第11章 大変な修行
話を聞いてしまったのなら、助力しないわけにはいかない。
ツェルトが鬼の力を制御するための修行に、私も付きあう事にした。
賑やかしく騒いでいるクラスメイト達の喧騒から遠く離れて、私達は移動。
訪れたのは、カルディナ湖から離れた綺麗な川の近くだった。
穏やかな水の流れの中では魚が跳ねて、周囲には岩場とたくましい雑草が生える草地が続いている。
「でも本当の良かったのか、ステラ。ニオ達と遊んでこなくて」
「いいの。一日はまだまだ始まったばかりだし。朝からあんなんじゃ、きっとお昼くらいには疲れちゃうわ」
「そっか、ありがとな」
皆と過ごしたい気持ちも正直あるけど、ツェルトの事も応援したい気持ちもある。
知ってしまった以上、のんびり皆と遊んでても思いっきり楽しめはしないだろうから、こっちで良かったのだ。
「やれやれ、俺の存在を逐一忘れようとしないでほしんだけど」
そんな風に会話をしていればからかうようなライドの声。
「俺、ひょっとしてお邪魔虫?」
別に邪見にしたつもりはなかったのだが、そう感じたらしい。
そんなわけないと思うけど。
「それで、修行って一体何をするの?」
場所を移したからには他の者達がいるところでは不可能な事なのだろう。
そんな私の推測を裏付けるように、ツェルトが説明していく。
「まあ、平たく言えばひたすら力押しの特訓かな」
「力押しって、つまりあの時みたいな状態に何度もなるって事?」
「そういう事。色々頑張って俺覚醒な状態から俺半覚醒な状態になるように維持して、な。力は弱めるけど、万が一って事もあるから場所は人気のないとこ選んだ」
制御できない力に振り回されて他の人に怪我させるわけにもいかないし、とツェルト。
「それで、私は何をすればいいの?」
「んー、適当に石ころとか俺に投げてくれればいいよ」
「それだけ?」
てっきりツェルトの剣の相手になれとか言われるのを予想していただけに、拍子抜けだ。
「そこで残念そうにするんだ!?」
別に残念だなどと思っていない。
せっかくその気だったのに、気持ちの切り替えがちょっと追いつかないだけ。
「あれな、剣士ちゃんってちょっと戦闘狂っぽいとこあるのな」
ライドは何を言うのか。
そんなわけないではないか。
「しのぎを削るのは好きだけど」
運動するのが好きであって、別に何でもかんでも戦闘するのが好きなわけではないのだ。
「ところで、私はツェルトの障害物を作る役みたいだけど、ライドはどうするの?」
「俺は、いざという時の保険」
「保険?」
「歯止め役って事。剣士ちゃんのやってた役も俺がやるつもりだったけど、一人は身軽にしといた方が良いしな。ツェルトが暴走しなかったらお役果たさなくてもいいから、上手くいけば楽だぜ?」
つまりうまくいかなかったら一番大変な役割になるという事だ。
もちろん私も、その時は助力するつもりであるが。
後、聞きたい事といえば……。
「参考までに聞いておきたいんだけど、えっと……前にとんでもない事になった事ある?」
もちろん鬼の力を使った際の事についてだ。
「ふわっとした尋ね方だな。まあ気を遣ってくれるのは嬉しいけど」
ツェルトは苦い表情を作って説明。
「リートを……俺の姉さんをちょっとな、怪我させちゃって。大事には至らずに済んだけど、庭が滅茶苦茶になったんでめっちゃ怒られた」
「そうなの」
「今まではなるべく使わないようにしてきたんだけど、騎士になるんだしそういうわけにもいかないだろ」
「欠点を克服したいのね」
「ああ、そういう事だ」
かなり扱いづらそうな力ではあるが、うまくすればかなりちゃんとしたものになるかもしれない。
騎士になるうえではきっと心強い力になるだろう。
「失礼かもしれないけど、そういう特別な力って羨ましいかも。私は努力するしかないし」
「そんな良いもんでもないぜ? 俺には努力しただけで上達しちゃうステラの才能の方が羨ましい。なあ?」
おどける様に肩をすくめたツェルトは同意を求める様にライドに視線を向ける。
「ま、確かに。努力しても誰でも上手くなるわけじゃないってのが、世の中だし」
「そろそろ、修行といこうぜ。でも心配だな、ステラどんくらい離れてる? 俺、あんまり怪我とかさせたくないんだけど」
ツェルトに付き合う形で、ニオ達との遊びの時間を蹴り、修行の助力になろうと申し出たのだが……。
それぞれの役目を決めて、いざ進めると想像以上に彼の力が危なっかしい事が判明した。
「はぁ……はぁ……、規格外……ね」
「ぜぇ……ぜぇ……、死ぬわー」
ステラ達は修行に区切りをつけて、休憩をとっている途中なのだか、ただ喋るだけでも呼吸困難になりそうだった。
疲労こんぱいだ。
鬼の力を使ったツェルトは、ステラが繰り出すどんな攻撃にも対応し、どれだけ剣を振っても疲れることなく活動していた。
だが、それだけなら、歓迎すべき結果の範疇。まだこれほど疲労する事はなかった。
問題なのは、ツェルトの暴走だった。
二人がかりで抑えこむのに大変で、何度も難儀した。何回かは三途の川が見えてしまったほどだ。
理性がとんでるから、こっちに攻撃しようとしてくるし、本当に大変だった。
「何かごめんな、二人共」
「それは言わない約束でしょ」
「まあ、しょうがないでしょ。こういう事になるのは分かってし」
申し訳なさそうにするツェルトにはまだ余裕があるようだ。
その体力がうらやましい。
それからもツェルとの修行に何度も付き合ったのだが、時間が経つにつれて段々と怪我をしそうになってきた。
「あー、お二人さんちょっと効率悪いわ、いったん休憩。俺、木陰で休んでくる。瀕死だから、止めないでね」
そんな調子で修行中止を提案したライドが途中でバテたので、私とツェルトも小休止を取る事にした。
「そういえばさっき、あっちの方で小さくて丸っこいのが動いてた気がする」
「え、それ本当? 精霊かしら」
精霊はたしか綿毛みたいな姿をした生き物で、滅多に人の前に現れないけれど、小さくてふわふわでつぶらな瞳がとても可愛いと聞いた事がある。
前世でゲームの画面越しに見た時も可愛いと思ったので、いるならぜひ会いたかった。
「うーん、気のせいだったかな。はっきりとは分かんなかったな」
「そうなの」
ツェルトの一言に少しがっかりしてしまう。
やはりそう簡単には会えないらしい。
仮にそれが精霊だったとしても、時間が経っているだろうから、もうどこかに行ってしまっているだろう。
「精霊って謎だよな。中に何詰まってるんだろうな」
「怖いこと言わないでよ」
「え、そうかな」
「精霊といえば、勇者様も結構謎よね。お伽話でよく語られる人なのに、実在するって言う人が大勢いるらしいのよ」
「へぇー。面白いな」
それからもそんな風にとりとめのない会話をしていたら、何かが遠くで動いたような気がした。
「?」
視線の先で、何やら奇妙な生き物がぷるぷる震えているのが分かった。
あれは、確か最近話題になってる、癒し系の迷惑魔物。
モグラスライムだ。
今年の夏が異常気象だった影響で、住み家にしている場所の食べ物が無くなってしまったとかで……最近畑とかによく出て退治される事が多くなっている。
彼等の見た目はよくいう、普通のぷよぷよした弾力の半透明生物スライムなのだが、モグラスライムと呼ばれるそれは、土に素早く潜ったりする習性があって、根野菜などをよくかじってしまうのだとか。
原作で登場人物がにここに来た時は、これよりも一回り大きな大量のモグラスライムが出現して、生徒総出で退治することになったのだったか。
まさか、この時期からすでにスライムが発生していたとは。
「あれ、狩っとかなきゃ駄目だよな」
「そうね、他の人も迷惑するだろうし。スライムだけど良い特訓相手になるんじゃないかしら」
「まあ、人間相手でやってるよりは害獣相手がいた方がやる気でるしな。よし!」
気合を入れたツェルトがモグラスライムに向き直ったので、私も手伝う事にした。
ゲームの中ででは、やりこみ要素としてモグラスライムに10連戦するとちょと強めの、キングモグラスライムが出てきて、さらに10連戦するとグレートキングスモグラスライムが出てくるのだ。
もしかしたら、ここでも出会えるかもしれない。
ここのところ、熊とか、散歩中に不意に出て来た盗賊とか歯ごたえのないものばかり相手にしてきたので、運動不足だったのだ。
「いや、熊も盗賊もけっこうやばめだぜ」
呟きが知らない間にもれていたようだ。
ともかく、私はツェルトの援護をする為に剣を構えた。
とりあえず目標は20連戦。
キングとかグレートとかが出てくるか試してみるのも面白いかもしれない。
「これ、俺の修行だよな。やべ、恰好いいとこ見せないと、ステラの思い出が「強敵と楽しく切り結んでた」で占領される! 俺忘れられたくない」
ツェルトがちょっと何を言ってるかよく分からないが。
まあ、たぶん重要な事ではないだろう。
そういうわけで、
それから、小一時間ほど横道にそれてモグラスライムやキングスライムなどを倒しまくる事になった(さすがにイベントを前倒しにした影響で、グレートはいなかったが)。
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