みを延々と考え続けるのは、ちょっとした拷問のようだた。


 そうして、胃に穴でも開いてしまいそうな時間を過ごしていると、ふいに誰かに声をかけられた。

 今はやる事があって忙しいとはいえ、私はこの国の貴族だ。

 貴族の仕事を放り出すほど分別が付いていないわけではない。


「そんな所で何をしている。日も暮れて来た。いくら王宮内といえども、女性が寄闇を出歩いていれば要らぬ災いを招き寄せているようなものだ」


 私にそう言って話しかけて来た相手はこの国の王子の一人レアノルドだった。


 金色の髪に橙の瞳をした、整った顔の、女性の誰もが振り向く様な美貌の男性が。


「レアノルド様!?」


 私は驚いて、とっさに礼の姿勢をとろうとするのだが、相手に遮られた。


 いつも遠くからみるだけなので、もっと雲の上の人なのかと思ったら、意外と離してみると普通の人のようにも見える。


「いい、休憩がてらで歩いている時まで堅苦しくするな」

「は、はぁ……」


 王族も人であるのだから、息抜きをすること自体は、驚くような事ではないだろう。

 だが、これまで一度も会った事がない王子と出くわすこと自体は稀なのだ。ここで、驚くなと言う方が無理だった。


 緊張のあまり、どうすればいいのか分からなくなる。


 普段私は、この国の第二王子であるイグニス・グランシャリオ・ストレイドと話す事がそれなりにあるのだが、性格も頭も人も悪すぎるので、王族の数には含めていない。


「あ、あの……」


 国の期待を一身に背負う、才能あふれる第一王子レアノルド。

 剣術の才能もあり、政治の手腕もよく、頭もよく切れる。


 そんな王子がどこかへ歩き去るでもなく、目の前に留まってこちらをじっと見つめ続けているのだから、居心地悪くなるはずだった。


 人一人を暗殺しようとしている自分が、こんな事で緊張するのはどうかと思うが、相手はそうなるのも仕方がないくらいの人なのだ。


「何か私に用でしょうか」


 勇気を出してそんな風に尋ねると、数秒の間を開けた後に、レアノルド様が答えた。


「用……。用か、そうだな。お前に頼みたい事がある。フィンセント騎士学校に年の離れた妹がいるのだが、それに手紙を渡してもらおうか。会った事とはあるから顔は知っているだろう。鳩が疲労で潰れていて、私自身も忙しくて碌に外出できない」

「て、手紙……ですか? ええと、私に預けられるより、然るべき方に預けた方が良いのではないでしょうか」


 騎士学校に行く名目が転がり込んできたのは幸いだったが、それにしても王族の手紙を預かるなんて恐れ多すぎた。

 普通、こういったものは通りがかった際に、ぽっと渡すような物でもないと思うのだが。


 一体レアノルド様はどんな理由があって、私に手紙を預ける事にしたのだろうか。

 私と彼女にまつわる因縁に気づいた……と言う事でもないだろう。

 そうならば、大事な妹に暗殺者である人間を近づけるわけがないのだから。


 それとも、この人もあのイグニス王子のように、家族の事を何とも思っていないのだろうか。

 

 そうだとしたら……。

 私はどうなのだろうか。


 関係ないはずなのに、一言物申したくなるのは、性分なのかもしれない。

 私は味方の背中を狙うような卑怯な行いが許せないのだ。


 子供の頃、似たような事で母親を亡くした身であるから、なおさらに。


 そんな私の内心を知ってかしらずか、レアノルド様は言葉を続けてくる。


「頼んだのはただの気分だ。遊び心のようなものだと思っていい。深く気にするな。それでは頼んだ」

「はぁ……」

「ただ、あれはどうにも人付き合いが苦手なようでな、気が合えば友人になってやってほしい」

「ええと、はい……」


 レアノルド様は、意味深な笑みを浮かべてその場から遠ざかって行ってしまう。

 目的も手紙の内容も分からないまま、頼み事を引き受けてしまった。


 残念ながら第一王子からの頼み事の半分は達成不可能だろう。

 友人になるというのなら、どちらかが記憶喪失になる以外方法がないのだから。


 しかし、この手の中に飛び込んできた機会をどうするべきだろうか。


「確かに学校に行く理由が欲しいとは思いましたけど……」


 どうにも先々の事を色々と考えると、手放しで喜べそうになかった。



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