第17章 日常
暗殺は失敗した。
ステラード・リィンレイシアは生き残ってしまった。
わざわざ現地にいない魔物を引っ張ってきた苦労も水の泡だ。
彼女は騎士学校に入ってしまっているから、今の私ではそう簡単に殺害することはできない。
彼女が王宮内にいてくれれば、イグニスと、そして彼が重宝しているフェイトとかいう魔法の使い手と協力できたが、考えていても仕方がない。
だから私は、入学式以降あの人に目をつけて使う事にした。
あの人は優秀だった。
思った通りに書類やデーターを偽造して、目標を特異遺跡へ導いてくれた。
けれど、しかしやはり今回も駄目だった。
予想外の生徒の事情が絡まっていて、予想できない状況になってしまったのが災難だった。
計画は失敗したから、他の策を考えなければならない。
次に目を付けるのだとしたら、やはり新たに発見した彼女だろうか。
彼女の事情につけこんで、何とかこちら側に誘惑できないだろうか。
あの滅んだ国の生き残りは、あの教師を恨んでいる。
いっそ、周囲の人間を殺害していって追い詰めるというのは……。
いいや、だめだ。
それはこえてはならない。
正当防衛の範囲を超える。
関係ない人間を巻き込んではならない。
やはり今度も彼を使ってどうにか策を練るしかないだろう。
レアノルドにも、イグニスにも恩はあるだろうが。その比は、圧倒的に後者の方が高い。
きっと今度も協力してくれるはずだ。
確か故郷が滅んだ際、保護したのがイグニスで、その後に生活のすべを提供したのがレアノルドだったか。
けれど、彼は何て滑稽なのだろう。
帰るべき故郷を、反乱の疑いがあるというだけで焼いたその本人が、イグニスであると言う事も知らないで協力しているのだから。
星がキラキラと輝いている。
あれから私の日常は少しだけ変化したというのに、頭上にある空はいつまでも変わらないまま。
地上の騒ぎなど些末な事だと言わんばかりに泰然と頭上で存在し、時に青く、時に暗く広がり続けている。
変わらないものなど、この世界にはほとんど存在しない。
どれだけ望んでいたって、いつか皆、何かは変わってしまう。
それが望んで得た変化なら喜べるだろう。
だけど、そうではなかったとしたら、私達はどうやってその変化に折り合いをつけて行けばいいのだろうか……。
邸宅のバルコニーでお風呂上りに夜風にあたっていた私は、空から飛来した鳩からいつものように手紙を受け取った。レアノルド兄様からの手紙だ。
「生徒会長室……?」
だが、いつもの情報に付け加えるように「生徒会室お悩み相談箱」の利用をすすめられているのは何故だろうか。手書きのイラストも添えられていて、何故かその箱にはぼろ雑巾が突っ込まれている。わけが分からない。
悩んでいると言う事に気づかれているという事にもなぜなのだが、それを友人でもない生徒会室に相談しろというのは……?
生徒会でこき使われている友人のライドはいるが、彼とは別の悩み事を相談するような仲ではないし。
「それとも、何か別の意味なのかしら」
しばらく考えてみたが、結局よく分からなかった。
フィンセント騎士学校 運動場
朝一番の授業は少し眠気を引きずってしまう。
目の前では、先生が授業が行っていた。
今、私が受けているのは剣技について。
けれど、先生が教えるのは教本通りのことばかりではない。
時に自分の経験を交えながら、時に実践的な知識を織り交ぜて、私達に知識を教えてくれるのだ。
「戦場じゃあ、馬鹿正直によーいドンで戦いが始まるわけじゃねぇんだ」
私達の前で、先生は面倒くさそうにしながらも、言葉を尽くしてくれる。
「そこに人がいたら、そっから殺し合いが始まったも同然だ。当然任務だってそう。相手に「正しさ」とか「理屈」とかが通用するなんて思うなよ。まず自分にできる事だけ考えろ。できねぇ事を無理にやろうとすれば、痛い目を見るのは自分だけじゃなくて、周りの人間だ」
先生はやっぱり、そういう大きな争いなども経験している様だった。
初めて剣を使っている時はただの騎士だと思っていたのに、ニオの話を聞いて勇者だと分かってしまえば納得できてしまう。
先生は、私達の想像できない状況を何度も潜り抜けてここにいるのだ……。
先生の見ている世界は、一体どんなものなのだろうか。
「まあ、そんな事考えんのはまだまだ先の事だろうけどな。とりあえずは、まともに剣振れるよになれ」
それから授業は、各自で練習。
気になった人がいれば先生が順次見回っていく形となった。
こういう時間になると、当たり前の様にある人物が私の隣にやって来る。
「痛い目を見るのは、自分だけじゃない……かぁ」
ツェルトだ。
彼は、各自練習みたいな比較的自由度の高い授業になると必ず私の近くに陣取り始める。
他に友達がいないのだろうか。
「ツェルト。いくらツェルトがちょっと個性的な性格してて、とっつきづらそうに見えても……とりあえず友好的に接してあげれば誰でも邪見になんかしたりしないと思うわ」
「何か俺、いきなりステラに対人関係心配されてる!? あと、なんか後半の言葉の前にちょっと考える間があったのが気になるけど」
反応を見るに、どうやらそういう事で私の傍に寄って来るわけではなかったらしい。
本当の理由は気になるが、それなら良い。
いいけれど、彼はいつもより少しだけ元気なさそうに見えた。
最近はニオも、そしてライドも様子がおかしいし、その上ツェルトまでそんな風になったら私はどうすればいいのか困ってしまうではないか。
剣の型を試行錯誤しながら体を動かす。
じっと立って話していると目を付けられてしまうので、一応授業している体を装った。
ごまかしは嫌いだが、こういうのは別。
「ツェルトは、何か気にしてる事でもあるの?」
「ほら俺肝心な時に役たたずっていうか、いつもステラ達が大変な場面にいられないじゃん。何とかしなくちゃなーって」
「それは……」
鬼の力が上手く使えないのだから、仕方がないだろう。
けれど、ステラがそう慰めた所でツェルトは納得するだろうか。
「けど、あの遺跡の時みたいに、無理に傍にいたって結局大して役に立てないし、それどころか下手したら巻き込みかねないし、どうしたら良いんだろうなってな」
ツェルトはツェルトで、越えなければいけない問題に直面している様だ。
それは難しい問題だろう。
克服するためには制止できる第三者がいる状態で力を慣らさなければならない。だが、力を使えばその人を傷つけてしまう事になりかねないから、ジレンマだ。
「もっと安心できる人が傍にいてくれたら、心おきなく頑張れるんだろうけどさ」
例えば教師達、例えば本職の騎士達。
実力のある彼らが常にそばについているというのなら問題は解決できるのだが、そうではない。
だから、今までツェルトの問題は解決できないままここまで来ていたのかもしれない。
「姉さんも結構そうとうな実力あるんだけど、仕事で家にいないしなぁ。他に当てがないんだよ……」
つまり私なら、何か当てがあるかもしれないと思って彼は、声をかけて来たのだろう。
「こういうのは、あんまり恰好つけたい子には言いたくなかったんだけど」
「ツェルトって見栄っ張りなのね」
「ステラ限定で……って、言っても気づかれないから俺虚しい」
何故かツェルトはそこで更なる気落ち。
私限定で見栄っ張りってどういう事なのだろう。
とにかく、せっかく相談されたのだから力になりたい。
誰かツェルトの相手として適任者はいないのだろうかと、記憶を探ってみる。
一人いる。
けれど、私の屋敷にいる人だから、ここで決める事はできなかった。
その人は、私の剣のもう一人の剣の師匠でもある人だ。
剣を最初に教えてくれたのは先生だけど、その先生がいなくなった後はずっとその人に教えてもらってきていた。
腕は他ならぬ自分が知っているので、あの人ならば大丈夫だろう。
「一応、当てが無い事はないけど……」
「本当か?」
「でも、その人って私に……雇われているような形、なのかしら? 部下? それとはちょっと違うわね。とにかく難しい立場の人だから、あんまり期待しない方が良いかもしれないけど」
「雇われ……? なんか不安になるような言葉だなぁ」
詳しい事は色々事情があって言えないから困る。
ツェルトが信用できないわけではないけれど、まだ血筋の事は隠しておきたかった。
「とにかく次の休みの日に私の家に着てちょうだい。そこで紹介するから」
「ステラの家! はっ、そうか。そういう事になるよな。家かー。そうか、そうかー。楽しみだなー」
「ちょっと、ツェルトあんまりはしゃがないで」
先程まで暗かったのにどうしてそこで、元気になるのだろうか。
先生に注意されてしまうではないかと思っていたら、案の定だ。
視線が注がれているのに気が付いてしまった。
「どうしよう、ステラを俺に下さいって言っとくべきか、それともまずはご両親に良い感じの俺を売り出して印象を良く? 外堀から埋めちゃうか?」
ちょっとなに考えてるのかよく分からないのだけど……。
あと、言ってる言葉も。
「お前ら良い度胸だな。何だ? 締めるか、締められたいのか。授業中堂々とさぼる奴なんざ、お前らが初めてだ」
そんな事を考えてるうちに先生到着。
額にうっすらと青筋が浮かんでる。どうしようまずい。
「あ、え、と。違うんですこれは……」
新事実発見。
怒ってる先生は怖い。
「ツェルトが家に来るので、悩んでて彼が楽しみたいみたいで色々なんです」
支離滅裂な言い訳になってしまったが、先生には大体通じている様だ。
しかし先生の額に青筋が一本浮かんだ。
「ほお。それを俺に言ってどうしろって言うんだ? ちちくりあいてぇんなら、よそでやれ」
あれ、通じてる?
とても嬉しくない新発見をしてしまった。
この先生怖い。
「ステラの家かぁー。どんなとこなんだろうな」
「ツェルト、正気に戻って。先生が怖いから。真面目にやって」
隣でどこか彼方へと旅立っていたらしい彼の肩を揺さぶると、ようやく現実に戻ってきたようだった。
「とりあえず、授業後は罰な。覚えとけよ、お前ら」
「「す、すみません」」
遠くの方でニオとライドが揃って、珍しく同じような顔色になってた、何やってんだかという顔だ。
見てたなら助けて欲しかった。
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