第12章 ボロボロの勇者



 スライム達を倒した後、休憩しているはずのライドを探すが、周囲にはいなかった。

 近くに置手紙が落ちていたので読んでみると、ニオと遊びたいから先に戻るとの事だった。

 ツェルトと一緒に呆れるしかない。


 そういうわけで、状況的にも体力的にも限界が近かったので、私達も戻る事にした。


 その道中。


 空から一羽の鳩が舞い降りて、小さな紙束を落としてきた。

 受け取ったそれは、王宮からの手紙だ。


 差出人はおそらくいつもの通り兄だろう。


 私の兄であるレアノルド・グランシャリオ・ストレイドは王宮の中でも比較的信用できる人だ。

 何を考えているのかたまによく分からないところがあるものの、いつでも国の事を一番に考えていて、誤った方法で上にのし上がる事を良しとしない強い向上心の持ち主だった。


 王家から追放された私だけれども、兄であるレアノルド兄様からは、王宮を離れていてもよく手紙で色々な事を教えてもらっていた。


 どこぞこで危険な魔物が発生したとか、指名手配犯が脱走したとか目撃されたとか、そんな様な話を。


 何かと物騒な事ばかり知らせてくるのだが、まさか私に片付けろと言っているのではないだろうか。


 修行の相手がいない時や、煮詰まった時とかは確かに魔物退治とか悪党退治とかはやっているけれども……。


 案外例の……王家を追放された貴族のご令嬢が今も、みたいな噂はそのせいで、広まったのかもしれない。


 それでも心配してくれているということはすごく分かった。


 小さい頃、他の兄弟とはあまり接してこなかったし、レアノルド兄様とも数えるほどしか遊んでもらっていないが、優しい人だという事は分かっていた。


 王宮にはあまり楽しい思いではないのだが、やはりレアノルド兄様とは久しぶりに少しだけ会いたくなってきた。 







 とりあえず今後の為の反省点をあれこれ言いながら移動して、ニオ達のいる場所……拠点の宿泊施設へと到着。


 すっかり遊び疲れたニオ達にどこに行っていたかと聞かれ、適当に答えた後は、朝は見かけなかった人物を発見する。


「先生、職務怠慢ですよ」


 つまり先生だ。


「小さなガキじゃねぇんだし、ちょとくらい目を話しても困りゃしねーよ」

「そうかもしれないですけど、先生は先生なんですから。ちゃんとしてくださいよ」

「つったって、別にやりたくてやってるわけじゃねぇし……」


 ただ他に行き場が無くて、やる事が無かったからとそんな言い訳を並べ立てる。

 往生際が悪かった。


「悪い事をしたら素直にごめんなさいを言う」

「俺、お前に叱られてんのかよ。よく、成長したな」

「先生は全然成長してませんね、話そらさないでください」


 そんな風に話していると、横からそのやりとりを眺めていたニオがポツリ。


「ステラちゃんって先生のお母さんみたいだね。あ、じゃあ先生はステラちゃんの息子!?」

「こんな年下のオカンが俺にいてたまるか。馬鹿な事言うんじゃねぇ」


 それからも色々と、あれこれと話したりして雑談した後は、昼食の準備にかかる。

 持ち込んできた材料をそれぞれで役割分担して刻んだり、焼いたり。


 普通に作ればなんて事のないものばかりだったけど、こういう時に作ると魔法みたいに美味しく思えるから不思議だ。


 そんな様子で、それからの午後の時間は各自のんびり過ごす事になった。


 私はというと、午前中の出来事でかなり疲れたので、割り当てられた部屋の中で休んでいたのだが、いつのまにか眠りについてしまっていた。


 夢に見るのはずっと昔、私と先生が出会った時の光景だ。









 王都周辺 グラムス森林


「はぁっ……はぁ……っ」


 息を切らしながら、私は薄暗い森の中を走っていた。


 私の名前はステラード・グランシャリオ・ストレイド……。

 一国の王族の人間で、七番目の王女だ。


 いや、だった者になる。


 私は。何の取りえも能力も無かったから、王女失格の烙印を押されて、陰謀によって殺されそうになっていた。


 背後から追いかけてくるのは、複数の獣たち。


「はぁ……はぁ……」


 彼等は休みなくこちらを追いかけてくるが、私の方は先程から走る速度が落ちてきている。


 もう限界が近かった。


 ここが私の死に場所となるのだろうか。

 受け入れられない。


 王女の仕事をする為に馬車に乗せられて、薄暗い森の奥に置き去りにされて、獣達に食い散らかされる。


 そんな末路はあんまりだった。


 何がいけなかったのか。


 もっと頑張らなかったから?


 使えない王女だったから?


 才能がない人間に生まれてきてしまった……から?


 そんな事を考えていたからだろうか、私は足元にある木の根に気づかず転倒してしまった。


 まずい、と思ってももう遅い。


 背後から獣たちが軽快な足音を立てて、駆け寄って来た。


「いやっ!」


 慌てて立ち上がろうとするが、それを押さえつける様に、とびついてきた獣の爪が深々と背中に突き刺さった。


「――っ!」


 肉を切り裂いて、体内に侵入してきた鋭利な爪。

 体内から大切な命の源、血があふれ出す。

 遅れてやって来た灼熱の痛みは地獄の様だった。


 声にならない絶叫を上げて身をよじろうとするが、深く体にくいこんだ爪は決して獲物を放そうとはしない。


「やだ、死にたくない。やだよ……」


 振り向くと瞳を爛々と輝かせる獣の視線を感じた。


 それはとても恐ろしくて、地獄からきた死神の様だった。


「誰か、助けて……」


 そして、その獣が大きな顎を開けて小さな少女をただの食料へとしてしまおうとした時……。


「おい、獣。そいつから離れろ」


 他に誰もいないと思っていたはずの森に、人間の声。


 助けを求める私の声に答えるかの様に男性の声が響いたのだった。


 ボロボロの男性。

 ここに来る前に夜盗か獣にでも襲われていたのか、その人はひどい恰好だった。


 森で他の動物か夜盗に襲われたのだろうか。

 おそらく誰かを助ける余裕なんて無かったはず。

 けれど、それでもその人は私を守る様に駆けつけて来てくれた。


 大きな背中が目に入る。


「怖ぇなら目をつぶってじっとしてろ。さっさと俺が終わらせてやるよ」


 何も知らないまま、何も見ない。

 そんな選択もできただろう。


 だが、私は知る事を選んでいた。


 怪我だらけの体で剣を振って、一生懸命に戦うその人。


 お世辞にも、絵本の中でお姫様のピンチに駆けつけてくれるようなそんな勇者様には見えなかったけれど、私にとってはその人はまさに勇者以外の何物でもなかった。


 やがて、全ての戦闘が終わる。


 結果?

 結果は当然ステラが未来も生き続けている事が証拠だ。


 もちろん、助けてくれたその人。

 ツヴァイ先生も。


  私の危機に駆けつけて来てくれたボロボロの勇者。


 自分自身も大変なはずなのに、力をつくして守ってくれようとするその姿に、私はその時憧れを抱いた。


 叶う事なら、私もあの人の様に。


 無理だと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。


「名前……」


 もう大丈夫。


 そう気を抜いた事で、張り詰めていた緊張が解け、意識が薄れゆく。


 全てを手放すまえに、私はかろうじてそれだけを訪ねていた。


「ツヴァイだ。ツヴァイ・ブラッドカルマ。冗談みたいな名前だけどな」


 私はその言葉を忘れてしまわないように、強く強く意識に刻みつけた。


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