第18章 お友達訪問
と、まあそんな話があったものだから当然その後は罰を受けて、しっかり反省。
日付をまたいで休日になれば、ツェルトが私の屋敷へとやってくる日になった。
友人を家に招いた事などない私にとっては、その日は未知の日だった。
どうやって持て成せば良いのか知識では分かっていたけれど、ちゃんとできるか不安でたまらない。
あれこれ準備したり、気を回していたりとしているうちにあっという間に時間が過ぎていってしまい、とうとうツェルトが屋敷へやって来る時間になった。
屋敷へとやって来たツェルトは、目を輝かせながら感想を口にした。
「すげー、すげー、ステラすげー、家大きいな、そんで広いな。メイドさんとかいるんだな! すげー。むしろステラがすげー」
彼はずっと、それしか言ってない。
それで、ひとしきり感嘆した後は……。
「俺平民。ステラ貴族。うーん、身分の差か、ちょっと難易度が上がっちゃったな」
そんなよく分からない一言。
だが彼がそういう事を言うのは珍しい事ではないので、もう慣れた。
「ええと、レットはどこかしら。今の時間だったら庭にいると思うけど……」
それで、ツェルトに紹介したい件の人物の姿を探して歩いて行けばその姿は、屋敷の庭にあった。
白髪交じりの壮年の男性で、王宮にいた頃からよく知っている人。
今は屋敷で働いている使用人みたいなものだ。
だが、剣の腕は普通の騎士以上。
「お嬢様、わざわざこちらに来られましたか。言って下されば出向いたものを」
「そんなに手間じゃないもの、気にしないで」
「お心遣い有難く、そちらの方が?」
「ええ」
そこで、ツェルトとレットが互いの自己紹介をこなして、元々の予定通りの話の流れに。
レットは少しの間、考えた末に、彼の申し出を受け入れた。
「なるほど……微力ではありますがお力添いいたしましょう」
「本当ですか、やったぜ俺! じゃなくて、ありがとうございます。お願いします」
一瞬素を覗かせた、ツェルトだがさすがに我に返って丁寧に頭を下げる。
真面目なところをみるのは珍しい。
いつもそうやっていればきっと他の人からの受けもよくなるだろうに、もったいない。
実際は彼がやとわれてくれているのだけれど、表向きには私が一応雇っている事になっているから、レットがツェルトに協力してくれるか不安だったが、杞憂だったようだ。
「そうかしこまらなくとも結構ですよ。お嬢様の貴重なご友人であれば、協力しないわけにもいきませんからな」
「はぁ……ステラって友達いなかったのか?」
「そ、それは……」
レットが妙なお節介を焼いたせいで、こちらに要らぬ話題が飛び火してきてしまった。
レットは助け舟を出す気配がなく忍び笑いしているのみ。ひどい使用人だ。
「い、いたわよ?」
「何で疑問形? そっか、ぼっちだったんだな」
ぼっち言わないで。
ちゃんといたから。
すごく前は確かにいなかったかもしれないが、先生と出会ってからはそれなりにできたから。
その後は、ツェルトがレットに修行を見てもらって、彼は屋敷でそれなりの時間を過ごした。
やがて、疲れ切った彼に私は、選びに選んだお茶を入れたり、お茶菓子を用意したりして持て成し、今後の事を話し合ったり、色んな話をした。
その中では、先生と出会った時の事の話もある。
身分の事や裏の陰謀の事は言えなかったので、細部は色々とぼかしてだが。
「へぇー、ステラって先生にすっごい懐いてんだな。やばいライバルだな」
「ライバルって?」
「こっちの話」
「でも、そうね懐いてるって言われるとちょっと抵抗あるけど、尊敬できる人だと思うわ。ボロボロになってまで、出会ったばかりの私を助けてくれたんだもの」
「命の恩人かー。俺の超えるべきハードル高すぎ!」
なんのハードルかは分からないが、よく分からない事を言いだすのはいつもの事なのでスルーしておいた。
「俺がその場にいたら、ステラの事ちょっとは助けてあげられたんだけどなぁ」
「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう」
彼の言葉はきっと嘘なのではない。
きっとツェルトも先生と同じで、あの森にいてくれたらステラの事を助けてくれるだろう。
彼は優しいし、私が困っているといつも気づいて助けてくれるから、何となくそんな気がしたのだ。
そんなツェルトの思いが嬉しかったからかもしれない。
私はもう少しだけ、先生にまつわる思い出話をしたくなった。
治療がある程度進んで、町に出て買い物をした時の事や、先生が旅をしていた時の異国の話の事など。
話題が尽きる事は無かった。
ツェルトはその度に何でか嫉妬したり、驚いたり、または素直に関心したりで大忙しだった。
ニオ達と普段話すのは違う、昔の思い出について語る楽しさを味わいながら、沢山あったはずの時間は、知らない間に過ぎて行った。
あっという間にやってきた夕暮れ時に、私は屋敷の前でツェルトの見送りをする。
これからはツェルトは、授業後に私の屋敷によって毎日修行だ。
それがこれから付け加えられる彼と私の予定だった。
「なんか嬉しいな」
屋敷の前まで来たツェルトは物凄く嬉しそうだった。
幸福です、と顔に書いてあるような感じで。
「そんなにレットに修行つけてもらえたことが良かったの?」
今までどうにもできなかった問題をどうにかする為の功名が見えた、と思えばその反応も分からなくはないのだが、それにしてはその嬉しさの表現が今ステラの前でなされるのはどういう事なのだろうか。
「それもあるけど、そうじゃなくて。学校が終わっても毎日ステラに会えるのが嬉しいんだ」
「結構、友達思いなのね、ツェルトって。私は結構そういうとこ好きよ」
「く、知ってた! こういう話の流れになる事、そろそろ学習してきたし。だからめげない!」
ツェルトは顔を真っ赤にして興奮しながらも、私の手をとってぎゅっと握って来る。
思ったより力がこめられていなくて、想像したよりずっと優しい手つきだ。
「それはともかく……ステラ、ありがとうな。今日は助かった」
「そう、力になれて良かったわ」
「俺、頑張るよ。ステラの力になれるように、姉さんや他の人の力になれるように一生懸命に」
「ツェルトならきっと出来るわよ」
「だと良いな」
苦笑してその手が離される。
そういえば、女子を除いたら、そうやって異性の人から直に触られるのは先生以来だ。
先生のは、安心するものだったけれど、ツェルトのは少し違う。
優しいところはそのまま一緒だけれど、どこか心に刻みつく様な熱が感じられて、ずっと触られていたら火傷してしまいそうに、そんな風に思えてしまう……。
きっと、誰かからこんなにも真っすぐに気持ちを伝えられた事が無かったから、そのせいだろう。
「ツェルトの真っすぐなところ、とても良いと思う。素敵な所ね」
「いきなり誉められた……。よく分かんないけど、まあ嬉しいぜ。ありがとうな」
見送った背中が離れていく。
ツェルトの姿がすっかり小さく遠くなったのを見て、屋敷に戻ろうとしたら、彼が振り返るのが見えた。
飛び跳ねて手を振ってくる。
子供みたいだった。
とりあえず手を振り返してやれば、元気の良さそうな反応が返って来た。
笑みをこぼしていたら、彼が口元に手を当てて叫ぶ。
「ステラー、大好きだー。超好き!」
嬉しいけど恥ずかしいから、そういう事は大声で言わないでほしかった。
「もう……」
学校であったら、朝一番で注意しなければならないだろう。
その時にわずかに動いた感情の正体は、まだ何なのか私には分からなかったけれど。
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